第5話 腹ごしらえ
カセットガスコンロで鍋に火をかけた。
中に入っているのは米と炊くための水。
電気炊飯器を持ってきてはいるが電力は極力使いたくない。
この異世界の文明レベル次第だが、期待はしないでおこう。
どうせ中世ヨーロッパとかだろうし、給油できないのならエルドランダーの燃料は移動のために使いたいのだ。
とはいえ電子レンジや電気ケトル。
その他家電製品が一切使えないのは歯がゆいものだ。
「こんなもんかな?」
鍋の蓋をとってやると、ふっくらと炊けた白米がキラキラ艶やかに光り湯気を立ててこちらを向いている。
買い込んだキャンプ本のレシピが早速役に立ったぜ。
あとはご飯のお供の海苔の佃煮とインスタント味噌汁。
異世界暮らしの幕開けを飾るのは独身男の定番朝飯だ。
「いただきまーす♪」
炊き立てのご飯を頬張ると口の中に柔らかい甘みが広がる。
噛めば噛むほど甘くなる日本の米!
米が口内に残る内に味噌汁を啜る。
しょっぱめの味つけが疲れ気味の体と脳に沁みる。
パラパラと混じるナスの食感が口を楽しませる。
米を2、3口食べたところで海苔の佃煮をスプーンで掬い、白米の上に乗せる。
磯の香りと控えめながらしっかりとした味と旨みが食欲を掻き立て箸を進ませる。
ふぅ……キャンピングカーの中で食べているというだけでいつもの飯も格別な感じがする。
こんな状況だというのになんだかワクワクして気分がアガる。
「なー、エルドランダー。人語を解するびっくりメカになったらしいが、カーナビはどうなんだ? この世界の地図とか入ってるのか?」
『ありません。いちどとおったみちはきろくします』
そう都合良くはいかないか、と軽くがっかりする。
とはいえ、俺はラッキーだ。
もし、身一つでこの世界に放り出されていたらゴブリンに殺されるか餓死していただろうし。
人里を目指すにしてもモンゴル高原さながらの広大な平原を徒歩で進むなんてゾッとする。
この先、どうなるか分からんけどとりあえずはエルドランダーとの旅を楽しもう。
それに、良いじゃないか異世界旅行。
日本にいたって再就職までの数ヶ月の間、キャンプ場で車停めて寝起きするくらいしかやることがなかったんだ。
それと比べたら先の見えないスリルのある旅だって決して悪くない。
一度死んだ身だし、思いっきり今を謳歌しよう!
ウキウキした気分でキャビンから運転席に戻る。だが俺を待っていたのは、
『ひとくいカエルがあらわれた!
ひとくいカエルはこちらをみてわらっている』
「ゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコゲコ!!!」
「いやぁああああああああ!!! カエル嫌アアアアアア!!!」
フロントガラスを覆い尽くすように体長50センチくらいの巨大なカエルが何匹も張り付いている。
さらにサイドミラーには後方から跳んでくるカエルの群れが映っている。
外は大雨が降っており、それに誘われるようにヤツらは現れたのだろうがそんな話はどうでもいい。
俺はカエルが大の苦手だ。
子供の頃、夜に自動販売機にジュースを買いに行ったら光に吸い寄せられるようにカエルが何十匹も集っているのを見て以来、アマガエルさえ目に入れたくない。
「うああああああーーーーーっ!! やっぱ異世界なんて大嫌いだアアアアアア!!」
絶叫しながら車のエンジンをかける。
燃費もタイヤの減りも何も考えず、車体を振り回してカエルどもを振り払い、手当たり次第に轢き殺した。
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