第25話 ドリームランドより 前

 5月(学園内では)だ。爽やかな風が吹いている。


 俺は寮から、8月で、泳げてバーベキューもできる場所を探していた。

 人気がないのが1番の条件だ、貸し切りなら多少荒れていてもいい。

 ちなみに、姉ちゃんのアーカイブから情報を拝借している。

 そうすると、全部「能力制限空間」だが、当てはまる所が2~3か所出てきた。


「ジークー、ミランダにモーリッツー、」

 ちなみに、如月ちゃん、は出張で事件の長期取材に行っている。

「あん?何だ雷鳴」

 ジークが反応した。

 ジークはうちのリビングでクッションに埋まりながら「邪神の独立種族・奉仕種族」という資料本を読んでいた。実際に会う可能性が高いからだろう。

 

「海水浴とバーベキューに行かないか?泊りで。怪奇小説愛好家サロンも誘ってさ」

「お、いいなそれ」

「8月で貸しきりだと、「能力制限空間」になっちゃうけどな」

「まあ、仕方ないだろ。そういう所って「能力解放空間」にはあまりないだろ?」

「それはまぁ、そうだな」


 俺は空中に3カ所の紹介映像を出した。

「ミランダ、モーリッツ、お前らはどうだ?」

「私たちはそんなところ、行ったことないんだもん。でも面白そうだね」

「経験しておくのは悪くないかもしれません。綺麗な海も見たいです」


 ジークとミランダとモーリッツを交え、ああだこうだと相談する。

 正直、こういう時間が楽しい。学校は俺の欲しかった「友達」をくれた。

 モーリッツは弟分だが、ジークはマブダチだ。


「海が綺麗なので、ここが良いです!

 バーベキューの場所から海へ行き来できるのもいいのでは?」

「なるほど、管理が行き届いてなくて荒れてるが、邪魔なほどでもないな」

「使う所は俺たちで、雑草を刈ってしまおうか?」

「そんなところで無駄な体力使うなよ」

「そうだな………俺とミランダは『定命回帰』していくから疲れるし」


「反対意見もないし、ここでいいかなー?」

「「「異議ナーシ」」」

「じゃあ怪奇小説愛好家サロンに連絡しよう」

 電話に出た顔見知りに、計画を説明する。行くと言ったのは女の子2名だった。

 ジークが鼻の下を伸ばしている、彼女たちはそこそこ美人だったからな。

「じゃあ日にちは次の連休、待ち合わせの座標が決まったらまた連絡するから」


 もちろん魔界にもカレンダーはある。ただし休みは土日固定ではない。安息日という概念がないので休みはバラバラだ。連休になる事もしばし。


「みんな、念のため、武器系の魔道具は必須な。ミランダとモーリッツは俺が用意してやる。ジークは自前でイケるか?」

「それなんだけどな………お前の所で貸してもらえるか?」

「うん?それってもしかして………?」

「以前の提案、受けさせて貰う事になった。親父からはもう相手の家に入ってると見るぞって言われた。でも、名誉魔帝領民になれるのも、自分の子が魔帝領民になれるのも、めちゃくちゃ名誉だからな。魔帝領に血を残せるのは夢だろ。それに自分の会社は複数あるから名前だけとは言わせない自信はあるし」


「そうか………受けてくれて嬉しい!だけど俺が本家当主だからって物言いは変えるなよ?俺にとってお前はマブダチでもあるんだからな!」

「当たり前だろ!お前に敬語なんて口が腐っても言わねぇ!あ、公的な場所だけは我慢しろよ。俺も我慢するんだからな!」

「わーってるよ、俺もだよ。あ、後で笑うなよ!?」

「笑うに決まってるだろ?」

「あ、こいつ!笑い返してやる!」


 そういうやりとりをしつつ、転移・帰還陣が書ける場所を特定。

 先に陣を描いて………乗って行く車は何にしようか?

 ジークに聞いたら

「そりゃ、俺達の身分に相応しく(権魔だなぁ)、高級で乗り心地抜群なやつだろう」

「メルセデス・ベンツGLS(ファーストクラスSUVって呼ばれてる奴)でいいか?」

「おう、いいなそれ!」

「よし、じゃあそれで」


 おれはちびっ子たち―――そろそろこの名称も限界か―――の分の装備。

 刃が収納される奴だ。ウエストポーチにしまえる剣と短剣3本。魔剣だ。

 ジークのも同様、収納型の特別製魔剣だ。

 後は当日を待つばかり―――


 ♦♦♦


 当日の朝、リビングに固定しておいた転移・帰還陣を向こうとつなげる。

「おっはよーう!」「おはようございます………」怪奇サロンの女の子2人。

 活発そうな茶髪(染めてるっぽい)に青い瞳の娘が「ユマ」。

 彼女の後ろに隠れてる黒長髪・黒目のが「エリア」

「全員陣にはいったね?じゃあ出発!」


 出て行った先ではでっかい車が鎮座していた。

 現物を見るのは初めてだとユマ、エリアが歓声を上げる。

「どうせ彼女たちにいいとこ見せたいんだろ?運転は出来るな?」

 そうジークに聞くと、当然免許はあるという。どこの星のか知らんがまあいい。

 ジークに1台GLSを任せ、俺は荷物の運搬である。

 乗り心地のいい事この上ないな。少しなら一人もいいもんだ。


 前の車が窓を全開にしてるので「お父様にねだってみよーっと」「そうね、馬車よりいいわね」という声が。「うちに買いに来て!改造は無料だよ!」と言っておいた。


 30分ほどで、目指すキャンプ場に着いた。みんなと合流する。

 管理棟というのがあり、事前に予約しておいたのでカギがもらえるはずなのだが。

 オッサン、軽く声をかけても寝転んでケツを掻いていやがる。あ、屁しやがった。

 ジークと頷き合う。大きく息を吸い込んで―――

「「管理人オッサン!!バンガローのカギ寄越しな!!」」と怒鳴った。

 相手がビビるのを楽しんだ。いいんだ、オッサンだから。


 ようやくカギが手に入った。

 ジークは女の子たち―――ミランダのはモーリッツが持った―――の荷物を持ってあげていた。相変わらずマメな奴である。


「106号棟と107号棟。俺達のロッジはあっちだな」

 先頭に立って管理人室からまっすぐ伸びた砂利道に沿って進んでいくと、向かい合わせになったバンガローが2棟ずつ現れる。4~6人用の2階建てのロッジだ。

 106と107号棟は1番端で、向かい合わせだった。

 バーベキューエリアと海に近いところだ。管理会社が気を聞かせたかな?


 それぞれのバンガローに入る。ジークが残念そうに荷物を返している。

 1階はキッチン付きのダイニングとリビング。

 洗面所、シャワールーム、トイレがある。

 2階には2段ベッドが3つ並んでいた。


 まあ、そんなことより、俺達も着替えだ着替え。

 モーリッツがキラキラした目で俺達の上半身を見ているな。

 ふざけて2人でボディービルダーのポーズをとると

「僕もお二人みたいになれますか」

「「訓練次第だな、頑張れ」」ジークとハモってしまった。


 まずは海水浴だ。今回は何もいそうにない。

 ジークとモーリッツも不安気だったが、俺のOKサインで海に入って来た。

 ビーチバレーで白熱したり、遠泳を楽しんだりと、満喫である。


 さて、バーベキューは、皆舌が肥えているので、魔界の最上牛を買って来てある。

 野菜は淫魔領の農家から直に仕入れた。

 飲み物は、気分を出すために缶ビールメインだ。銘柄もいろいろ仕入れてある。

 他にも酒と氷は買ってあるので、遠慮なく楽しめるだろう。


 準備し終わって、バーベキューだ。

 野菜も肉も事前に切っておいたのでスピーディだった。

 ジークが囁く。(雷鳴お前、どこでこんな気遣い習ったんだよ。嫁に行けるぞ)

(行くか、お馬鹿!生まれた環境の賜物だよ!)と肘打ちをかましておく。


 そして宴もたけなわとなってきたところで。

 日没にはまだ早いのに、急に空が真っ暗になる。

 そして冷たい暴風が吹きつけてきたと思うと、空一面にオーロラが輝く。

 この辺では見かけないはずのオーロラは、何となく不安を感じさせる。

 オーロラは1分ほどで消滅し、それと同時に冷たい風もやむ。


 全員不安気になるが、俺とジークが言い合いを(わざと)始め場の空気が和らいだ。

 ミランダも務めて明るく振る舞う。

 少し後には、バーベキューは明るさを取り戻していた。


 そこに1匹の金色の目が印象的な長毛の黒猫が迷い込んできた。

「腹が減ってるのか?」

 分厚い牛肉を手でぶら下げてやると、興味津々という感じで近づいてきて、ペロリと食べてしまった。なかなか豪快な猫である。

 餌をやった俺に懐いたらしく、ゴロゴロ言いながらすり寄って来る。

 なかなか可愛いじゃないか。


 2時間ほど経った時、エリアさんがお手洗いだと言ってバンガローに帰った。

 それから少しすると霧が立ち込め、10m先も見えなくなってしまう。

「雷鳴、もうちょっと下がれ、もう少し………もう見えねえなあ」

「他人で測るんじゃないよ」ジークにチョップを入れる。

 などとやっていたが、霧が冷たいからか、なんとなく空気が重い。


 その後、いつまで経ってもエリアさんが帰ってこない。

 何かあったかもしれないから、と様子を見に行くと言ってユマさんが席を立つ。

 なんとなく全員沈黙。片付け始めようかな?

 そう思った瞬間、深い霧の中。

 ユマの姿が消えて1分も経たないうちに彼女のものと思しき悲鳴が響き渡った。

 俺たちは全員叫び声がした場所へ、離れないように走っていく。


 バンガローの前で倒れているユマさんを発見。

 猫は何故か、付いて来ている。まあいいか。

 右太ももが、かなり鋭利な刃物で抉られたような傷がついている。

 俺は定命回帰を解除する。

 俺は彼女を抱き起し「教え:癒し:回復」で全快させる。

 

「何があった?」と問いかけても

「霧の向こうから、ぶよぶよした大きなヒキガエルが襲ってきた」

 とだけ繰り返し、要領を得ない。

 仕方ないので「教え:癒し:精神治癒」をかけるが、全く元に戻らない。

 ぶつぶつと何か呟き続けている。これは何かきっかけがないとダメだな。

 しかも時々恐怖に引きつった顔で金切り声を上げる。参った。


「雷鳴ぁ、バンガロー周辺を見て来たんだけど」

 刃物をいつでも出せるように手に柄を持ったミランダが言う。

「直径は50㎝ぐらいの、でっかい爬虫類って感じの足跡があって、管理棟へ続いてるね。どうする?」

「薄情だが、優先順位はエリアさんのほうだ。バンガローの中に入ろう」 

ユマさんが金切り声を出しそうになったので、口をふさぐ。参ったなこれ。


 バンガローの入口は半開きだ。ジークにユマさんを預けて、忍び足で入る。

 ジークはもう常にユマさんの口を塞いでおく事にした様だ、正しいと思う。

「雷鳴あれ………」

「何かあるな………」

 毛足の長いカーペットに紛れ込ませるように、何かが置いてある。

 調べて見ると、それはトラバサミだった。俺たちは獲物だってか?

 ジークとモーリッツにも注意は促しておく。


 ロッジに荒らされた感じは全くない。

 エリアさんは帰る途中で拉致されたかなにかした?

 少なくともバンガローには何の痕跡もなかった。

 

 悲鳴に気を付けつつ、謎の足跡をたどっていくと、管理棟に着いた。

 こじ開けられたと一目でわかるちゃちな扉からは、強い血臭がする。

 室内を覗くと、管理人のバラバラ死体が目に入った。

 口に金属製の猿ぐつわを噛まされ、声の出せない状態で拷問されたらしい。

 体に無数の刺し傷があり、四肢を切断され、腹を裂いて内臓が引き出されている。

 

 モーリッツの顔色が悪いので、部屋から出して警戒に当たってもらう。

 悪魔でも、邪神絡みだとこうなるのだ。そう、この反応でもう確定だ。

 死因は、槍のようなもので心臓を突き刺された事だ、人間業ではない怪力。

 ユマさんの足のケガもこの武器だと確信できる。


 俺は外に出た。後はこの星の警官がやる事だ。

 ガサガサガサ………背の高い雑草を何かがかき分けてくる。

 姿の見えたそいつは、まだらな灰色をしていた。

 大きな脂っぽい体をしており体の容積を地締め足り引き延ばしたりできるようだ。

 主要な体の形は目のないヒキガエルに似ている。

 あいまいな形の鼻づらには、ピンク色をした触手が垂れている。


 多分「誘い」だと思いつつ、そいつに肉薄して攻撃を行おうとすると、逃げた。

 追うと―――やっぱりトラバサミか、綺麗に回避!

 回避した隙に、そいつには逃げられてしまったが。

 

 追って来ていたはずのみんなに合流すると、海を指さされた。

 そこには黒いガレー船が停泊している。

 そして、呟くような声でユマさんがエリアはあそこにさらわれた。

 助けてあげて………とだけ言ってまたぶつぶつと呟きはじめる。

 「助けて」は………俺はそれを、戒律によって無視できない。

 言われなくても、今回の件は俺が発端だから助けるけどさ………


 おもむろに、猫が俺と向かい合う形で立つ

「私の名はドリン大尉。ドリームランドからやって来た猫族の戦士だ」

「………はい?お前、ドリームランドの猫だったのか?」

 渋い女性の声だ。他のメンバーも聞こえているらしく、驚いている。

 というか、女性だったのか。逞しく見えるんで男の子だと………。


《この辺りはお前たち人間(違うがここは話を聞こう)が住む覚醒の世界と、我々猫族や月棲獣ムーンビーストの住むドリームランドの境界線上に位置している。

その為時折次元の裂け目が生じ、住民がこちらに迷い込んでしまう事がある。

先ほどの発光現象がその証拠だ。

お前たちの仲間は、どうやらこちらにやって来た我々の宿敵、

月棲獣に捕まったようだな。アレは奴らの船だ》


「ムーンビーストか………。強い嗜虐癖を持ち、他の知的生命体を捕まえて奴隷にし

 たり、楽しみのために拷問したりする独立種族だ。

 一説にはニャルラトホテプを崇めてるとかなんとか。

 奴らは積極的に害を与えに来る。この前のイス人なんかは例外だ」

「あ、それなら俺も本で読んだぞ、敵だと思うとマジで嫌な奴らだったな」

 ジーク以外は初耳だったようだが、嫌そうな顔をしている。


《詳しいな。奴らは黒いガレー船に乗り、人間をさらっては奴隷にする。

 奴隷にされて酷使された挙句、月棲獣の食料にしてしまうんだ。

 お前たちの仲間も早く助けないと命の保証はないぞ?》


「月棲獣はどのぐらい強い?」

《怪力が厄介だが、普通に殺せる。これと言って弱点は無いが》

「上等だ」


《いい判断だ、月棲獣が奴隷にしに来る前に、逆襲に転じるのがいいだろう。そのための協力は惜しまない。今猫の軍団を組織している。時間がかかるから先に行こう》


 ちなみに、ユマさんが絶対嫌だと怖がるので、着替えのついでにバンガローに置いてきた。一応短剣は渡したが………。

 武装はこの時に身につけてきた。


♦♦♦


 目的地は海岸だ。霧の中にぼんやりと、大きな黒いガレー船が見える。

《あれが月棲獣のガレー船だ。時空の嵐に巻き込まれてこちらに来たのだろう》

ドリン大尉の先導で近づくと、黒塗りの船体が見えてくる。100mぐらいか。


「甲板には誰もいないようだな………大丈夫だと『勘』も言ってる」

「お前を信用するぜ、雷鳴」

「よし、全員『飛行』して運ぶぞ」

《これは………お前たちはただの人間とは違うのだな》

俺は改めて自己紹介と、みんなの紹介をしておく。

《悪魔というのか、覚えておこう》


 甲板は嵐に出も遭遇したらしく、マストが折れ、黒い帆が破れている。

 えらくヌメヌメして魚臭いのは何故だろうか。

「雷鳴、下へ続く階段の先から、うめき声と複数の気配がする」

「偉い!そっちしかどうせ進む先はないし、用心しながら進むぞ」


船倉には、血と汗のにおいが充満していた。

船倉の左右には、船の外側に突き出すように巨大なオールがある

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