第3話「お兄さんに惚れてしまう」
※柊さん視点
前を歩く彼。
少し恥ずかしそうに頬を赤らめていて、凄く可愛くて愛おしい。
でも、それでいて引っ張ってくれる優しさがあって、掴んだ手のひらから温もりを感じる。私が少しだけ手を揉みこむと、彼はビクッと肩を震わせて、慣れていないけど頑張っているのが伝わってくる。
――私のワガママなのに付き合ってくれている。
そんな事実でドキドキする。
彼が、私が欲しいだなんて言ってないことは知っている。
聞き間違えたわけではない。
だってわざとだから。
いつも知っていた彼の疲れ切った顔を見ていて、胸がキュッとなってしまった。
ただ、思うがままに彼に連れて行って欲しかった。
言質を求めて、押して押して頑張ったら――結果彼は持ち帰ってくれた。
なんて優しい人なんだろう。
始まりは些細なことからだったのだ。
私の名前は
今年で26歳のアラサー女。
大学卒業に上京して勤めていた会社で思うようにいかなくなり、3年間だけ頑張った後に退職。今は出戻りで実家で暮らしている。
もちろん、私のような年齢の大人が一人暮らしもせずに実家で暮らしているなんて世間体的にもあまりよろしくないことなのは分かっている。
でも、やっていられなかったのだから仕方ないと思う。上司からのセクハラ、そして後輩の指導。板挟みで考える暇なんてなかった。
一度、好きでもない同僚に酒を飲まされて持ち帰られて、同じベットで目が覚めたことだってある。
怖かった。
すごく怖かった。
こっちは東京に比べて田舎でやれることも少ない。
仕事も一応探しているし、たまにはハローワークにも言って面接をしたりしているのだけれどあまりうまくいってない。
さすがにただで住まわせてもらうのは違う気がして近所のコンビニでバイトをしながら色々と切り盛りして過ごしている。
こんな生活をしているために、なんども心が折れそうになった。
私は必要とされていないのかな、と。
惰性を続けていてもいい未来なんて訪れないよな、と。
つまらない日常を繰り返すくらいなら、いっそのこと死んでやろうとも考えていた。
そして、ある日。
私はコンビニバイトでおつりを間違えて渡してしまうミスをしてクレーム対応に当たり、店長から怒られてしまった。
それがもう引き金を引いて、最後にしてしまうと思った。
帰り道、公園のブランコが空いていて、夜の公園に街灯の光がゆらゆらと揺れていて私の
そこで聞こえてきたのだ、心が折れる音が。
ポキッと綺麗に真っ二つに折れてしまった。
あぁ、終わったのだと————そんなどんよりとした雲の底にいた私の前に彼が現れたのだ。
私に対してではない。
公園で泣いている女の子を見て、すぐに駆け寄りこう訊ねていた。
「どうしたの、大丈夫?」
しゃがみ込んで、優しい笑顔を見せながら彼はひたすらに明るく話しかけていた。
「——迷子? お母さんとはぐれちゃった?」
こくりと頷く女の子。すると、胸に手を当ててにかッと笑ってこう言った。
「俺に任せておけ! お兄さん、これでもヒーローしてるから!」
話しかけるまで面倒くさそうな顔をしていたのに、彼は何気なく、むしろ当然かのように——元気に言ったのだ。
そんな彼の姿を見て、私は虜になっていた。
ヒーローだと。
何気ない仕草だけど、むしろ当然なのかもしれないけど……それでも私には眩しく見えたのだ。
カッコよくて、美しくて……何よりも守られたい、そんな女の一面が私の内側から溢れてくる。
「んじゃ、行くか! 絶対見つけてやるからなぁ!」
手を繋いで公園から飛び出ていき、視界から消えていた。
そんなのが私と彼の出会い。
馴れ初めだ。
一方的だったけど、そのとき彼に興味が出てきた。
いや、好きになった。
一目惚れだった。
彼の総てが分かった。
そんな気がした。
そんな確信があった。
その一瞬の出来事で、私は彼のことが好きになってしまったのだ。
「……よし、こっちのほうにバイト先移動しよう」
決意して即行動。
あれから何日もたって、彼の家のそばのコンビニに転勤させてもらった。
何度も何度もレジ打ちで顔を合わせて、どこから来ているのか、どんなものが好きなのかサーチだってした。
家の場所まで特定した。
頑張って生きる意味も出来て、その責任を取ってもらうために……私はあんなことを聞いたのだ。
前を歩く彼。
歩幅をあわせて、チラチラと後ろを振り返る。
「——あ、と……俺の家汚いけどいいか?」
そんなの勿論いえす。
むしろ汚い方がいい。彼の使用済みティッシュ……やっぱりなんでもない。
「全然大丈夫です、むしろ」
「……むしろ?」
「いえ、大丈夫です」
「じゃ、じゃあ……その、よろしく」
「よろしくお願いしますっ」
そうして私は————彼に持ち帰りされたのである。
私たちは結ばれているのだから。
運命の硬い糸で絶対に。
私が彼を幸せにしてあげるんだからっ……。
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