快適無双エルドランダー〜俺のキャンピングカーは世界最強の移動要塞で家族です〜

五月雨きょうすけ

プロローグ 俺のキャンピングカーはミサイル撃てる

 子供の頃、秘密基地に憧れていた。

 自分の好きなものを持ち寄って仲間たちで集う特別な場所。


『キャンピングカーは大人の秘密基地』なんて広告はオッサンのノスタルジーをくすぐる名文句だと思う。


 だけど、この世界で俺のキャンピングカーはこう呼ばれている。


『移動要塞エルドランダー』と。




 東京ドーム四分の一個分くらいの大きさの亀が地面を跳ぶように駆けている。

 映画館のスクリーンの中のことじゃない。

 俺の目の前で起こっていることだ。


 アダマンアーケロンは災厄種というカテゴリに入る無茶苦茶に凶悪なモンスター……というか怪獣だな。

 その巨体に見合うパワーとタフさは災厄そのもの。

 アレが通った後は城塞都市ですら跡形もなく踏み潰される。

 そしてヤツは今、10キロ先にある十万人都市目掛けて真っ直ぐ進んでいるのだ。


 それを止めようと、勇者と称される青年が今戦っているのだが、


「ダメだ!! 硬すぎる!!」


 甲羅の上を駆けていた青年、ランスロットが諦めたように剣を鞘に収めて飛び降り、アダマンアーケロンと並走する俺の愛車の屋根に着地した。

 特撮ヒーローみたいな動きを軽々とやってのけることに最初は驚いたが、そうでもなければ怪獣相手に戦うなどできるわけもない。

 そんな彼でも今回の相手は厄介らしく、眩いばかりの金色の髪をかきあげながら俺にボヤく。


「頭を攻撃しようとすれば甲羅の中に引っ込めやがるしその甲羅は名前通りアダマンタイト製だ! オレ一人じゃどうしようもない! クソっ!」


 苛立ち混じりに俺の車の屋根を叩くランスロット。

 すると助手席に座っていた紫髪の淑女は窓から身を乗り出して怒鳴りつける。


「およしなさいな! 八つ当たりはみっともないことですわよ!」


 毅然とした態度で武装した青年を叱りつける彼女はシンシア。

 言葉遣いと仕立ての良いドレスを纏っていることから推察できるとおり、お嬢様だ。


 思ったことを言い合える関係はいいが、今はそれどころではない。

 俺はランスロットに指示する。


「ランス。一旦、エルドランダーの中に入れ。かっ飛ばすからな」

「おいおい、何するつもりだ!? いくらエルドランダーでも真正面からあんなデカブツ相手にできないだろ!」

「こないだまではな。お前と合流する直前にレベルアップしてんだよ。その時、搭載した新兵器を試してやる」


 俺の言葉にランスロットは明らかに動揺した。


「ま、まだ強化されるのかよぉーーっ!! オッサン、いい加減国に届けろよな!!」

「オッサンじゃない。俺はまだ27だ。国には届けない。愛車と引き離されるくらいなら国王轢き殺して逃げる」

「ハイ! 不敬罪! 見逃して欲しけりゃこの窮地をなんとかしろよ!」


 そう言って、ランスロットはサンルーフから車内に飛び込んできた。


 さて、と。


 俺はカーステレオでシンフォニックメタルを流す。

 ストリングスとエレキギターが奏でる壮大なメロディラインと荒々しいベース、ドラム音の濁流に酔いしれながらハンドルを握りなおす。

 俺なりのルーティンだ。


「行くぞ、エルドランダー。火器制御は任せる」

『イエス・マイマスター』


 耳心地の良い女性の声がカースピーカーから発せられ車内に響いた。

 同時に俺はアクセルを踏み込む。


 エルドランダー。

 ニッケイ自動車が発売した大型ワゴン『エルド』をベースにした人気キャンピングカー。

 お値段690万円(中古)。

 2800CC、134馬力、ディーゼルエンジン。

 キャブコンタイプの広い車内は乗車定員10人を誇る。


 エルドランダーの転生前のカタログスペックはこんなところだ。

 そして、この世界で進化したエルドランダーはというと————


「は、速すぎですわ〜〜!! アンゴさん、今何キロ!?」

「250キロ超えたな。ガンガン行くぞ」


 ボンネット開閉ボタンの側にあるターボ点火ボタンをポチッと押す。

 すると、エンジンがけたたましい音を立ててさらに車体を加速させる。


 300……350……400……440……470……495————500キロを超えた。


 積載を合わせれば5トンを超えるだろう巨大な鉄の塊がF1カーも真っ青のスピードで整備されていない荒野を駆けている光景は現代人の目から見たら異様だろうし、この世界の住民からしても人理の外の話だろう。


 体長50メートルを超す巨体で駆けるアダマンアーケロンを追い越していく。

 それだけでエルドランダーのモンスターマシンぶりが分かるだろうが、こんなもんじゃない。

 大きくハンドルを切り、スピンスレスレで車体を方向転換させアダマンアーケロンに向かい合う。


 ランスロットが後部席から運転席に移動してきた。


「おいおい、マジで正面からやり合うのか!?」

「どの道引けねえよ。ここを突破されれば数分で街に到達する」


 既にドアミラーには街が映っていた。


「それに、エルドランダーは伊達じゃない!」

『イグザクトリー! Bクラス兵器の発射許可を確認。【サイドワインダー】発射用意』


 その音声と同時にエルドランダーの屋根にミサイルの発射台が魔術で構築された。


『セーフティ解除、照準ロック、サイドワインダー1————発射』


「なっ!?」


 超高速で発射されたミサイルを見てランスロットが声を上げる。

 ガラガラヘビのように地面スレスレを蛇行しアーケロンの頭部に着弾。爆発を起こす。


「グェケェメェメェケェケェ!!」


 苦しげに鳴きアーケロンが頭を甲羅の中に引っ込める。


『続いて、サイドワインダー2…発射』


 二発目のミサイルが放たれた。

 甲羅の中に隠れたところで蓋をしたわけでもない。

 ミサイルの追撃に怯んだアーケロンは遂に足を止めた。


『続いてサイドワインダー3……発射』

「いったい何発射てるんだよ!?」

「仮想武器召喚は燃料食うからな。他の戦闘機能をダウンさせるわけにはいかないし8発ぐらいに抑えときたいかな」


 問いに応えるとランスロットは呆れたように笑う。


「オッサン、マジで俺とパーティ組もうぜ。アンタがいれば魔神討伐が3年早まる」

「だからオッサン言うなし。自分の寿命を縮めてまで正義とやらに殉じる気はないよ」


 7発目のミサイルが甲羅の中に撃ち込まれる。

 さすがの頑強さの甲羅も内部からミサイルの爆発を何度もくらっては保たない。

 首の上あたりの甲羅が砕け散り、アダマンアーケロンの頭部が剥き出しになった。


「ハハハッ! ようやく外に出る気になったか! 引きこもりヤロウが!」


 ランスロットは意気揚々と車外に飛び出し、強力な魔剣を携えて敵に向かっていく。

 それを見てシンシアが焦る。


「アンゴさん! まずいですわよ! このままではトドメを奪われてしまいませんこと!?」

「そんなヘマしねえよ! オラーーー! ランスゥ!! ラストアタックは俺たちに寄越せ!!」





 三十分後、頭部を切断されたアーケロンの死骸を愛車の運転席から眺めている。

 仕留めるのに手間はかかったが無事トドメを刺すことに成功した。


「よーし、経験値ゲット!

 うははは。デカブツだけあってすごい経験値だ!

 レベルがうなぎのぼりだぜ!」


 エルドランダーのカーモニターに出てきたステータスを見ておもわずニッコリしてしまう。

 これでさらにエルドランダーが強く、俺の暮らしが快適なものになっていく。


「じゃあ、アダマンアーケロンの討伐は俺の手柄にさせてもらうからね?」


 と、ランスロットは少しかわい子ぶった態度で尋ねてくる。


「ああ、いつも悪いな。助かる」

「普通逆じゃありませんこと? 手柄渡す方が感謝するなんて」


 と、シンシアは苦笑しているが俺は手柄に興味はない。

 むしろ極力受け取りたくない。

 目立ちたくないからだ。

 チヤホヤされたい気持ちがないわけじゃないが、こんなモンスター蔓延る混沌の世界で名を売ったりしたら身に余る責任を負わされる。

 このランスロットみたいに。


「シンシア。何作ってんの?」

「チャーハンでございましてよ。あと、アンゴさんが仰ってたギョウザというパイもありましてよ」

「ここのメシって珍しいけれど美味いよなあ。王宮料理人にも負けない味だぜ」

「まぁ、お上手なこと。戦でお疲れでしょうから好きなだけおかわりしてもよろしくてよ」


 キャビンの中にある手狭なキッチン。

 ドレス姿で中華鍋を振るシンシアとちょっかいをかけるランスロット。

 まあ、車内も賑やかになったものだ。

 この世界にやってきた当初はひとりぼっちでどうしていいかも分からないままヤケクソでゴブリン轢き殺してたっけ。


 と、仲間のありがたみを噛み締めながら、俺は少し昔のことを思い出していた。

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