第44話 アトランザ旅行⑥

「いやー、やっぱり磯貝君に頼んで正解だったよ。さぁ、お祝いのエールだ。かな、たくさんご用意して」


各地方の酒場に持って行って、味を気に入ってもらったら発注してもらう。その通用口を俺の転移枠を利用して配送する仕組みにしたら他のエール職人の仕事を奪う勢いでシェアを増やした。


こいつのエールは劣化が早いのでそもそも航海に向かない。

直射日光に長期間晒すことにも向かない。

ではどうして海を挟んだ先にあるウチらの拠点に届けられるのかといえば、専用貯蔵庫:10日限定(魔石やたらと消費する)を船に積み込んでいるからだ。


ちなみに下野が直接出向いて船を魔改造したらしい。

冷暖房完備、レーダー完備。でも魔石をやたら消費するので積荷代金が割増とかなんとか。


「お前も商売が下手くそだよな。このジョッキとかも中のエールをキンキンに冷やす魔道具とか作ればいいのに。俺なら金出すぞ?」

「磯貝君が出しても他に誰がそこに興味を示すのさ。キンキンに冷やしたものを飲みたい層って味を知ってる人だけだよ? 帝国は上がアレだから僕達平民は贅沢できないし、作っても取り上げられちゃうよ」

「じゃあ貴族向けに売り出すとかさ?」

「貴族は平民の開発は全部自分のものにしたがるんだよね。そのくせ開発はこっち任せ。誰がそんな仕事喜んでやると思うの?」

「飛ばしちまえよ、そんなクソ貴族!」

「そうもいかないのよ、そういう相手に限って権力持ってるし。帝国領そのものは住みやすいのよ。貴族連中に目を瞑れば」


そう言いながらからのジョッキに『複製』でおかわりを注いでくれる姫路さん。

心底頭痛の種なのだろう、その件が解決しない限りは自由な開発もできないようだ。

下野の発明がやたら尖ってるのはそれが原因なのか。


先に潰すべき相手がいるのに、それを潰すのが現状叶わないときた。

いっそ飛ばすか? そう聞けば、それはそれで困るらしい。

上が狂犬のように周囲を睨みを聴かせてるからこそある平和だそうだ。それがなくなれば山賊や海賊に攻め込まれるんだって。

なんて野蛮な世界だろうか。

やっぱり異世界ってクソだな!


「じゃあ個人的に作ってくれよ」

「磯貝君の頼みとあらば!」

「あら、この人が珍しく本気ね?」

「そうなの?」


クラスメイトだから、と言うわけでもないようだ。

売り上げに貢献したから、と言うのも違う。

では成功した元陰キャ仲間だからだろうか?

その線だろうな。今や性癖を語り合える唯一無二の親友ポジだ。


「「「親方の本気が久しぶりに見られると聞いて」」」


弟子達がこぞって見学に来た。おい、店番はいいのか?

え、どうせエール以外の売り上げはそこそこだって? 悲しいこと言うなよ。


そういえば下野の仕事って初めて見るな。

地球にいた時は熟練度不足でお目にかかることはなかったんだ。

いつの間にかこっちで名前が売れててびっくりしてたんだよね。


「まずはコップ。サイズはどれくらいがいいとかある?」

「ジョッキくらいがいいな。コップだと物足んないし」

「そこまで気に入ってくれたんなら嬉しいなぁ。これくらい?」

「もう一声!」

「じゃあこれくらい?」

「もうちょっと小さくてもいいな」


下野の掌にスチール製のジョッキが生み出される。

合成ってこんなこともできるんだ?

初めて見る技術に、一緒にワクワクする。


「じゃあサイズはこれで決定するよ? 冷却機能はすでにあるけど、魔石取り付けタイプで大丈夫?」

「うちは美玲が居るから魔石型の方が嬉しい」

「笹島さん、うちにアルバイトしに来ない? 魔石の補填ってギルドに出すとぼったくられるんだ。笹島さんが来てくれると僕達大助かり! どう?」

「えー、どうしよっかなー?」


チラチラとこっちを見てくる。これは結構行きたがってる時のサインだな。普段の俺はダラダラしてるし、息抜きくらいしたいんだろうな。年齢的にはまだ学生だ。クラスメイトとの会話だってしたいだろう。


「たまーにならいいぞ? 発散してこい。女子にしか相談できないこともあるだろうし」

「やった! 姫りん、よろしくね!」

「その変なあだ名をやめてくれたら特別に雇ってあげてもいいわよ」

「えー、可愛いのに〜!」


どうやら未だ美玲のあだ名付けは不評のようだ。

それが原因で現に俺たちはバカップル扱いされてるからな。

そんな馬鹿騒ぎを経て、俺専用の冷却ジョッキが作成された。


「ついでに洗浄ケースもつけておくよ。スイッチひとつで中に入れたものをピカピカにしてくれるの。これは憶測だけど、磯貝君って洗い物しないでしょ?」

「心外だな、俺だって洗い物くらいはするぞ?」

「あ、するタイプだった? じゃあこれはつけないでおくね?」


俺のちっぽけなプライドを刺激したので対抗意識を出したが、そんな便利なものを引き下げるなんて勿体無い。


「意地悪しなくたっていいじゃないか。そんな便利な物、見せるだけ見せて引っ込めるなんて」

「じゃあつける? つけたらダメ人間認定するから」

「ぐっ……そうだよ! 認めるよ、どうせ俺はダメ人間だよ! 食器洗いとかしたことねーよ!」

「そうなの、笹島さん?」

「あたし達宿にお世話になってるから。お洗濯は彼の実家のを借りてるし」

「あなたも同類じゃない……」


俺たち夫婦は揃ってダメ人間認定を受けた。

いや、だって洗う皿とか日常で出ないし、宿取ってるとそれは宿の仕事じゃん?

俺たち間違ってるのか?

美玲と顔を見合わせ、そして一緒に頭を捻る。


その姿がそっくりだったものだから、なんか知らんけどあったかい目で見られた。解せぬ。


とは言え、久しぶりのクラスメイトとの語らいに緊張が解されたのもまた事実。

たまにはこうやって交流を結ぶのもいいもんだな。

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