第4話 屍食鬼 前

 ティンダロスの猟犬と相対した後、俺はまず、姉ちゃん(ライラックの超越者として成長した姿で、今はレイズエルと呼ばれる。彼女の生涯は「ある少女のモノガタリ」にて)に会いに行った。


「正気度チェッカーが欲しいんだけど、あるよね?」

「休みを与えたとはいえ、そこに邪神研究を持ち込んでくる?」

「だって兄ちゃん(魔界の第4王子。レイズエルの夫)の役に立つだろ?」


「はいはい、そうね。確かに役に立つわよ。チェッカー、手に持ってみなさい」

 手に持つと、ピピっという音と共に、現在正気度が表示される。

 87だ。これって………?

「多分元々90なのが、前回ので減ったのよ。回復するようにしなさい」


「『精神治癒』の『教え』ではダメ?」

「それは一時的に正気に戻す事はできるけど、ずっとは無理。時間操作して一瞬にしてあげるから、ミランダちゃんと一緒にきちんと「異空間病院」に来なさい」

「ミランダは可愛いから、もちろんそうする。皆が「子」を作る理由が分かったよ」

「許可もなく作るから、こっちはビックリしたわよもう………」


「とこで、姉ちゃんはさ、ミランダの元になった天使の事わかる?」

「当たり前でしょう。最上級天使。堕天使狩りや内部監査に就いてる子よ?」

「………高能力者なんだ?」

「万能タイプの高能力者。小柄だけど結構力もあるのよ。高能力者だから、中位のドッペルゲンガーだったミランダは、劣化した姿にしかなれなかったみたいね」


「それより、前回回収してきたティンダロスの猟犬に関する文献(ギリシャ語)

 と屍食教典儀は慎重に扱いなさいよ。邪神系呪文は正気度減るから使わない事!もし人に渡すときは原本でなくコピーでね!」


 姉ちゃんにめっちゃ頭を下げてから、俺は魔帝城に登城する。

 入口ではミランダが待っていた。

「もう、早く来てくれないから色んな人に絡まれたよ!?」

「ごめんごめん。これ正気度チェッカー。お前もかけてみ?」

「74………高い方なの?」

「それだけあったら上等だと思う」

「なら、いいや」


 俺が手を取り、エスコートするミランダは、とても魅力的だ。

 銀糸と金糸、両方使った銀色のドレスは豪華だ。

 16世紀のイタリアのファッションである。

 髪はフェロニエールでまとめられている。

 コルセットの苦しさは、ヴァンパイアの強靭な肉体が跳ね返してくれる。


 俺は魔帝陛下にミランダを紹介した。

「何とも可愛らしいのう」と笑顔なので、気に入ってくれたのだろう。

 その後、貴族の付き合いという奴がある。

 これはある程度やっておかないと、家が孤立する怖い付き合いだ。

 今回は学園生活の事を長々と話す羽目になった。


 もちろん、今夜のミランダと俺は、社交目的で来たのではない。

 早々に抜け出して、「魔帝図書館」にいく。

 今回出会いそうな邪神関係のクリーチャーを特定しておきたいのだ。


 話は遡る―――。


 ティンダロスの猟犬事件の後始末が済んで3日後だった。

「初等部を高等部のエリートが案内します。上級生の引率による「レヴィアタン領(または海魔領)」見学旅行!」

 というチラシを、担任の先生が持って来たのは。


「今、先代の方針の流れが続いていて、今代レヴィアタン様も止める気がないので、はっきり言ってレヴィアタン領はカオスです。ですがそこまでは理解していても、深海には文化が残っていることを、初等部はまだ理解していません」

「………それで見学に行かせろと?どうせ一人で担当なんでしょう?」

「”隠れ”の護衛は当然いますが、表向きは1人です。貴方は「大公」魔界屈指の実力者なのですから、護衛なしで十分なはずでしょう?ミランダさんもいますし」


「はあ、ミランダも含めて下さるのなら、下級生との触れ合いも面白そうですね。引率できるでしょう。何人ですか?」

 これは嘘ではない。実際そう思っている。そういうのの為に学校に来たのだから。


「デコーユ家のモーリッツ君を筆頭に、6人です。宿は、ロート様が受け入れを了承して下さいましたから、心配ありません。君の事も伝えています」

「ロートさん?話した事は無いけど、大物じゃないですか。子供がお好きで?」

「ああ、変な意味ではなく子供好きらしいですよ。快く宿を提供してくれたそうで」


「デコーユ家もかなり格の高い家ですよね。まぁ、学園に来る奴は大抵そうだけど」

 爵位は特別なものなので普通はつかない。その代わりに、貴族たちは下級・中級・上級・最上級で家格を分ける。デコーユ家は最上級に当たる家だ。

 その家の長男で、Aクラスの学級委員長がモーリッツ君である。

 先生が渡してよこしたメンバー表の面々も、上級以下は存在しない。


 年齢は1000歳から10000歳程度のひよっこ。まだまだみんな10歳前後の姿だ。

 だがみんなAクラスに入った実力者。中級悪魔程度の能力はすでにあるだろう。

 ただ身長は………中では、ミランダが大きく見えそうだな。


「分かりました、先生。つつしんでお受けしましょう」

 ホッとしたらしい先生が、現地の資料とかを渡してくれる。

 それをめくりながら、俺は考える。


 邪神研究サロンを立ち上げただけで、向こうからティンダロスの猟犬が来たのだ。

 今度の見学旅行でも何かあるかもしれない。調べておかなければ………。

 それには「魔帝図書館」ほど適した場所はない。


 と、いうような事を説明し、助手としてミランダをエスコートして参内したのだ。

 陛下への挨拶と、貴族の社交辞令は終わった。

 と、思ったら話しかけてくる奴が。カイゼル髭が素敵なオジサマ(ミランダ談)だ。

「お初にお目にかかります、大公様。わたくしデコーユ家当主のギラン=リカルド=デコーユと申します。この旅の旅行では長男が世話になるそうで………」


「まだまだ子供らしくワガママですが、是非可愛がってやってください。家ではよく脱走して捜索したものですが、あの学園では安心ですな………」

 後は愛妻家なようで、ノロケ話に花が咲いたので、早々に脱出して、図書館へ。

 しかし脱走癖って………大丈夫だろうな、今回の旅行?


 図書館に着くと、そこはまるで本の海原のようだった。

 俺は司書さんの所に行く。

 司書はテュフォンさん。中性(性器がなにもない)なので、俺からは女性に見える。

「テュフォンさん、海辺の……(臨海旅行の地図を見せて)この辺に関する書籍、普通のと邪神系のと、探してるんですが」


 テュフォンさんは、波打つブロンズの髪を揺らし、美しい顔にしわを寄せた。

「その地域の物でしたらごく少数がB56の棚の真ん中あたりに。その辺りではありませんが、いてもおかしくない邪神の情報ならG10002の端にあります」

 ここに来たら、ごく簡単な物でない限り、テュフォンさんに聞くのが正解だ。

 なにせ自分で探した末、遭難したという例はかなりのモノにのぼる。

 俺も一回、ミイラ化した利用者を復活させてやったことがある。


 おっと、テュフォンさんが『無属性魔法:シンボル』で矢印を作ってくれている。

 消える前に行かないと、遭難者の仲間入りである。

 慣れないヒールで遅れがちなミランダの手を引いて、目的地に到着。

 まずは普通に地域の資料だが、ロートさんが隠棲しているだけあってマジでなんもない………おや?魔界では珍しいものがあるぞ。墓だ。


 悪魔はあまり墓を作らない。たまに貴族がその人の記念碑的な意味で作る。

 遺体は基本『無属性魔法:デリート』で消されておしまいだ。

 それなのに墓がある?理由はすぐ調べがついた。

 初等部の子らに語って聞かせてやるとしよう。


 邪神の方も、墓と海があるならこれかな、というものがでてきた。

「ディープ・ワン(深き者)か、屍食鬼だな」

「どっちも組織立ってるし、あんまり刺激したくないよね。無理だろうけど」

「初等部の子供に手さえ出されなければ、交渉がききそうだけどな」

「まあ、私達でも対処できそうって感じ」


 俺達は、魔帝城から出て、一度屋敷に寄った。「車」を調達するためだ。

 まず、『テレポート』で、宿泊先のロートさんの屋敷にある程度近い所に出る。

 そこからの移動を、人界のオールドカーを運転して行ってもらおうと思うのだ。

 強度は俺がいじっているし、複雑な操作もない。子供には良い玩具だろう。


 6人だから、二人乗りがいい。俺らも含めて4台か。

 みんな運転したがるだろうから、4人乗りでも二人で乗せよう。

 全員の状態を『特殊能力:空間把握』と、『無属性魔法:ウィザードアイ』で把握できる自信があるから、こうやって遊べるのだ。


 車は、フォード・モデルA(緑)、キャデラック・モデルA(赤で目立つのでコレに引率の俺らが乗る)、ルノーAX(緑)、ダッジ・モデル30(黒)

 セールスマンの説明だけで、子供も乗ってた時代の乗り物。俺は大好きだ。


 準備も済ませて、とうとう当日だ。

 同級生たちも、割り当てられた初等部を引率して『テレポート』している。

 俺の割り当ては、ミランダでなくモーリッツ君が引率してきた。

 モーリッツは、短い金髪に、高貴とされるねじくれた山羊の角、赤い目の生意気そうな顔立ちに、この年齢(まだ5000歳だ)にしては高い130㎝の身長だ。


「モーリッツ、引率ご苦労さん!魔帝城で父君にも会ったぞ、やんちゃだってな?」

「や、やんちゃだなんてそんな。品行方正に振る舞います」

「そうか?やんちゃな方が可愛いぞ」

 モーリッツはカチコチだ。まぁ旅行が始まったら素も出るだろう。

「あ、ミランダはこっち(俺の横)な」

「じゃあ、全員で『テレポート』するぞー」


 一瞬で、海岸線の見える、広い崖の上に出た。

 海はぶくぶくと泡立っており、汚染が広がっている。海の色は汚染でどどめ色だ。

 遠くでは、巨大な自我の狂った海獣が荒れ狂っている。

 先代のレヴィアタンがかなり汚染したからな………もう止まらないだろう。


 それを見ている子供たちは、嫌悪の眼差しをしている。

「シュトルム大公!本当にあれに潜るのですか?!」

「大丈夫だ、中はそこまで汚くない。だが強い奴には絡まれるだろうが………俺が居るのは何のためだ?他のグループは潜る事まで出来ないんだからな」

「貴重な経験、嬉しいです。安全は確信しております!」

 モーリッツが言う。うん、分かっているようで何より。


「とりあえず、宿であるロート殿の所に行くんだが………これで行く」

 俺は、ここにオールドカーを設置していた。

「これは人間の作った「車」というものの、古いヤツだ。馬車と同じぐらいの速度が出る。これに馬はいない。お前たちが好きに動かせるぞ!」


 モーリッツも含めて、6人の子供たちの目がキラキラする。

 要は、自分で御者ができるのだから、興味深々だろう。しかも未知の乗り物。

 俺は大声で操作方法を説明する。運転は交代でやりなさい、とも。

 ほどなくペアができ、出発だ。

「崖から落ちても助けるから、心配せずに運転しろー」


 先頭を俺とミランダが軽快に走る。

 後ろからは、遊園地の乗り物を自分で操作して乗っている感覚なのだろう。

 初等部の面々が楽しそうに着いてくる。魔界に遊園地は今の所ないからなぁ。

「見学スポットでーす。みんな、ブレーキ!」

 ちゃんと止まる。前の奴に突っ込んだペアもいたが、俺が守ってケガはない。


 俺は、崖とは反対側、森に囲まれたある一角に皆を案内する。

「これが人界ではポピュラーな「お墓」です」

「えー?お墓なんて作る人いるんだ?」

「普通は死体を『デリート』して終わりだよな?なんでこのお墓はあるんですか?」


「それはな………よくある話で、ある上級貴族二つが争った。マイン家とルーピー家だ。それはもう熾烈な争いだったが、決着はマイン家の勝ちでついた。だが逃げ延びたルーピー家の連中は行くところがない。ここに隠れ潜んだんだが、出て行ったら殺される。それで皆自害してしまった。ここまではよくある話だな」


 子供たちがうんうんと頷く。モーリッツが

「敵の手にかかりたくないのは、当然ですよね。それでどうなるんですか?」

 と聞いて来た。模範生だな。


「化けて出たんだよ。普通悪魔は地獄の力にすぐ囚われるから、化けて出ないが。それが出たんだ。魔術や特殊能力、マジックアイテムでも地獄に落とせなかった。放置するという案もあったんだが、その時に担当していた悪魔書記官は、幽霊の主張を叶えてやったんだ。それが、ここで死んだ連中のお墓を作る事だ」


「そのおかげで、おとぎ話が生まれたんだ。人界ではよくある話なんだが」

「おとぎ話………?魔界では普通そんなの生まれません。どんな?」

「それは海魔領見学のあと、夜に話す事にする。先に昼からのスケジュールだ」

「ここには何か、残ってないのですか?」

「たぶん、な」


 俺は初等部の子供たちを連れて、ロート殿の屋敷へ向かった。

 その途中、ミランダが運転中の時。俺は荒れ地を歩く、見知った人物を見つけた。

『念話』で『どうかしたんですか、こんなところで?』と問いかける。

 彼は魔帝城にあがれる程の腕のある画家だった。俺も好きだったのだが………。

 驚いたようだが、何か思い当たったらしい、甲高い声で話しかけて来た。

『今、静養中なんだ、そうだ!「屍食教典儀」という本を知らないかい』


 いきなりである。確かに俺は、珍しい本をを収集したりはしているが。

『コピーで良ければ。対価は?』

 別に知人が屍食教典儀で屍食鬼に興味を持っても、迷惑にならなければ構わない。

『魔道具にもなる宝飾品類が数十点』『了解しました、家は?』

 彼は似つかわしくないあばら家を指さし『あれだよ』という。


『子供たちの休憩時間を長めにとって、うかがいます』

 屍食鬼にハマっているのだろうか?ま、俺には関係ないが。


 その時はそう思っていた。

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