第5話 屍食鬼 中
ロート殿の屋敷に着いた。
大きくて重そうな門、重厚な石造りの大きな屋敷。隠者の好みそうな屋敷だ。
何と彼は門の前で待っており、車を門を避けて止めるよう、誘導までしてくれた。
親切な人だ。
外見は30代くらい。淡い茶髪に、綺麗で印象的な赤い目、白い肌に、黒い翼だ。
親切さを見込んでお願いをしてみた。
「ここの道中、知人を訪ねる約束をしてしまって………申し訳ありませんが部屋割とその他しばらく、気を逸らしておいてもらえないでしょうか?」
「構いませんよ、子供は好きなので」
「ありがとうございます。ミランダ、後は任せる!」
ミランダがぶーたれので悪いと拝みつつ、知人の画家のところへ向かう。
確か名前はサミフだったか?
報酬が魔道具だったので思わずOKしたのだが(俺は様々な魔道具を収集している)そんなの持ってるようにはあまり見えない人だったんだが。しかも宝飾品だとか?
俺があばら家の近くまで来ると、男女の言い争う声が聞こえた。
俺は思わず身を隠して内容を聞く。女はジャーナリストらしい。
いわゆる「あの人は今」的な内容のインタビューをサミフが断っているようだ。
最近テレビは魔界でも娯楽として広まっているからな。
仕方ないので、俺はインタビューの終了―――単に女が閉め出されただけ―――を待って、サミフの家?別荘?をノックする。
満面の笑みで出てきたサミフ。部屋が汚い。『キュア』する気にならないのか?
スリッパもないのに埃だらけの床に辟易しつつ、奥の部屋に案内された。
その際、多くの絵が飾られていた。お題はほぼ、食人をテーマにしたものだ。
作者は様々、幻術品としての価値も様々だな。
人界なら禁忌、魔界でも同族喰らいを連想させるので、いい顔はされない題材だ。
俺はヴァンパイアなので少しは分かるが、贅沢だが同族より人間の血の方がいい。
あと、食う側の奴が不愉快だ。半裸で、犬の様な突き出した顔の奴である。
これ、文献「屍食教典儀」にあった屍食鬼のものではないだろうか?
「はい、これ屍食教典儀のコピー。約束の物は?」
「はい、どうぞ」
………まさかコンビニの袋で渡されるとは思わなかった。一応確認したが本物だ。
「ところで、この絵たち、素晴らしいと思えませんか?心の奥に秘められた、獣のような純潔さ!ここにあるのは全てから解放された姿なんですよ!仲間の血を飲むあなたならぐっとくるものがあるでしょう!」
「………悪いけど俺はちょっと。吸うのと食うのは別もんだし」
そう素直に言うと、彼は大げさに嘆き始めた。
「分かってくれない奴ばかりだ!ああ、ピックマン!ピックマン!貴方は何処に!」
ピックマン?確か、屍食鬼になった画家じゃなかったか?
食死鬼になって、ドリームランド(夢世界)で楽しく暮らしている、ひょうひょうとした奴だと姉ちゃんから聞いた覚えがある。
………夢魔なら頑張れば会いに行けるかもな。
邪神絡みだからだろう、なんとなくおぞけを感じる。
サミフは嘆きながら絵に頬ずりしている。
人間に近いが犬のような顔をした奴が、墓穴を暴いて肉を食っている画だ。
気分が悪くなってきたので、適当に切り上げて帰った。
なんか、同族の血を飲む時、思い出しそうで嫌な体験だった。
ロート殿の屋敷に帰ってきたら、さっきの場所が夢かと思う光景に出会った。
もふもふの、犬、猫、鳥(カラフル)の姿をした下級悪魔たちと、ミランダを含んだ6人が遊んでいる。どいつもこいつもやたらと愛らしい。
説明を求めて、近くに佇んでいるロートさんを見ると
「私が可愛くなる術のかかったエサをあげていた結果なんです。可愛いでしょう?」
可愛いのは認める。あ、俺にヒヨコみたいな黄色い鳥が止まった。
「エサはあります?」「あげますか?」「はい」
という会話があって、俺も子供たちの仲間入りである。
「先輩!こいつを『使い魔』にしたいです!」
「大した能力ないから育てないと無理だぞ?飼えるのか?」
ロート殿を見ると
「絶対に面倒をみる、投げ出さない殺さない、と誓約書にサインするならOKです」
「やった!書きます」「私達も!」
モーリッツもか。ていうか結局全員だ。おいおい、ミランダ?
「雷鳴ぁ、ダメ?」
黒くて丸っこい、ヒメウズラのようなやつを俺に見せてくる。くそう、可愛いな。
「絶対面倒見るな?能力も上げて使い物になるようにするんだぞ?」
「うんっ」
「しょうがない、今回ミランダには世話をかけてるし………なら皆、誓約書を書いて、使い魔の儀式をしてきなさい。海中見学は明日に延期だな、これは………」
ちなみにモーリッツは、黒い翼の生えたフェレット。どこにでも入り込めそうだな。
ミランダのは………飛べるのか?そうか飛べるのか。………役には立ちそうだ。
晩餐は、魔帝城のビュッフェより美味しかった。デザートも驚くほどおいしい。
子供たちは、マナーは守りつつも、かなりがっついていた。仕方ない味だ。
部屋も高級ホテルという感じだった。ロート殿、本当に子供好きなのな。
そして次の日
海岸に子供達が、俺の指示で固まり座っている。モーリッツとミランダが中心だ。
それをまとめ底は平ら、後はドーム型の結界で包む。俺自身も水よけのだけ張る。
そのまま、表層の汚れをどけつつ、潜水。
やや濁っているがちゃんとした海だ。深度が深くなる度に、きれいな海になる。
「お前たち、これがレヴィアタン領本来の風景だ」
子供達はポカンとしている。多分皆初めての海だ。海の生物も豊富にいるため、ドームにへばりついて外を見ている。………おっと、客が来た。
サメ型の、すごくデカい悪魔だ。結界ごと、俺達を食おうとしてくるが………。
俺は『教え・威厳10』を発動させた。サメはぴたりと止まり、後ずさっていく。
ダメ押しで『特殊能力:強者の威圧』を発動。サメは逃げ去った。
子供達も余波を受けたようで、固まってしまっていたが、笑顔で解凍する。
笑顔はともかく、能力を解除すると子供達も解凍された。
「「「「「先輩って、本当に凄いんですね………」」」」」
「今更だな。俺は魔界の大公だぞ?」
「「「「「はい………!」」」」」
「さあ、ここからは深海だ」
能力が高い魚ばかりだが、隠された岩の裂け目を通り抜けると―――。
そこは熱帯の海だった。一瞬で冷たい深海から、温度が上がる。
美しい魚たちとサンゴ。人界にも負けない美しさだ。
「これが、海………?あの汚泥は本当に表面なんだね」
人魚たちもサービスで出て来てくれて、子供達(ミランダも)は感動している。
「これよりすごい所に連れて行ってやるよ」
「何処に行くんですか?!」
「
月音様は、先代のレヴィアタンが邪神ヒュドラ(もしくはハイドラとも)との間に作った子供で、驚くほど愛らしく美しい人だ。
邪神ではあるので無害ではないが、それは礼儀を忘れた者相手にだけ。
そうではない相手には、惜しみなく恩恵を与える性格をしている。
今回は、子供たちを連れて訪ねる約束を、取り付けておいたのだ。
熱帯魚たちの所を辞し、さらなる深海へ。
しばらく行くと、全てが黄金でできた輝く城が見える。本当に発光しているのだ。
美しい黄金の鱗を持つ人魚たちに案内されて進むのは輝く宝物が無造作に積まれている廊下の先だ。金魔の子の目が、完全に¥マークである。
その先に、宝物より美しい人魚、月音様が待っていた。
ふわりと広がっている髪は艶やかな水色、瞳はまるでアクアマリン。肌はビスクドールのようだ。尾は水色で、これも宝石のように光っている。
子供たちは女神を見たかのように固まって、それから精一杯あいさつし始めた。
月音様は巨大な山になっている宝物の上でそれを聞く。
子供達を気に入ったらしく「可愛いわあ」と呟いている。
月音様は、あまり城から出ない。普段子供と会う機会がないのだろう。
俺も改めて、再会の挨拶とお礼を述べる。彼女には礼儀が何より物を言うのだ。
月音様は頷いて、俺たちにそれぞれ土産を持たせてくれた。
子供達には貴重な珊瑚とべっ甲。珊瑚は真っ赤な高級品である。
ミランダにはそれとは別に、海魔領産の、珍しい真珠のネックレスもつけてくれた。
俺には何故か酒のボトル「黄金の蜂蜜酒」と手書きのラベルがある。
これ、邪気がするんですけど、月音様?
視線を送ったら笑顔で返された。自分で調べろという事だろう。
そろそろ子供達も自覚はないだろうがはしゃぎ疲れた頃だろう。
月音様のところを辞して、ロート殿の屋敷に帰る。
「何故みんな深海のようにしていないのでしょう?深海とは言わないまでもせめて中間層を維持するべきです!今代レヴィアタン様は何を考えておいでなのでしょう!」
と、道中モーリッツが嘆いていた。おおむね皆同意見のようだ。
「先代レヴィアタン様にも考えがあったんだよ。今代はそれを踏襲している感じだな。どういう意図だったのかは、旅行が終わるまでに考えておくと良い」
ロート殿の屋敷に入り、全員を晩御飯まで自由時間にする。3時間ぐらいか。
ご飯の後、寝る前におとぎ話を聞かせてやる予定だ。
また下級悪魔達と遊びに行った者もいるし、解放された書庫に行く者、中にはロート殿に昔話をせがみに行った奴までいる。
それでも夕食後、俺とミランダの部屋に全員が集まった。少し眠そうだが。
では、それは昔々―――
むかしむかし、陛下の加護多い夜(月の明るい夜)のこと。
ルーピー家の墓の近くを歩いていた男性が、霧で迷子になってしまった。
男性はうっかりして、いじっていたポケットの指輪を落としてしまう。
転がる指輪を追いかけて、墓穴の中に入り込む。
そこでは立派な服を着た貴族たちが、パーティーを開いていた。
男性は貴族たちがはしゃいでいる隙に、こっそりと金銀財宝を盗み出した。
それを妬んだ男性の妹は、男性の真似をして月の明るい夜に墓穴へ。
貴族達が談笑している所を見つけ「マイン家が来たぞ」と騒いで驚かそうとする。
すると貴族たちは「ここではルーピー家もマイン家もない」と言い正体を現した。
その貴族たちは、何と卑しい犬の姿をしており、宴会料理はみな悪魔の肉だった。
喰われると思った妹は、一目散に逃げだした。
ところが、ようやく墓穴を出た妹は驚いた。
いつの間にか、自分も貴族たちと同じような犬の姿になってしまっていたのだ。
醜くなった妹は、家族に石を投げられ死んでしまったとさ。
おしまい。
「珍しい話ですね!」
「人間のおとぎ話がアレンジされてるからな。モーリッツはどう………ん?」
「どしたの、雷鳴?」
「このモーリッツ、おかしくないか?」
「………言われてみれば何か不自然だね」
ミランダはモーリッツをがくがくと揺さぶる。反応なし。これは………。
「分身か!」
見破ったとたん、分身は掻き消えた。
見破ったからじゃない、どこかでモーリッツの集中が切れたんだ。
「全員、部屋で待機。モーリッツが抜け出した」
多分分身経由で、おとぎ話を聞いていたろう。本当によくできた分身だった。
モーリッツが興味を持ちそうなのは、ルーピー家の墓以外にない!
「行くぞ、ミランダ!」
「うん!」
ルーピー家の墓に向かう途中、俺達は変なよろめき方で歩いている男を見つけた。
子供を見なかったか?というと「見た」という。
錯乱しているようだったので「教え:癒し:精神治癒」をかけると―――。
「ルーピー家の墓で、子供を抱えた男が、匂いからして悪魔の肉をバラまいていた。そうすると霧が出て、墓石が動いた。その中からゴムみたいな質感の肌の、犬面の連中が………肉を食って………ああダメだ、ただの同族喰らいじゃない、あれは………あれは………ううっ」
俺達は男に礼を言って、ルーピー家の墓に向かった。
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