幼等部・高等部1年生

第3話 ティンダロスの猟犬

 2~3週間経って、俺とミランダはだいぶ学校に馴染んできた。

 2人とも、クラスでの役職は回避した。学校の楽しみの1つなので残念だが………

 邪神絡みの事件が起こったら、満足に仕事するのは無理だからだ。

 そして、俺の心の警報は、日に日に強くなっている。そろそろか。


 事が起こったのは、魔帝城の図書館で借りて来た邪神の本(正気度が減らない程度のもの。基礎だな)を2人で読んでいた時だった。


 リンリンリン。ドアノッカーに取り付けてあった鈴が鳴る。

「大学部2年のレリーという。入っても?」

「どうぞ、開いてるよ」

 ドアを開けて入ってきた人物の印象は黒ローブの「もやし」だ。

 瘴気からも分かりやすく「賢魔と権魔のハーフ」だと分かる。

 この学校に来たという事は、権魔の方の家柄がいいのか、賢魔が研究で有名か。


「いらっしゃい、血は嗜むかい?」

「え、ああ。普通の悪魔並みには嗜むよ」

「ミランダ、血をお出ししてくれ。先輩はどうぞこれに座って」

 そう言って座椅子を進める。彼は勧められるままに座った。


 ミランダが「処女の人間の血を、ジャスミンで風味付けした自慢の逸品です」と言って、ティーカップに注がれた血を出す。

 彼はそれを断ることなく飲む。好みに合わせてくれる、好感の持てる対応だ。

「美味いな、流石シュトルム大公だ」


「………ところで、急いてすまないが頼みたいことがあるんだが」

「何かな?俺の所に来たって事は、邪神にかかわる事なんだろう?」


「ああ、親父は邪気がするから止めておけというが、うちのサロンは資金難なんだ。これ(針金細工で、中にオーブがあるのが見えるキューブ)に死んだ仲間と、その兄が、俺たちに遺産の分配を告げてくれる画像があって。明日の23時に映し出されるんだが………針金がほどけなくて、このままじゃ映し出されない」


「相続が公的なものなら、登録の為に悪魔書記官は呼んだのかい?」

「ああ、明日俺達のサロンに来てくれる。遺産譲渡の確認だ」

「君たちのサロンって?あと死んだ仲間っていうのは?」

「魔法陣研究のサロンだ。今、資金が無いんだ。一応屋敷は貰っているけど」


「魔法陣研究会は他にもあるもんな………」

「そうだけど、併合されるのはプライドが許さない。歴史はうちが一番古いんだ」

 おれはひょいっと針金細工を取り上げ、ミランダに渡す。

「解けそうか?」

 ミランダはしばらくいじってから

「大丈夫、お茶の子さいさいだね」


 レリーはあきらかにホッとした顔になる。

 ちなみに、解いていくほど邪気が増すんだがこれ。何なんだ。

「死んだ仲間だけど、魔法陣を3人で発動させようとしたら、失敗して死んだんだ」

「おいおい、それでお兄さんが遺産を君たちにってのは、変じゃないか?」

「変だけど………資金が要るんだ。だからこの針金細工を解いて、明日の23時までに持って来てくれないかな。サロン存続の最後の希望なんだよ」


 賢魔は人の感情に鈍い。教育されても、彼の場合根っこは治らなかったと見える。

 この針金細工は多分「爆弾」だろうが、分かってないようだ。

「ちなみに仲間が死んだときに使った魔法陣ていうのは?」

「ドールっていう異界生物を召喚服従させるための魔法陣だった」

「………ちょっとまて、ドールは邪神の一種のはずだぞ。あれを制御なんて無理だ」

「そうなのか?………なら失敗した方が良かったのかもな」


 話を戻す。遺言公開場所は彼らのサロン。崖の上の小さな屋敷だという。

 お兄さん(名前はテリーだ)も、昔このサロンに参加していたらしく、彼の部屋も最盛期のものとして残っているとか。

 仲間(名前はビリーだ)の部屋も残してあるそうだ。

 勿論今の部員の部屋もある。


「了解。よくある「屋敷モノ」に巻き込まれた気もするけど、明日22時にこの針金細工をほどいて持って行く、でいいんだね」

「ああ、23時に開封するから君達も立ち会ってくれ」

「了解です、先輩」

 彼は肩の荷を下ろしたという表情で帰って行った。


「ミランダ、どう?」

「どうって、皆こんなものも解けないワケ?アッサリ解けたんだけどー?」

「………お前の「元」の天使ににますます疑問を覚えるわ。なんで天使が盗賊シーフ技能が高いんだよ。まあ、超能力を使う天使もいたけどな!」

「知らないけど、一歩手前までは解けたよ。そこに「最後は遺言を待て」って書いてあって、指定の日時まではテコでも開かない感じ」


「明日の23時だな。持って行って、皆の前で解くしかないか」

 針金細工は万が一に備えて、開封するまで俺が持っておく。

 まぁ、異空間収納にある、危険物用の金庫の一つに入れるだけだが。

 邪神系のものを補完する保管庫も、異空間に作った方がいいかもしれないな。


 現在次の日の22時。酷い嵐だ。車で来て良かった。馬車では馬が進めない。

 キャデラッククーペデビル1949。改造して、ルーフは取り外し自由だ。

 ちなみに傘は役に立たない。急いで屋敷の中に入った。

 屋敷の中は、魔法が使えない。外の儀式場でのみ魔法陣が使える仕様だそうだ。


 レリーと、もう一人がタオルを持って来てくれた。

 もう一人はフィアという名前だそうだ。瘴気で判断すると、純賢魔だな。

 ローブを改造した感じのドレスを纏っている、金髪碧眼の美女である。

 現状レリーを除けば、このサロンの唯一のメンバー。高2らしい。


 悪魔司祭はノリスさんという男性だった。悪魔司祭は大概男性だが。

「いいんですか、こんなところに………忙しいはずでしょう?」

「忙しいが、法を守るのは大事な仕事でね。子供のだろうと仕方ないんだ」

 明らかに気乗りしてない様子のノリスさん。大丈夫か?


 そんなことをやっていると、23時になった。

 全員が応接室に集まる。

 要望に応じて、ミランダがスイスイと針金細工を解いていく。

 最後で少し思案したものの、簡単に解いていく。


 そこにはやつれ果てた1人の男が映っていた。

 レリーによると、この屋敷に残してあるビリーの兄、テリーの部屋だそうだ。

 オーブの中のテリーが喋り出した。皆身を乗り出す。


「やはり、欲につられてこのオーブを見たか。これは地獄行きの切符だ。私はいま「時を超えて」君達を見ている。………何やら関係のない者もいるな、ご愁傷さまと言っておくよ。私は贄となって異界の猟犬を呼び込んだのだ」


「君たちはここから出られない。死体となるまでね。もし遺産と身の安全が欲しければ贖罪の証として『守護と放逐の魔法陣』と、「ヒイラギの加護」を得る事だ」


 ここで、映像にノイズが入る。というより、画面を何かが横切ったのだ。

 時を超えた者に降りかかる災厄………これ、有名なティンダロスの猟犬なんじゃ?

 皆に聞いてみたが、青い顔で「同意見だ」とのこと。


「これより私は死ぬ………生き残り、遺産が欲しければ贖罪しろ!もう一度言う『守護と放逐の魔法陣』と、「ヒイラギの加護」を得る事だ!」

 彼は、青い膿の様なものに覆われた何か―――今、正気度にダメージを受けた気がする―――に引き裂かれて殺された。

 死体は消去の魔法陣で消えていく。


「冗談じゃないわ、私は出て行く」

 フィアさんが宣言してレリーが引き留める。彼女は嵐の外に出て行った。

 俺も追いかける。さっきのテリーの言い方だと、何か仕掛けがあるだろう。


 崖の下には、ずるっ、ずるっと巨大な何かが這っていた。

 崖から出させないように、である。

「まさか!ビリーと私たちの魔法陣「ドール召喚」は成功していたというの?」

「ドールは巨大なミミズみたいな邪神だ!召喚してもいう事は聞かないよ!」

「そんなこと知らなかった、強いと聞かされて………ビリーが持ち込んだのよ!」


(おいおいビリー、自業自得かよ。テリーは知らなかったのか?!)


「う~ん、自業自得だねぇ。でもドールが居るんじゃ脱出は不可能だね」

 いつの間にかミランダが俺に寄り添っている。

「ドールとティンダロスの猟犬に関係性ってあったかミランダ?」

「本で読んだ限りではないねー。今はとにかく様子見?」


 全員がロビーに集まる。いや、レリーがいないな。

 探して回ると、テリーの研究室に、レリーが倒れていた。

 おそらく『守護と放逐の魔法陣』を求めて入ったのだろう。

 こめかみに穴があり………おそらく脳みそを吸い取られたのだと思う。

 また気持ち悪い感覚があった。正気度ダメージだろう。

 次にこういう事がある前に、正気度チェッカーを作った方がいいな。


 彼をロビーに安置、一人にならないよう告げてからテリーの部屋を探索する。

 ロビーには、フィアとノリスが居るが、フィアはソワソワしている。

 ノリスさんは達観したように動かない。

 探索結果、ティンダロスの猟犬に関する文献(ギリシャ語版)が見つかった。

 だが召喚方法以外、何も目新しい情報はない。


 ミランダが「ビリーに執着していたから回答はビリーの部屋じゃ?」

 と言ったので、それもそうかと思い、テリーの部屋を出ようとしたら………。

 悪寒。『勘』従いしゃがむ。ティンダロスの猟犬が、俺を襲おうとしていた。

 襲撃に失敗した奴は、異空間に戻っていく。遊んでやがるのか?


 ミランダの推測を告げてビリーの部屋に全員で行く。

 フィアに『守護と放逐の魔法陣』「ヒイラギの加護」について心当たりを聞く。

「『守護と放逐の魔法陣』に関しては、彼のオリジナル魔法陣かも。ここに資料があるかもしれないわね」

「ヒイラギの加護」については心当たりはないそうだ。


 仕方なく、書棚をあさる。こういうのはミランダが得意なのだが………?

「「魔法陣の手記」を見つけましたー!褒めてっ!」

 思う存分撫でてやるとも。可愛いミランダ。

「下位の邪神を放逐、封じ込めする魔法陣が書いてあるな。だけど、ヒイラギの杖でないと発動しないとも書いてある」


 ちなみに調べている間、フィアさんが襲われた。

 幸いノリスさんが魔剣で撃退してくれた、悪魔司祭は普通かなり強いからな。

 軽傷だったが、ティンダロスの猟犬の体液で火傷ができてしまった。

 治癒の魔法陣で治していたが………。

 猟犬は邪魔を嫌うのか?俺は反応できなくて反省しきりである。


 ヒイラギの杖はないかと部屋を調べると、大量の杖があるラックが見つかった。

「彼は杖を集めるのが趣味でした………多分この中にヒイラギの杖があると思う」

 なるほど………でもヒイラギは杖にできるほど太くはならない。

 だから多分、他の杖に巻き付けてあったりするんだろうな


 分かるのはちがうと分かるのは避けて………ミランダと一緒に『教え・観測・説明書』を使う。『教え』とは、ヴァンパイア「カインの血族」の独自能力。

 氏族により色々な教えがあり、ミランダにはほとんどの『教え』を伝授していた。

 ちなみに今使った奴は初歩なのでミランダにも扱える


 見つけた!ヒイラギの杖が2つ!

「魔法陣の手記」によると、封じ込め役と、封じ込めを嫌って襲い掛かって来るクリーチャー(今回はティンダロスの猟犬)を結界で防ぐ役が必要だ。

 地面に直接書く必要があるから、嵐の吹き荒れる外でやらなきゃいけない。


「ミランダ、魔法陣の行使は得意か?」

「書くのは得意だけど、魔力込めるのにちょっと手間取るかな」

 危ないな………フィアさんに聞いてみる。

「得意に決まってる。封じ込めならいいよ。もう2度とあんなのに会いたくないし」

「なら、お願いするよ。俺は絶対にフィアさんに手出しをさせないから」


 外の儀式場に出る。俺が魔法陣を書くか書どうかのタイミングで「猟犬」が来た。

 やっぱりさっきまでのは遊びだったのか?!必死で魔法陣を書き上げる。

 賢魔は冷静な所が長所だ、フィアさんは淡々と封じ込めの魔法陣を書いていく。

 その間俺は、攻撃に耐え続けた。正気度がまたダメージを受けた気がする。


 フィアさんの魔法陣が完成!俺は結界を解除する。

 ティンダロスの猟犬は、魔法陣に吸い込まれて行った。

 最後に杖を、魔法陣の中央に刺さなければいけない。

 フィアさんに協力して、杖の半ばまで地に埋め込む。

 これで流石に出てこないだろう。


 屋敷に入ると、残っていたノリスさんが、水晶に遺産譲渡するとの文字が浮き上がって来たから、相続するようにフィアさんに言った。

「それは………そうね、新入生を獲得して頑張ってみるわ。歴史はあるんだから」

「うんうん、あたしのクラスで宣伝しといてあげる!」

 ミランダがニコニコしながら、宣伝を約束する。

 そうだな、フィアさんは賢魔としてはまっとうだし、いいんじゃないか。


 外は嘘のように晴れ渡り、ドールはどこかに消えていた。

 おれたちはさわやかな気分で外に出る。

 初めての邪神(クトゥルフ神話)としては、初歩的で良かったんじゃないかな。

 もっと知識をためる必要があるし、正気度チェッカーは必須だが。

 あとはレリーの死を職員室に報告に行かなくては。


 ま、それはさておき(悪魔なんてそんなもんだ)俺たちは部屋に帰ったのだった。

 ちゃっかりティンダロスの猟犬に関する文献(ギリシャ語)も持って来たしな。

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