第4話 自転車選び
終礼が終わり、生徒たちは教室から出ていき始めた。
拓馬は自然とあまねの方を見てしまった。いつの間にかあまねを目で追っている自分を拓馬は自覚出来ていなかった。
あまねはまたキョロキョロとクラスメイトたちを見ていた。拓馬にはそれが、あまねが誰に話しかけようかなと思っているように見えた。
ふと形の良いアーモンド型のあまねの目と、拓馬の涼やかな目が合った。
あまねはその形の良いアーモンド型の目を孤に細め、「今日自転車買いに行くから!」と大きな声で言った。
クラスメイトたちがそれを聞いてバカにしたような笑い声をあげた。
一部の男子が「ええなぁ~、蒼井、自転車売れて儲かんな~、ええなぁ~」とはやし立てた。女子はクスクスとあまねの大声を笑っていた。
拓馬は「じゃあ待ってるわ」とあまねに言った。
拓馬は教室を抜け、廊下でじゃれ合う友達の男子に「じゃあな」と言って帰った。
拓馬は自宅に着くと、父ちゃんが店の売り場でイスに座り、首にタオルを巻き、ラジオを聴いていた。ラジオは昭和のムード歌謡を流していた。父ちゃんはややお疲れ気味だった。暑いからだろう。
「父ちゃん、ただいま」
「おかえり、拓馬。暑かったやろう」
「うん、暑かった。あのさ、父ちゃん。今日、クラスの友達、チャリ買いに来るから」
「ああ、そうけ、」
父ちゃんは関心なさげにそう言うと、またラジオに耳を傾けた。
なぜか拓馬はドキドキとしていた。あまねが来るからだろうか。でもそれは違うような気もするし、違わないような気もする。でもあまねが「今日自転車買いに行くから!」と言った大きな声が耳に残り、それが拓馬をなんとも言えない、言葉で言い表せない感情にさせているのは確かだった。
はじめてあまねを見たときのは拓馬が自転車に乗って信号で待っているときだった。あまねは黒いベンツに乗っていた。あまねはお手伝いさんかどうかしらないが送迎してもらっていたのだ。その時、あまねは拓馬を見て何かつぶやいていた。あれは絶対に「バカ」と言っていた。
次にあまねに会ったのは、教室の前の廊下だった。あまねはうふっと首を傾げ、天使の輪のついた首までのボブヘアを揺らし、拓馬へ微笑みかけてきた。
拓馬はそんなことを考えながら店の売り場で、制服も着替えずにあまねが来るのを待っていた。
十五分ほど経っただろうか。
店の売り場の前に黒いベンツが止まった。運転席から白髪の爺さんが出てきた。その爺さんは後部座席を洗練された動作で開けた。
あまねが手をヒラヒラと振りながら出てきた。
「やあ、少年!また会ったねっ!」
相変わらずのテンションの高さだ。
爺さんが父ちゃんに頭を下げた。
「お嬢様が自転車がほしいと言いますのでお伺いさせて頂きました」
「この人あたしの家のお手伝いさんなの」
父ちゃんはイスから立ち上がり、口を開け「ヘェ~」と驚いていた。「これはどうも、よくお越し下さいました」父ちゃんは朗らかに笑った。
拓馬はそんな父ちゃんを横目にあまねに向き合った。その時また柑橘系のシャンプーの香りがした。夏で汗をかいているはずなのに、なんでこんないい香りがするのだろうかと思った。
「ええっ!」
あまねがなぜか驚いていた。
拓馬は「どうしたん?」と言った。
「ちょっと待った!ちょっと待った!自転車ってこれだけっ?」
予期せぬあまねの発言にに拓馬は言葉を失った。
父ちゃんの方を見ると苦笑いって感じだった。
爺さんの方を見ると口をあんぐりと開けていた。
「これは失礼しました。誠に申し訳ございませんでした」爺さんはそう言うと頭を下げた。
「いえいえ、全然かまいませんよ」
父ちゃんはそう言うとあまねに向かってどんな自転車がいいのかと聞いた。
「う〜んとねぇ、それと言ってこだわりはないんだけど、白とかグレーとか黒とかじゃなくて、なんか赤とか黄とかオレンジとかが良くて、ママチャリとか電動自転車とかじゃなくて、ロードバイクとかクロスバイクとかが良いなぁ」
めちゃくちゃこだわりあるやん。拓馬はそう思ったが、口には出さないことにした。
あまねはあまり迷わずこれっと、指を指しオレンジ色のクロスバイクを選んだ。
「いいの選んだなぁ。クロスバイクはうちはこれだけしか置いてないねん。いっぱい乗って楽しんでなぁ」
父ちゃんはそう言うと、楽しそうに微笑んだ。
あまねもニコニコと楽しそうだった。
拓馬はそんな父ちゃんとあまねを見て、なんだかうれしくなった。
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