第11話 学年一位の少女

「やっと終わった……」


 涼には、猛暑の中を長い間歩き続けたかのような疲労感があった。

 それもそのはず。初診ということで診察券を作る際に16歳ということを記入したのだが、16歳には見えないということで一悶着があった。

 そして、もともとこの眼科は混むということもあり一時間以上待たされる。そしてようやく診察となるも、視力はだだ下がりしており飛蚊症やら光視症といった症状も判明したのだ。

 近頃一日中部屋に閉じこもっていた涼からすれば、かなり精神的にくるものだったのだ。

 涼はスマホを取り出すと現在時刻を確認する。


「もうお昼じゃんか。碧人、帰ろー? ってあれ?」


 涼たちが住むのは、政令指定都市だ。しかし、高層ビルが立ち並ぶような大都会──などではない。三大都市圏から外れた地方にある、平成の大合併で無理して70万人を達成したというような都市である。中心部は地方にある中核市というレベルであり、一度中心部を離れればそこに存在するのは地平線の彼方まで続く田畑と山である。

 とどのつまり、この市は土地がダダ余りしておりショッピングセンターを造るには最適ということである。

 今現在、涼たちがいるのは郊外にある巨大なショッピングセンターだ。こんな人の多い場所、涼としては行きたくなかったが碧人がついでに本屋寄りたいと言ってしまったがためにテナントに眼科があるショッピングセンターに急遽変更になったのだ。

 涼としても、わからないとはいえこんな姿を同級生たちに見せたくないということもある。


「ああ、そうか。碧人本屋行ってるんだった」


 涼は道の隅を歩きながら本屋を目指すことにした。


「にしても……目立つな」


 涼の髪色は金髪である。目立たない訳がない。

 涼は以前、人目を引かないようにと黒に染めてみようとしたことがあった。しかし、転移の際に過敏症になったらしくパッチテストを行ったのだが水ぶくれができてしまったのだ。

 屋内とはいえ、こんな真夏にフードを被るわけにも行かずに諦めることにした。


「えーっと、ここか」


 市内でも有数の数百坪はあるという書店である。

 涼は、碧人が学習参考書コーナーにいると睨み訪れるも碧人の姿はない。

 SNSを確認するが、碧人からの連絡はない。

 トイレでも行ったのだろうと思い、涼は学習参考書コーナーをぶらつくことにした。そこで、目に入ったのは英語の検定の参考書であった。

 涼は中学時代には高校卒業相当の英語の検定を取得していたのだ。だからこそ、軽い気持ちで上位の検定の参考書を手にとって見る。


「……全然読めない。異世界行ってる間全然英語に触れてなかったもんな」


 見覚えのある単語はたくさんあるのだが、意味が全く思い出せないのである。英語に久しぶりに触れた喜びと、自分の英語力が下がっていることに複雑な感情を抱く。そんな中、碧人と誰か女性が歓談する声が聞こえた。


「数学Bってベクトルと数列、確率分布と統計的な推測の中から基本的にベクトルと数列しか教えられないことが多いんだけど、個人的には確率分布と統計的な推測が一番簡単なんだよ」


「へー。でも、数学Bの参考書って、そこ省かれてること多いよね。基礎問題○講とかね。あっ涼、眼科終わったんだ」


 隣の書架から現れた碧人は、涼を見るなり駆け寄ってくる。しかし、碧人と一緒にいた少女は何をするわけでもなくじっと涼の方を見つめていた。


「碧人くん? 彼女は? 妹さん?」


 少女は、歳の離れたように見える少女と碧人が仲良さそうに話していることに違和感を覚えた。


「ああ、えっと……。友だちだよ」


 こんな見た目小学生の少女に高校生と言っても色々と突っ込まれそうではあるが、実際問題涼は高校編入予定である。碧人ははぐらかすことに決めた。


「友だち? ふーん。そうなのね」


 少女は一応納得するも、あまり涼のことを好意的には見れていないようである。


「あの……何か?」


 含みのある言い方に引っかかった涼は、少女に話しかけることにした。


「いや別に、何もありませんけど?」


 少し威圧的な返答だった。


「ところで碧人、この方は?」


 少女と会話しても威圧感を感じてしまうと思ったため、涼は碧人から間接的に聞き出すことにした。


「ああ、彼女は飽海あくみさん。俺と同じクラスで、学年一位の成績なんだ」


 碧人に学年一位と紹介された飽海は、どこか自慢気に涼の方を見た。


「ど、どうも。矢那川涼です」


「……どうも」


 涼と飽海はぎこちない挨拶をした。

 涼が思ったのが、飽海は自分のことを気に入っていないということである。しかし、理由がわからない。今始めて出会ったのだから。

 一方の碧人は、そんなこと気にしていないようで飽海に話しかける。


「そういえば飽海さん、地理Bの参考書なんだけど何かいいのある?」


「地理って知識偏重じゃないから、とりあえず教科書に出てくる用語を一通り覚えたらすぐに問題集に行ったほうがいいの。その際資料集と地図も忘れずに。例えば碧人くんは地理得意だからこのまま地理論述の参考書行ってもいいと思うの」


 二人は地理の参考書が並んでいる棚の前に移動するなり、あれがいいだのこれがいいだのと参考書を指差す。


「ありがとう、飽海さん。飽海さんは日本史だっけ?」


「そう、私法学部志望だから日本史。あと国語も頑張らないと。それじゃ私、国語の参考書コーナー見てくるね」


 飽海は軽く碧人に手を振ると、国語の参考書コーナーへと向かっていった。そして、碧人は他にいい地理の参考書がないかと参考書を物色していると近くにいた涼が口を開いた。


「全くわからない」


 涼は少し拗ねたように言った。

 二人は同級生である。もし、異世界に召喚されるようなことがなければあの話の輪に加わっていたのだ。そのことを悲しむ涼とは異なり、碧人は危機感を抱いていた。

 通信制高校に通っても、最低でも三年間通わなければならないため大学で同級生になることは無理である。そのため、涼は諦めてますます高校入学に対し否定的な態度を取るのではないかと。


「と、とりあえず昼飯にしようか。飽海さんと一緒に」


 碧人は、今涼に別のことを考えさせるべきだと判断したのだ。

 しかし、涼からすると飽海はあまり良い印象を持っていない。そして、相手が自分にいい印象を持っていないのだから、自分が相手にいい印象を抱くわけもない。


「え?」


 涼は、飽海と一緒に昼食を取ることに不安しか感じなかった。

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