第29話 その1「死の木の契約ー2」

 食事を美味しく(ミランダと俺は定命回帰)いただいた後。


 ホテルの最高級ベッド―――寮には劣るが―――で眠りにつく。

 そして俺たちは夢を見た―――

 そこは暗く広大な地下の空洞。

 闇の中ではあるが、前方にビルのように巨大な石の柱が立っていることに気付く。

 石の柱には、あのアトラック・ナチャが張り付き、こちらを見下ろしながら、

「我が網に抱かれるか?それとも、深き者どもを受け入れるのか?」


 夢なのはわかっているのだが、つい周囲を見回してみる。

 石の柱書の幹の様に思えたからだ。

 さらに天井を見上げてみると、石の柱からは無数の枝が広がっており、空洞の天井を支えていることが分かる。

 また、足元は黒い水たまりになっており、そこにはつるりとした頭の人間とも魚ともつかない「深きもの」達が無数に漂い、感情を現さない皿のように丸い目でじっとこちらを見つめている。まるで何かを待っているように。


 俺はとび起きる、なんで死体(ヴァンパイア)が夢を見るんだよ?

 その上、口の中に何かがあった。

 全部が純金だが、枕元(なんでここにある!?)蜘蛛のブローチと寸分たがわぬブローチである。なんでこんなもの。

 モーリッツの方を見ると、起き上がり口からブローチを吐き出したところだった。

 顔を見合わせ―――「「女部屋の様子を見よう」」ハモった。


 部屋のインターホンを鳴らすと、慌て顔のミランダが扉を開けてくれた。

 状況はこちらも一緒らしい。だが、イスカが純金のブローチをがっちりとくわえたまま痙攣していて自分では何ともならないという。

 どれ………『教え:癒し:精神治癒』してみる。

 イスカが起きて、うええっとブローチを吐き出した。

 そのまま泣き出してしまったので、ミランダも一緒に男部屋に引っ越しだ。


 ちなみにミランダは、

「起きたら全身濡れてて、しかも磯臭いの!絶対シャワーを浴びる!」

 だそうだ。夢に「深きもの」が出たからだろうか?俺たちは何ともないのだが。

 それにヴァンパイアは普通の汗はかけない。かくと血の汗になってしまうのだ。


 次の日はミランダとモーリッツは「スマッシャー(解放されてる武装船舶の名前)」の方に、聞き込みと猫探しに。

 俺はイスカを連れて地元の図書館に行くことにする。

 イスカも「本は好き………」と言っている事だし。


 結果、俺と年少組の話を総合すると―――


 「スマッシャー」の歴史

 1度目(魔帝歴3代中期竣工)の天魔戦争で活躍した魔帝庁所属の戦艦。多くの船が撃墜される中、何度もの天使の攻撃を奇跡的なまでに耐えきった。

 その後2度目(魔帝歴5代初期)の天魔戦争での攻撃にまで耐え抜いた猛者。


 「蜘蛛の神様の神話」

 あの彫刻は、南の島(今はペイモン領の海魔区)で病院戦に1時なっていた時、航海のお守りだと「ホラリス」という人物が寄贈したものである。

 人界のどこかに、蜘蛛にまつわる創世神話があったような………?

 猫は徹底的に探したがいなかった。


 という感じだった。

 蜘蛛にまつわる創世神話なら、俺の書斎(本家の方)にあったはずだ。

「ミランダ、一番奥の棚の青い表紙の本だ、取って来てくれるか?

 寮に戻るから、そっちに持って帰って来てくれ」

「おっけー。テレポート覚えたから楽勝だよ」


 数刻経って帰って来たミランダは、何故か大量のハマグリを持って帰って来た。

 本をざっと読んだところ、必要そうだと思ったらしい。

 その内容は―――?


 「南洋奇記(ホラリス著)」より抜粋

 キョーナス島には「死の木」があるという。

 「死の木」には「創世の蜘蛛」が張り付き、島の大地を支えている。

 「死の木」を通じ「創世の蜘蛛」と忌まわしき深きものどもは契約を結んでいる。

 深きものどもを受け入れぬものを蜘蛛は喰らう。

 蜘蛛から逃げる者を深きものどもは追い詰める。

 キョーナス島の人々は、死の契約を逃れるために、貝のやじりを身につける。

 彼らに見初められたものは、貝のやじりで「死の木」を断つのだという。


 そこまで読むと、本の間からはらりと写真らしいものが落ちた。

 拾い上げて見てみると―――

親父オヤジ!?と、お袋じゃない女?あの一途なオヤジが?あ、もしかしてこの本の著者の人か!それなら納得だな………緊張してるみたいだし」

 全員で写真を覗き込む。

「雷鳴にあんまり似てないね?」

「俺はおふくろ似だよ」


「まあそれは置いといて、ミランダ」

「なぁに?」

「ハマグリと鯛のアクアパッツァ風を作るから、定命回帰しなさい」

 こんなに買ってきたミランダが悪い。モーリッツとイスカだけでは食べきれない。

「はーい」


 ハマグリを食べきった俺たちは「貝のやじり」を作る。本人の希望でイスカもだ。

 気合の入れ方で仕上がりの霊力が違うな、これ。真面目に真面目に………。

 全員あわせて、効力のありそうなものは8本だ。柄をつけよう。


「柄なら、僕作れるよ」

「そうなのか?作ってみてくれ」

 そう言うと、イスカはトコトコともみの木(縮小して観葉植物にしている)に近付いていき、「ん」と両手をさし出す。まさか?

 もみの木はザワザワざわめき、自分の幹から8本の棒を作り出しイスカに渡した。

「ドライアドさん、ありがとう」

「………ここまで精霊に愛されると大した才能だな」


 イスカと身を削ったもみの木に「ありがとう」と言ってから、再度工作の時間だ。

 結構太い柄になったが、弓で撃つより手で刺すか投げる事になりそうだから良し。

 1人2本。俺は悪魔は年齢では計れないと知っている。だから平等に分けた。


 ピンポーン。おや?誰だろう?

「はーい」と扉を開けると、隣人だった。同じAクラスで3年生。成績も上位だ。

「雷鳴君、ちょっと気を付けた方がいい事を伝えようと思ってね」

「何ですか?先輩?」


 彼が言うにはこの辺に夜、怪しい馬車が出没する、という事だった。

 中を『シースルー』で見ると黒いコートに目出し帽。怪しい事この上ないそうだ。

 『マインドリーディング』して、学園のシステムが分かってないらしいと判明。

 亜空間なので、外から見えない俺の家を探し当てられてないと判明したのだとか。


「セキュリティに通報は?てかどこから来たんでしょう?」

 彼は肩をすくめて

「セキュリティには言ったんだけど、どこから出てくるのか分からないらしいよ。君の部屋を探しているようだし邪神がらみじゃないのかい?」


 マジでそうかもしれないな。冬休みの間ホテルで過ごそうか?

「ありがとうございます、先輩」

「いいよ、気を付けたまえ」


「………というわけで、念のためにホテルに移動するよ。場所は、どうも中心になって事が起こっているらしき、港町「リベルタ」のホテル「紫水晶」だ」

「凄い高級ホテルじゃん、いいの?」

「俺を誰だと思ってる?」

「そうでした」

 ミランダは「降参」のポーズを取った。よろしい。


 ♦♦♦


 新年は「紫水晶」で迎える事になった。

 友人たちのパーティーに行きたかったが、ここの仮面舞踏会も悪くなかった。

 俺達は、全員で天使の恰好をしてみた。魔界では定番だ。

 サキュバスの仮装をしたお姉さんとは関係になってしまった。


 パーティーの翌朝、ベッドの上でゴロゴロしていると、ニュースが聞こえてきた。

 ニュースとは言え、軽いノリで、正確な情報より面白そうなことを扱う番組だ。

 港で正体不明のモンスター?という内容だった。だろうな。

 レヴィアタン領ではいつもの事なので、こうだったら逆に面白い、というものが挙がっていた。アザラシ、イルカ、オットセイ、半魚人などの可愛い系である。


 するとレポーターに文句をつける女性がいた。

「こんなうわさ話はただのイタズラで、TVで取り上げるなんて馬鹿げています」

 というようなことを言っているが、問題はそこではない。そっくりなのだ。

「南洋奇記」の作者のホラリスさんとそっくりなのだ。

 

「よし、みんな、港に彼女を探しに行くぞ!何かわかるかもしれない!」

「はいっ」「りょうかーい」「………(こくこく)」


 みんなで「スマッシャー」の所に行くと、ずばりホラリスさんらしき男装の麗人がそこにいた。いきなり大当たりだ。

「もしもし、ホラリスさんでしょうか?」

「あら、その名前で呼ばれたのは久しぶりだわ。どちら様かしら?」

「(写真をさし出しつつ)レイモンドの息子です」

「レイモンドくんの。そう、あなたは現シュトルム大公様なのね?」

「いきなりなんですが、今大変そうな事件に関わってしまってまして」

「くだらないうわさ話と思っていたけど、まさか邪神絡みなの?」


「俺たちは、スマッシャーの蜘蛛の彫刻からあなたのことを知りました。あれの事を教えて下さいませんか」

 考え込んでいたホラリスさんだったが、やがて観念したかのように語り始めた。

「スマッシャーは3代期の天魔戦争で、一時期病院船として使われていたの。だけど、あの時はたとえ病院船でも攻撃されるような時代だった。私は、スマッシャーで救える命を重視するあまりそれまでため込んでいた禁断の知識を基に「死の木の契約」というものの力を借り受けたのよ」


「その「死の木の契約」って?」

「ダゴンとアトラック・ナチャにかかわるモノとされていますが、その正体はわかりません。契約と呼ばれていますが、しっかりと形を持った何かだと言われています」

「「「ダゴン!?」」」

「あなた方が見たスマッシャーに未だ残されている蜘蛛の彫刻は戦時中、キョーナス島の住人の中でも純潔の島民から譲り受けた「死の木の契約」の姿を写した似姿です。あのような似姿でも、十分に海神であるダゴンの加護を得る力がありました」

 モーリッツが納得したように言う。

「確かにこの船の歴史を見ると、何らかの加護があってもおかしくないですね」


「そうだな、モーリッツ。だが話を変えさせてくれ。ホラリスさんは「貝のやじりで死の木を断つ」方法についてはご存じですか?」

「ああ、それは本には書かなかったのだけど、唾をつけたやじりで、蜘蛛を死の木に縫い付ける事で、死の木を断つ事ができるのよ」


 ♦♦♦


 ホラリスさんと別れて、スマッシャーの奥の部屋へ。

 いわずもがな、「死の木の契約」の似姿に矢じりを打ち込むためである。

 だがその部屋で、磯臭い男が三人立ちふさがった。

 1人は高級なスーツに身を包み、南洋風の顔立ちをした、色黒でやや太めの男だ。

 他に5人ほどいるが、彼らはヨレヨレのコートの襟を立ててニット帽を深くかぶり、サングラスとマスク迄つけているので、よく顔は見えん。

 ただ全員体つきは猫背でずんぐりとしており、手がひょろ長く短足である。


「やはりここで待っていて正解だったようですね」

 と、色黒の男がにこやかに語り掛けると、まるでそれが合図で合ったかのように、スマッシャーががくんと大きく揺れた。

 船底からは「てけりり、てけ・りり、てけりり………」という音が聞こえてくる。

 ショゴスかよっ?もういいっつーの!


「あんた達は何者かな?」

「夫申し遅れました、私は主にレヴィアタン領で不動産を扱っておりますランダル・レスピシオともうします」

「度胸だけは買うよ」

 イライラしたようにミランダが、貝のやじりを舐めつつ

「その彫刻に用があるから話は後にしてくれない?」

 と言い出した、早く契約を破棄したくてたまらないらしい。


「お嬢さん、この彫刻が何なのかご存じで?」

「死の木の契約」でしょ?

「ほう、これは驚いた!よくご存じで」

「あんた達こそなんでそのことを知ってるのさ?もしかして契約にあった深きものってあんた達?」

「お嬢さん、あなたは随分と我々の秘密に近づいているようですな。さよう、これでも私はダゴン秘密教団の幹部という顔もありましてね」

「それがシュトルム大公に何の用だ?」

「そ、そう言われますとですな」


 おれはミランダが話している隙に蜘蛛の彫刻を気にしていたのだ。

 粘着テープでメダルのようなものが張りつけられている。

 アレは「古き印」といって、神の出てくる「門」を封じる効果がある。


「(女の子たちをいやらしい目で見つつ)あなた方は似姿の呪いで「死の木の契約」を結んでしまわれた。アトラック・ナチャから逃れるには我々を受け入れるしかないのですよ。何でしたらあなたには大いなる秘術を授けてもいいと思います」

「そんなの自分で調べるからいいよ!ね?雷鳴!」

「ま、そうだな」


 色めき立って、手先からカギ爪を伸ばす部下にランダルは

「今は、レディ・ロデレールが見ておられるのだ、海の上に行ってしまえば我々のもの、控えろ」という。

 今コイツが視線をやったのは超豪華客船ロイヤルクリスタルの方だったな。


「あたしたちが、アトラック・ナチャを選んだらどうする気?」

 痛い所を受かれたのだろう、それを問われるとランダルは困った顔をして

「あの蜘蛛の神にとって、人間などパン一切れにすぎません。貴女は生きたまま喰われるだけ、お嬢さんそれがどれ程苦しいものか分かりますか?」

 ミランダは分と鼻先で笑った。そんなのは吸血鬼になって置いてきた感情なのだ。


 俺は、手の一振りで、粘着テープと「古き印」を破壊した。

 古き印なら俺にも作れるからな。

 そして彫刻から現れた、極太の蜘蛛の足ついで赤い瞳と黒光りする体が現れる。


 ランダルは表情を崩し「何故?そんなに蜘蛛神に食われたいのですか!」と叫ぶ。

 そして部下を伴って逃げ出していった。

 そして俺が抱っこしているイスカに、銀の網がかかろうとするが、俺の張った結界でそれは成されない。

「ミランダ、いけ!」

 ミランダにかかろうとする網を振り払ってやりながら俺は叫ぶ。


 それと俺は、全員分の黄金の蜘蛛のブローチを集めて持っていたのだが、そのうちの1個をアトラック・ナチャに向けて放り投げる。

 はたしてアトラック・ナチャはそれをキャッチし、大事そうに剛毛の中にしまい込んだ。そしてそれは致命的な隙となる。


 矢じりで「死の木の契約」を打抜くとアトラック・ナチャは噓の様に掻き消えた。

 しかし、スマッシャーはガタガタドカンドカンドカンと異様な音と共に激震する。

「先輩、スマッシャーが契約が切れて、清算をしているのでは!?」

「そうだな、モーリッツ!ミランダを抱き上げろ、脱出するぞ」

「はい!先輩!」


 俺たちは職員も回収(イスカが風の精に頼んだ)して、スマッシャーから脱出した。

 桟橋にはホラリスさんがいる。

「すみません、スマッシャーがあんなになってしまいました」

 俺は海に沈みゆくズタボロの船体を見る。

「いいえ、最初に運命を捻じ曲げたのは私の方だから………」

「でも、おかげで多くの負傷者が助かった」

「スマッシャーも解放されて、ようやく自由になったのだと思う事にします」


「ですが、私の持ち込んだ「死の木の契約」の似姿が原因であなたたちを恐ろしい事態に巻き込んでしまいました」

「大丈夫だよ、破棄したもん」

 ホラリスさんはゆっくりと首を横に振る。

「本来の「死の木の契約」を破棄しないと、意味はないでしょう」

「そんなぁ」


「俺はキョーナス島の現地の純血民に話を聞きに行くつもりです。いつまでも蜘蛛と深きものに付きまとわれるのはまっぴらです」

 不敵に笑うと、奴らの引き上げていった超豪華客船ロイヤルクリスタルを指さす。

「あそこに念話で部屋を取りましたよ。ロイヤルスイートでね」

 ホラリスさんの口がOになるが、俺は本気だ。


「ほらみんな、ドレスと礼服、必要物を買いに行くぞ」

「あい!(イスカ)」「はいっ!(モーリッツ)」「はぁーい(ミランダ)」

 と皆返事はよろしいな

「行ってきます」

 そう言って俺はホラリスさんに片手を上げた。


 彼女は苦笑して手を振り返してくれた。

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