第44話 甘い罠仕掛けましょう

(オルガ視点)


 アンゴと名乗った男は貴族街に入り、宿の中にある酒場に私を連れ込んだ。


「歩かせて悪かったな。あのあたりでは落ち着いて話もできない」

「いえ……こちらこそ助けてもらって感謝している……」


 トラブルに巻き込まれたとはいえ大した距離走っていないのになんだか妙に胸がざわめいている。

 獲物であるシンシア嬢の存在が近くに感じているからか?


「しかし……まるで人間凶器だな」


 アンゴは目を細め、私の身体を舐めるように見てそう呟いた。

 ヤツの視線に私は背筋が凍った。

 なぜなら暗器を忍ばせた箇所を的確になぞっているからだ。

 私の正体を既に看破しているということか……


「アンゴ……だったか、なぜ私にわざわざ会いに来た?」


 罠と分かって乗り込んできたのか、と問うたつもりだったがその意図は汲まれず、


「あ、さっそく本題に入っちゃうか。カタリストが欲しいんだ。あなたの融通できる在庫、全てを譲ってほしい」


 と言ってアンゴは持っていたカバンの中から白金貨を取り出す。

 先ほどまでの警戒する視線は一転、私の眼を見て話しかけてくる。

 その表情は甘く柔らかい。

 戦場にいる男たちとも悪どい商売をしている男たちともまったく異なる人種に見える。


 しかし、おそらくコイツが仮定ライダー。

 超高速で移動する車両に乗る謎の男。

 コイツが何者なのか、何を目的にしているのか、そしてシンシア嬢をどこに置いているのか突き止めてやる。


「カタリストを譲るのはやぶさかではない。だけど、誰にでも譲るわけにはいかない。あなたはこの骨董品で何を成す?」


 うっかり私に会う前にカタリストを買われてしまいわないよう、ある程度買い占めている。

 コイツの目当てがカタリストならばそれをダシに情報を引き摺り出す!

 シンシア嬢が近くにいるのなら、それを隠すコイツの言葉に対して私の運命は十全に働く!

 私の前で嘘や隠し事は不可能だ!


 息巻く私の感情が表に出てしまっていたからだろうか。

 アンゴはフワリと笑い、運ばれてきた酒のグラスに手を伸ばす。


「シラフでは話しにくい話でね。あなたもどうぞ」


 手元のグラスには薄茶色の飲み物が置かれている。

 甘い匂いがするが果実酒だろうか?


 マジマジとグラスを眺めていると、


「特製カルーアミルク。カルーアリキュールを牛乳とかで割ったお酒だ。オススメだよ」


 親切な解説…………敵意のカケラもない。

 毒殺を狙ったりしていれば私の運命は察知するからな。


「では……いただくことにしよう」


 私は勢いよくグラスをあおった。

 すると酒とは思えない甘くまろやかな味がスルリと口の中を抜けていく。

 これは……病みつきになるな。



(安吾視点)



 俺が泊まっている宿の一階にはバーがある。

 この世界では酒場という言い方をするんだろうが、ムーディな雰囲気漂う店はバーと呼びたくなる。

 客層もどこぞの貴族家の関係者ばかりで穏やかなものだ。


 俺はここをオルガマリーをハントする場に決めた。


 実はヘリオスブルグでマリーがカタリストを持っているとの情報を仕入れてすぐこの街に向かった。

 燃費を無視して爆走したから所要時間は三時間半だった。


 ヘリオスブルグでいきなりカタリストの情報が掴め始めたのはオルガマリーの罠だろうと踏んだ俺はヤツの予測を上回る速度でアマンダ入りして罠を仕掛け回ることにした。


 ヤツが指定した店で揉め事を起こしたのも俺が裏金と交渉で仕掛けた罠だ。

 こちらのペースで物事を運ぶには場所を味方につける必要がある。


 ちなみに罠と言っても、この罠はオルガマリーを排除するためのものじゃない。


 猟犬と呼ばれる戦闘のプロ相手に力で対抗しても勝ち目はない。

 勝てない相手を無力化するのはどうすればいいか————こっちに引き込んでしまえばいいんだよ。


 経歴を鑑みるに恋や愛を知る余裕は無かったろう。

 ただでさえ女性の人権ガン無視な世界だからな。

 恋愛経験皆無の25歳の女なら傾聴と甘い言葉を織り交ぜて接すればどうにかできる!!


 ————なんて甘い考えでハメようとしたらとんでもない美人来ちまったよ!?


 レモン色の艶やかな金髪は三つ編みにして輪っかを作り、頭の後ろで蝶々の羽のように留めている。

 キリリとした眉の下には意志の強そうなスカイブルーの瞳。

 氷を研いでできた彫像のような涼感すら覚える美しい鼻梁。


 ヤバイなあ……てっきり洋ゲーのヒロインみたいな日本人ウケしない無骨な女戦士が来ると思ってたのにボンドガールが来ちゃったカンジだ。


 こんなクソ美人を口説き落とす?

 無理無理無理無理無理!!


 俺、大学時代以来彼女ナシだぞ!

 その彼女だってなんかノリで付き合ってたというカンジだったし恋愛スキルが磨かれるような経験してねえよ!!


 とはいえ、こっちも姿晒しちまったし、逃げたら追われて詰む。

 もうやるしかない……全力でこの女を口説き落とす!!



「歩かせて悪かったな。あのあたりでは落ち着いて話もできない」

「いえ……こちらこそ助けてもらって感謝している……」


 バーのテーブル席はローテーブルとソファがあり、柱やカーテンで仕切られ他の客や店員からは見えにくい造りになっている。

 俺たちみたいに男女二人きりでしっぽりやってるお貴族様もいるんだろうが…………

 俺はオルガマリーの方を向く。



 ボディコンスーツの上にガウンを羽織っているだけ。

 鎖骨や太ももの小麦色の肌は露わになっているし、服からはみ出る大ぶりな二つの白桃を惜しげもなく晒している。


 あまり異性と接して性欲が先立つことなんてないけどコイツは別だ。


 とてもヤリたい。


 肉感的な肢体をベッドに抑えつけて全身を揉みしだきたい。

 虫が食べ物を溶かすように唾液を唇と舌でなすりつけて汚してやろうか。

 敏感な箇所を手を変えモノを変え弄り回し一晩中ヨガリ続けさせれば至福の気分だろう。

 胸の谷間に抉れた溝のような刀傷があるが、だからと言って性欲が損なわれることはない。

 むしろその傷を舌でなぞりたいとすら————いかんいかん。



 あまりの破壊力に理性が壊れてしまいそうになる。


「しかし……まるで人間凶器だな」


 俺が呟くとオルガマリーはわずかに身体を強ばらせた。

 ちょっと意外なリアクションだ。

 こんな激エロボディを持っているものだから美人局、ハニトラ要員として百戦錬磨なのかと思ってた。


「アンゴ……だったか、なぜ私にわざわざ会いに来た?」


 む……警戒されているな。

 一番俺にとってマズイのは力づくで俺を拷問してシンシアの居場所を吐かされることだ。

 反抗的な態度を示さず、会話を途切れさせないようにしないと。


「あ、さっそく本題に入っちゃうか。カタリストが欲しいんだ。あなたの融通できる在庫、全てを譲ってほしい」


 と言って白金貨を見せ、さわやかな笑みで悪い人間じゃないとアピールする!

 さっきいやらしい目で舐めるように見たことは忘れてほしいな!


 俺が笑顔を投げかけているとふいにオルガマリーの目がキュッと細められた。

 怖いけど、ドキドキしちゃうな、もう。


「カタリストを譲るのはやぶさかではない。だけど、誰にでも譲るわけにはいかない。あなたはこの骨董品で何を成す?」


 ちょっぴりハスキーだけど甘い声だ。

 喋り口調も男っぽいけど美人が男っぽい言葉使うのって逆に可愛いよなぁ。


 おっと、ようやく頼んでたものが来たか。


「シラフでは話しにくい話でね。あなたもどうぞ」


 マジマジとグラスを眺めるオルガマリーの耳元で囁く。


「カルーアミルク。カルーアリキュールを牛乳で割ったお酒だ。オススメだよ」


 あ……良い香りする。

 香水と汗の混じった匂いが漂う肌は実に性的だ。


「では……いただくことにしよう」


 オルガマリーは勢いよくグラスをあおった。


「……美味しい」


 オルガマリーは目を丸くして言葉を漏らした。


 かかった……!


 あらかじめ俺はバーの店長に元の世界から持ってきたリキュール類とレシピを渡してそれでカクテルを作るように指示をしておいた。

 この国にはカクテル文化がなかったらしく面食らっていたが実物を飲むとすぐに採用された。


 飲みやすいカルーアミルクは女子人気の強い酒だが悪酔いもしやすい。

 ワインやウイスキーなんかとチャンポンすればイチコロのレディキラードリンクだ。


 加えて俺の特製カルーアミルクはカルーアと牛乳以外にウオッカを大匙いっぱい混ぜている。

 アルコール濃度はワインとさほど変わらず、コップいっぱいの量をガブガブいけばどうなるかは明らか。


「おかわりがすぐ来るからどんどん飲んでくれ。俺も飲むよ。じゃないと恥ずかしくて語れないからなー」


 と、俺はウイスキーに見せかけた微糖アイスティを呷る。


 美味い。

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