第2話 キャンピングカーを買った、第二の人生が始まると思いきや
エルドランダー————と名付けられた白いキャブコンタイプのキャンピングカー。
排気量2800cc、最大積載量2トン、十人乗り。
新車だと納期が一年とか言われてしまったから中古ショップで購入することを決断。
それでも貯金の三分の一が吹っ飛んだが逆に清々しい思いだった。
車の中で取扱説明書を読み耽り、機能をチェックし、カップラーメンを食いながらキャンピングカーオーナーの先達達の動画を見る。
たったそれだけで、擦り切れきっていると思っていた自分の心がまだまだみずみずしく動いていることに安堵にも似た感動を覚えた。
マットレスとブランケットを持ち込んだ寝台で横になっていると更なる欲求が湧き上がってきた。
コイツと行けるところまで行ってみたい。
再就職したら時間は取れなくなる。金も暇もある今のうちにコイツを堪能し尽くしたい。
「日本一周しかないな! こいつは!」
宣誓をするようにわざとらしく張り上げた声が車内に反響した。
翌朝、エルドランダーを走らせてホームセンター、電気屋、スーパー、衣料品店、自動車用品店などを一気に巡った。
値札を見ずに買いまくりクレジットカードが三枚限度額を超えたのでATMをハシゴして現金を下ろして買い物を続けた。
買ってきたものを車内で開けて次々と配置していく。
夕方前には殺風景だった車内が自室以上に快適な空間に生まれ変わった。
食糧もたくさん買い込んだし、燃料も満タン。
とりあえずは北の大地を目指そうかとカーナビをセットして愛車を走らせる。
夏至の近い梅雨の晴れた日は夕方5時でも空が明るい。
国道に乗って市街地を抜けると郊外の新興住宅街に出た。
学校帰りの少年少女の登下校路なのだろうか子どもたちの人通りが多い。
中には物珍しそうに俺のエルドランダーを見つめる目もあったが悪い気はしなかった。
動く秘密基地のようなキャンピングカーは大人ですら少年の心を目覚めさせる。いわんや小学生をや、だ。
そういえば、俺も子供の頃————
と、昔の自分をすれ違う少年たちに重ねようとしていたその時だった。
視界に赤信号が見えていないのか猛スピードで交差点に侵入しようとする大型トラックが入ってきた。
その先には横断歩道を渡っている子どもたち。
すべてがスローモーションのように見えた。
子どもたちはトラックに気づいていない。トラックの運転手もスピードを緩めない。
一秒後に起こるのは、全国のトップニュースを飾るだろう大惨事……
多分、そこにヒロイックな正義感なんてなかったと思う。
ただ、こうするしかない、と決断がさきにあった。
交差点に突っ込む。
エルドランダーの車体は子どもたちとトラックの間に挟まり巨大な壁となる。
次の瞬間、フワッと車体と身体が浮いて世界が真っ白く光った。
ああ、思い出した。
小学生の頃、同じクラスにサイトウくんという子がいた。
クラスでも有数のお金持ちである彼の家は三階建てで広い庭にはサッカーゴールが置かれている。
ガレージには車が4台も入っていて、そのうちの一台がキャンピングカーだった。
夏休みのある日、誘われて彼の家族とキャンプに行った。
秘密基地みたいなキャンピングカーで過ごした2泊3日の旅は貧乏ぐらしだった俺には刺激が強く、家に帰ってからもずっとノートにキャンピングカーの絵を書いていた。
俺は自分の家が貧乏だと分かっていたし、母さんがその事を負い目に感じているのも知っていた。
アウトドア雑誌に掲載されていた立派なキャンピングカーの価格が母さんの収入で賄えるものでないことも分かっていた。
だから裕福さへの憧れやその象徴みたいなキャンピングカーの絵は見せられなかったんだ。
多分、その頃からだろう。
金持ちになりたいって意識し始めたのは。
ああ、そうか。
俺はちゃんと夢があって、それを叶えたんだ。
だけど、ちょっと遅過ぎたかな————
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