節約! ダンジョン攻略! その1
「なあなあ、じっくり見て吟味してるけど、どうせダンジョン攻略したら大金が入るんだろ?
ならここで軍資金を使い切るくらいに奮発して、装備を整えた方がいいと思うんだけど――」
「うるさい黙って」
ぴしゃりと言われて、おれは肩をすくめる。……かれこれ一時間以上はこの店にい続けている気がする……。そりゃ、武器や防具の性能が同じでも、付与されているスキルが違うとなれば同じ装備でも見比べることに時間がかかるのは仕方ないにしても……。
それにしたって確認し過ぎな気もするぞ。
ダンジョン内ではなにが起きるのか分からないのだから、ピンポイントの状況で効果を発揮するスキルよりも、万能なタイプを選ぶべきだと思うけどなあ……。
たとえば『危険感知』なんかは絶対にないと困る。ダンジョンに潜む魔物や、埋まったトラップなんかも見破れるわけだし。攻略者としては必須のスキルである。
それがないと一歩一歩が恐る恐るになってしまう――時間がかかって仕方がない。
時間制限は特にないとは言え……。単純に、ダンジョン内に一日二日もいれば疲労が溜まるし、集中力も切れてしまう。
大前提として、ダンジョンは子供たちが楽しむような遊園地なんかじゃないのだ、命に関わる弱肉強食の世界である……。
こんなところで金を出し渋っていたら、後々のことを考えて今に死ぬぞ。
「金なら稼げばいいじゃん。ダンジョンの中にはたくさんの宝石やら大金が落ちてるだろ? レンタルアイテムの使用料なんかすぐに取り戻せるだろ」
「あんたが……ッ」
「え?」
買い物カゴを持つ手がぷるぷると震えている……、そう重いものは入れていないはずだけど……。ちら、と見れば、カゴの中は回復アイテムばかりだった。
しかも半額のセール品で安くなっているもの……。
武器や防具はレンタルだが、回復アイテムは消耗品なので買う必要がある。
……家にめちゃくちゃ回復用のアイテムが多岐に渡ってあるのだけど、まだ買うの?
いやまあ、いくらあっても困らないけど……。それを買って装備を出し渋るのは結局、怪我を前提としているからじゃないの? 装備さえ整えてしまえば怪我もしないだろうし、つまり回復アイテムもいらない気がする――けど……?
どうやら、彼女の意見は違うらしい。
「――借金っ借金借金ッッ!! そうやって遠慮なく装備に金を注ぎ込むおかげで、私たちの資金は毎度毎度っ、火の車なんだけど!?
自信満々にダンジョンに潜りながら成果は中途半端! レンタル料でほとんどが吹っ飛ぶじゃない! しかも一ヵ月で見ればマイナスなのよ! 色々なところから借金をし続けて……っ、どれだけの金額が膨らんでるか把握してないでしょ!」
「うん、知らない。だってそういう管理は
「私の仕事でもない! あんたができないから……、楽観的で気にもせずに、借金だけを膨らませ続けるから私が仕方なくやってるだけなのよ! ちょっとは気にして!? ダンジョンから帰ってきたら財布の中身を見るくらいしなさいよ――私と組むまでどうしてたわけ!?」
「どれだけ借金が膨らんでも、一回のダンジョン攻略で全部返せるから気にしてなかった――大金が手に入る時ってめちゃくちゃ手元にくるからな。一年分のレンタル料を一気に返せるぞ」
「……なまじ成功した経験があるから、こうやって悪魔が出来上がるのね……」
頭を抱えるレノ。
メガネをかけた彼女は、見た目はまさにお金の管理にしっかりとしたお姉さんだ。年上、だと思うけど、分からない。女の人に年齢を聞くのはダメだって聞いたことがある……から、これまで聞いてこなかった。
どっちでもいいと思っていたし、短い付き合いだとも思っていたから……だけどそれが、まさか長いことパーティを組むことになるとは思わなかったな……。
半年。
短いようで、でも長い期間である。
この期間で借金が増え続けているわけだから……そりゃ焦るか。
おれは毎回、年末で全てを取り返す計算で動いているからな……もちろん取り返せない時もある。その時は……、次の年、めちゃくちゃ働くだけだ。
一発逆転の目が残されているのが、ダンジョンである……。
浅い階層でも意外と宝石が落ちていたりするから、それを売るだけでも二日分の食料にはなる……。まともな仕事に就きたくない、就けない人間は大体がダンジョン頼りの生活だ。
おれもそうだ――足し算引き算しかできない学がないおれは、まともな仕事なんかできない。
できることは命を懸けてダンジョン攻略を目指すだけ――。
ダンジョン攻略とはつまり、大勢の人間でおこなう
その過程で得た宝や大金は攻略者の手に渡る……早い者勝ちで。同時に、未踏領域の地図は追加で報酬が渡される仕組みだった……。そのため攻略者は二つに分かれている。
率先して地図作りに励み、ダンジョン内部を突き進む者と――他者が作った地図を利用し、先駆者が取り忘れた宝を拾う者……、ちなみにおれは後者である。
未踏領域は当然、危険ばかりだ……地図もなく進むのは危険過ぎる。
だからと言って、地図が作られたダンジョン内部が安全というわけではないが……。
住処を変えた魔物がダンジョンの浅い階層に移動していることも多いので、襲われて命を落とすことも少なくない。
白骨死体なんて珍しいものではないのだから。
「また喧嘩してるんですかぁ? お店の中であまりいちゃつかないでくださいね」
「いちゃついてないから。ガチギレだから」
「ガチギレなの!?」
レノの返答に戦慄する……、お金のこととなると周りが見えなくなるのかな……。
お金しか見えなくなる?
店の奥から出てきたのは、オレンジ色の髪をした少女――ミサキだった。彼女はこの店の店主である。ダンジョン攻略者に武器、防具、アイテムを貸出し、その使用料を取っている……。
これがまたシビアなルールなんだよな……。ちょっとした擦り傷でも追加料金が発生する。無傷で返したとしても持ち出し料がかかるので、レンタルをしない方がいいのでは? と思ってしまうくらいだ。
ただ……、やはりスキルというのは特殊で、彼女たちのようなレンタル店が魔女と契約しているせいで、スキル付与の装備は基本、レンタル店か装備屋にしか並ばない。
違法なものであれば手に入れる方法は多くあるが……。
中古の装備を買うよりは、レンタルの方が安くなる……ただし使い方にもよるが。
破損は買い取りと同等。ダンジョンのトラップによる形状変化も同じく。
店主の目にもよるが、擦り傷や打ち傷で料金が上乗せされていく――なんだか、言ったもの勝ちな商売な気もするが、装備があることで得られる安心感を考えると、多少の料金は取られて当たり前なのかもな……。生身でいくよりは全然いい――。
だからおれたちは、レンタルした装備やアイテムを、いかに丁寧に扱うか……そして使わずに済ませるかが重要になってくる。
どれだけ丁寧に扱ってもお金は支払うことにはなるので、損をしている気分にはなるが……まあ、持ち出しにお金を取らないと店も赤字だろう。
在庫が無限にあるわけじゃないのだから。
「決まりましたぁ?」
「まだ。……ねえ、この防具に薄い小さな傷があるんだけど、これをレンタルした後でこの傷を指差して、追加料金を取ったりはしないわよね?」
レノが目ざとく気づき、ミサキに聞いた。……確かに傷がある。
恐らく前回、攻略者が使ったものだろう……。レンタル品のため、中古ばかりだ。できるだけ新品同様に復元してはいるようだが、小さな傷は見落としてしまいがち……。
これをおれたちが利用した場合、以前の傷を今回の傷だと主張され、追加料金を請求されることをレノは疑っている……。
よく気づいたな、そんなこと。
「しませんよぉ。写真を撮って確認しますから。出かける前と帰ってきた時……、比較して傷があれば、それが追加料金になる、というだけですよお」
「そお、ならいいけど」
考え込むレノが、ぼそっと言った。
「(傷の上乗せで誤魔化せるかしら……)」
「無理無理っ、ダンジョン内でそんな繊細なことできるか!」
以前の傷の上に、今回の傷を狙って被せる? 写真確認では誤魔化せそうな気がするけど、そこまでして追加料金を払いたくないわけじゃない。
防具に傷がつくということは、命を守ってくれた証拠だ……それくらいお金を払って当然である……。
ケチケチし過ぎじゃない? 借金がある俺が言うのもなんだけど……。
払うべきところにはちゃんと払うべきだと思う。レンタル店は悪徳業者じゃないぞ?
ミサキは他店と比べて大目に見てくれる店長だ。だからこそ他店舗と比べて立地は悪いし店も小さくちょっと汚いけど……それが味になっている。
ガラスケースに飾られている金ぴかの装備よりも、剥き出しで棚に陳列されている装備を見る方が安心するのだ。
ここがおれには合っている。
「じゃあ……これと、これにするわ。写真撮影は、私がやってもいい?
全角度から徹底して撮影して、虚偽の指摘を封殺するから――」
「……もう慣れましたけど……ここまで疑う人に気持ち良く貸せないですよね……」
ごめん、と謝っておいた。
だがまあ、レノの疑いの目も仕方ないと言えばそうなのだ。
ミサキが優しいだけで、世間ではそういう詐欺も横行している。
時間差で傷ができる仕掛けや、攻略者の装備を狙って攻撃をしてくる雇われた【破壊屋】などもいるし……。レンタル料で攻略者を破産させるやり方もある。
高価な消耗品。バックに大企業がいて、継続して支援されている一部の攻略者以外はレンタル店に頼るしかない。
だからこそ出来上がった詐欺と破壊屋――、攻略者との攻防である。
ダンジョン攻略など実際は二の次で――いかに破壊屋を避けるか。
実は魔物よりも厄介な敵なのではないか……。
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