第12話 勇者傀儡② sideエミリー

「は、勇者を逃がした? どういう事。見張りをつけていたんじゃないの?」

「至急追っ手を差し向けていますが、未だ手がかりは掴めず。どうもあの者が転移スキルで掻っ攫ったという目測が立てられています。どう致しましょう?」

「あの男! 自分から動かずともこっちに干渉できるというの!? 本当にタチの悪い男ね! こっちにきたと同時に殺してやればよかったわ」


エミリーは地団駄を踏む。

その足元には床ではなく幾つもの傷跡が見られる若き騎士の姿があった。痛みに耐えつつも、必死に声を抑えている。


「マクベス、もっと苦しそうな姿を見せてやらなければダメじゃないか。ねぇ、エミリー様?」

「そうよ、グズ! あんたはあの世界でわたくし達を一瞬でも見下した。その罰は未来永劫消えることはないと知りなさい!」


エミリーにとっての屈辱。

それは地球で平民と変わらぬ少年少女から憐れみの言葉をかけられたことだった。

マクベスは筋力強化魔法を失ったとはいえ、現代日本ではそれなりに活躍できていた。

見目もよく、性格も良ければ異性からモテるのも仕方ない。

そこまではいいのだが、あろう事か生涯を誓った主人に憐憫にも似た視線を向けてしまった事である。


この社会でなら、魔法のないこの世界でなら自分は輝けるのではないか?

一瞬でもそう思ってしまったのが主人や、その従者にバレてしまった。否、これは嫉妬だった。


本来ならエミリー達は何もせずとも持て囃されるべき存在であるべきだ。そう育てられてきたし、皆もそれに従った。

だがイレギュラーが起こってそれが逆転した。


ただの思い違いであるが、一瞬でも従者が主人に対して不義理を働いた後始末を、この心の狭い少女は事あるごとに当たり散らす。

ただの暴力から魔力を込めた蹂躙へ。

痛みと体を蝕む毒の両方を食いしばりながらも耐えるマクベス。


貴族として生まれた以上、貴族として死ぬほかないのだ。

しかし今の状況は貴族の生き様か?


思い出すのは地球での出来事。

同じくらいの年代の少女と共に他愛のない会話をして時間を潰す。

たったそれだけのことが、今を乗り越える生き甲斐になっている。

これでは騎士失格だ。

そう思うのに、その輝かしい時間に手を伸ばす自分がいる。

なんとも浅ましく愚かしいことだろうか。


マクベスは意識を失いながらも主人を裏切ることはなかった。

だが主人であるエミリーは違う。

幾ら痛めつけてもそれ以上の回復力で持って傷を感知させるその能力を恐れ慄いていた。


一体いつ!? いつからどんな特殊能力を得たのか?

思い当たることがあることといえば強制的にあの場所に転移した時くらいか。

あの忌々しい男のいる場所への転移。

何度思い返しても反吐が出る。

その度に失神中でもあろうと構わずエミリーのヒールの爪先がマクベスの腹に突き刺さった。


この躾を誰も咎める者はいない。

これは王宮では日常的に見られる光景だった。


「しかしもう一方で、部外者達が覚醒したとの情報が入っております」

「あら? 光る石板を持ったあの猿達もスキルに目覚めたの? 転移の恩恵をあの男に取られたのは癪ね」

「幾らか賃金を渡せば交渉することができました。どうやら多くのものは食いつめているらしく、交渉次第で我らの傘下に入ってくれるとのことです」

「そんな猿達にお金なんてもったいないわ」

「もちろん、交渉に応じた者にのみ配ると言って隷属させます」

「さすがよオスカー。わたくし頭のいい男って好き」

「お褒めに預かり光栄にございます。つきましては一つご褒美をおねだりしたいと思います」

「あら、何かしら? あまり無茶な要求は嫌よ?」

「もちろんでございます。全てはエミリー様のお役に立つためのものにございますれば」


オスカーは大仰にお辞儀をし、エミリーにそっと耳打ちする。

それを聞いたエミリーは笑みを強め、その要求を飲んだ。

もし次にあの『転移』スキル持ちが来た時のカウンター対策の指揮権をオスカーに譲るというものだった。


エミリーの覇道の前に、磯貝章は邪魔だったのだ。

それを見つけ次第殺害する王命を授けたエミリー。

転移さえさせなければ所詮平民。どうとでもなると高を括る。


が、この時のエミリーは最初に放った野鼠(木村)を放置した事をとても後悔することになる。


既に悪事をネット上に公開されたエミリー。

その悪虐非道ぶりは瞬く間にネット自治厨に火をつけ、炎上記事として取り扱われてる事を当事者は知らずにいた。

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