第13話 お嬢様! 軽油をお飲みください!
「やっぱ……これくらいが落としどころか」
サラダ油にアルコールを足して混ぜた溶液をとりあえず1リットル作ってみた。
昔のレシプロエンジンならアルコールで動くとかなんとか聞いたことあるけれど、どうなんだろうなー、これ……
ダメ元でシンシアに石油やガソリンの精製方法を知らないか尋ねてみたが、この世界には未だ実用的な内燃機関はないらしく、車は馬や竜で引くものらしい。
残念ながら予想通り、この世界の科学技術は中世ヨーロッパ。
魔術とやらが発展し、またモンスターという化け物の死骸から各種素材を取っているらしく、ところどころオーバーテクノロジーの臭いも見え隠れするけれど、それでも俺の求める物が手に入るわけでもない。
燃料の調達手段が見つからない以上、エンジンは移動よりも電気のために動かすべきだろう。
俺の思いついた金策には電気が必要不可欠。
さらに言えば、エルドランダーで変圧、変換された電気が必要だからだ。
キャビンのテーブルで頭を悩ましている俺にシンシアがミ○をくれた。
「悩まれているようですわね」
「まあな……結局、燃料問題解決できなかったし。最悪、ここにエルドランダーを置き去りにしなきゃいけないかもしれない」
俺がそう言うと、シンシアは驚いたような顔で詰め寄ってきた。
「置き去り! このお車を! そんなご無体な!」
「俺だってしたくないよ。貯金はたいて買った愛車だし。コイツがいなけりゃゴブリンに嬲り殺しにされてたかもしれない。だけど動かせない以上、これを引きずって移動するのは無理なんだよ」
「どうすれば動くようになるのでございますの!? 私にできることならなんでもして差し上げますわ!」
また、簡単になんでもとか言う……
「燃料がないと無理だけど、この燃料は俺の世界……国じゃないと作れない品なんだよ。俺には科学漫画のヒーローみたいな科学クラフトはできないし。一応、分かる範囲で作ってはみたけれどまともに使えるか怪しいもんだ」
「…………その燃料があれば良いだけですの?」
キョトンとした顔で尋ねるシンシア。
俺はそうだよ、と返す。
すると彼女は満面の笑みで高笑いを上げた。
「オーッホッホッホッホッホ! なんだそんなことですの!? だったら私がこのエルドランダーさんに残っている燃料を飲めば解決する話ですわ!」
「アホか! 腹壊すわ! そんなことさせたくないから頭捻っているのに」
「大丈夫ですわよ。お伝えしたでしょう。子どもの頃からお父様にさまざまな薬品を飲まされていたって。当然、中には毒物とされるものもありましてよ。屍鬼の粉とか大口草の溶解液とか」
なにその忌まわしそうな物質。
「とにかく私にお任せくださいな! このシンシア! ローゼンハイムの娘としてアンゴさんのお荷物に成り下がるつもりはございませんことよ!」
ドヤァ……といった表情で胸を張るシンシア。
…………くっ……笑うな、まだ笑うな。
しかしまさか、ここまでうまく事が運ぶとは。
昨夜のこと————
シンシアが寝静まった後、エルドランダーの運転席で燃料メーターを見て頭を痛めた。
残り200キロ走れるかどうか……
結局、燃料問題解決できなかったからな。
どこかで腰を据えて化学研究ができればどうにかできるかもしれないけど………………
「……シンシアが軽油飲んでくれたら解決するんだけどな」
『マスター、さすがに引きます』
エルドランダーのツッコミは的確だった。
たしかについさっき「守りたい」と思ってた相手に軽油飲まそうとしてる俺の節操のなさはどうかと思う。自覚してる。
とはいえどうしようもないんだよなあ……
「軽油って軽い油って書くし、サラダ油とそんなに変わらないんじゃない?」
『だったらサラダ油で私を動かしてみてください』
「まあ、そっちの方が人道的だな」
シンシアは父親に実験として薬品を飲まされていたらしい。
おそらく物質変換の対象を増やすためだろうが、それに耐えているのなら軽油もなんとかなるかもしれない。
しかし、現代人である俺の倫理観では世間知らずな女の子に危険物を飲むことを強要するのは気が引け過ぎる。
元上司の課長とかならノズルを食道に突っ込んで呑ませるけど。
「でもさ、もしあの子が悪いヤツに捕まったらいろんなもの飲まされるんだろうな。本人の意思とは関係なく、拷問してでも」
『今まさに悪人に捕まって軽油を飲まされかけていますが』
うるせぇ、とモニターにデコピンしてシートにもたれる。
エルドランダーは俺を悪党だなんて買い被ってくれているが、実のところ平凡なサラリーマンだ。
法律は概ね破ってないし、女は殴ったことないし、給料以外で金を得たこともない。
そんな俺がモラル低めのファンタジー世界でシンシアを守る為にはエルドランダーの安定稼働は不可欠。
やっぱ…………彼女の方から飲むって言い出してくれたらなあ。
現在————
シンシアが飲むと言ってるなら……良いよね。
うん、それで彼女も相互扶助関係になれるのだから気楽になるだろう。
『罪悪感はやわらぎましたか?』
モニターに表示された俺をなじるエルドランダーからのメッセージに、
「まあな」
と、短く答えた。
燃料タンクから軽油を吸い出し、コップに入れた。
それにシンシアが鼻を近づける。
「なんだか変なにおいがしていますわね。ま、この程度では劇薬に遠く及びませんけど」
余裕綽々と言った顔でグラスを持ち上げると、勢いよく口に注ぎ込んだ————かに見えたが、
「………………」
五秒くらい経って、シンシアはグラスをテーブルに置いた。
見た感じ、ほとんど減っていないのだが、
「ま、ま、ま、マッズ! マッズいですわっ!! うげええええええ!!」
のたうち回るシンシア……
「あのー、めっちゃドヤ顔してたじゃない。劇薬でも飲み干せるって言ったじゃない」
「分かっていましてよ! 全然! 毒としては平気なんですけどマッズいのですわよ! こんなの私の中に入って良い味じゃありませんわ!」
「まあそうだろうけどさ。今までもっとやばいもの飲んできたんじゃないの?」
「最近、ミ○とかポカリとかコーラとか飲んで舌が贅沢になってしまいましたのよ! もう今までみたいに何でもかんでも口に入れることはできませんわ!」
なんと俺のおもてなしが仇になっちまった。
『体が大丈夫なら飲んでいただきたいんですが。このままだと私は置き去りです』
「バッ!?」
「ひっ!? い、今の誰!?」
エルドランダーが突然、スピーカーから声を出した。
シンシアは混乱している。
『はじめまして、シンシアお嬢様。驚かれると思いましたのでマスターが許可を出すまで沈黙を貫こうと思いましたが、私の進退に関わる問題ですので口出しさせていただきますよ』
「もしかして……エルドランダーさん!?」
『ご名答。【進化する移動要塞】の運命背負しキャンピングカー、エルドランダーです。さて、単刀直入にお伝えしますが、シンシアお嬢様。さっさと軽油飲んでください。そして量産してください』
交渉もへったくれもないなコイツは!!
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