第二章 決意の夏(8月)
第10話 とある夏の日
とある家庭にある部屋。カーテンにより窓の外を見ることすら叶わず、今がいつ頃の時刻なのかを知る術はない。また、照明が点けられていないことも相まって光はディスプレイから放たれる人工的な光だけだった。部屋の中では、ただマウスがクリックされる音とキーボードの入力音だけが響いている。
机の上には、パソコンとディスプレイがありその目の前に椅子に座っている人物は、身長一五〇センチほど。セミロングの金髪に、青灰色の瞳。推定十二歳程度とされる少女、涼だった。涼はパソコンを使いゲームにのめり込んでいる。
「いいぞ、いいぞ、そろそろ貴公の首を柱に吊るして──。ん? モンちゃんどうした……ってあああ!」
そんな中、部屋に一人の男性──碧人が近づく。
碧人は涼のいる扉の前に立つと、そのまま三回ノックしてドアノブを回し中に入った。
「うわ寒っ。涼?」
碧人は部屋の暗さと夏場とは思えない程に体感温度の低さに戸惑いつつも、照明を点けた。
すると涼は驚いた様子で辺りを見渡し、碧人と目が合うと安堵のため息をついた。
「なんだ、碧人か」
「どうした? そんなに驚いて。というか、さっきの悲鳴はなんだったの?」
碧人の質問に、涼はディスプレイを指さした。
「聞いてよ碧人、モンちゃんに攻め込まれたんだよ。ただでさえおシャカ様とも国境隣接しているのに」
涼がやっているのは圧倒的な中毒性を誇るストラテジーゲームであった。どうやら戦争中らしい。
「すまん、さっきから何を言っているのかわからんぞ。まあいいや、涼の親御さんから様子を見に来るように頼まれたんだよ。とりあえず、全日制の高校の編入は無理だろうから通信の資料だけでも取り寄せろってさ。でも、その調子が全くやってないだろうな」
碧人は部屋の中を見渡した。
涼の母親曰く、通信制高校の編入に向けて資料を集めるように言われているもほとんど集めているようには見えなかった。
「全くもってその通りだけど、今いいところ何だよ。ってああああ! ガンジーが核をぶっ放してきた!」
そうなることを見越していた碧人は、鞄から大量の通信制高校のパンフレットを取り出した。
「それにしても物騒なゲームだな。で、そろそろその電子ドラッグは止めて資料集めしないと。通信制って言ってもスクーリングがあるから中途半端には選べんぞ」
通信制高校には、スクーリングが義務付けられている。スクーリングというのは言い換えると、何回かは学校に出席しろということだ。
碧人は、涼のために自分でも軽く通信制高校の資料を集めてみたのだが、涼以上に通信制高校のことに熟知してしまっていた。
「それにしても通信制高校の学費って思ってたよりも安いんだな。私立だからもっと高いと思ってたけどこの程度なのか……」
碧人は、いろんな通信制高校のパンフレットを手に取り感嘆の声を発しながら眺めている。しかし、涼はあまり興味を示していない。
「そんなに通信が嫌か? 別に全日制や定時制も否定しないがその容姿だと毎日通って色々不都合もあるだろ? そりゃ、通信もスクーリングがあるからどうしても他生徒ととも顔合わせはするだろうけど」
涼が元の世界へと戻り一段落した時、改めて高校についてどうなるのか家族で話し合った。まず、どこか高校に編入するにあたって涼が3か月ほど通っていた高校の単位を引き継げないかと考えた。
しかし、結論からいうと無理だった。
涼が通っていた
文部科学省によると、1単位は50分の授業を35回行い認定される。遠州経誼高校での1単位時間は、これも文部科学省が定めた単位時間と完全に合致する50分。
普通に考えて3か月、つまり13週に国語総合4コマをかければ52単位時間となり1単位を超える。昭和の日とゴールデンウィークを考慮しても、コミュニケーション英語Ⅰと体育もギリギリ35単位時間を超えた。
なぜ引き継げなかったのかというと、これは単純に戸籍を新しく作り直したからであった。
普通に考えて、自然に性別が変わることなどないのだから。
そのため、涼は両親とDNA検査を行い家族関係を証明、この結果を元に涼の父親が法務局やら家庭裁判所やらへとかけずり回りどうにかして新しい戸籍を手に入れたのだ。そうなると、以前の涼との接続性が失われるため単位が引き継げなかった。
「そうじゃないんだよ。別にいいんだよ、顔合わせても。でもさ、できることならみんなと一緒に学生時代過ごしたかったなって」
涼が通信制に乗り気でない理由はみんなとの学生生活を楽しみたかったのだ。涼にとっての友人は、何も碧人だけではない。他にも友人はたくさんいる。異世界召喚などされなければ、今頃は碧人たちと一緒に幸せな高校生活を満喫できていたはずなのである。その幻想が頭から離れず、いまいち現実が受け入れられない。だからこそ改めて高校入学をするということに対して拒否反応が出てしまうのだ。
「一緒の大学とかいけばいいだろ。大学は4年間なんだからさ」
「とはいっても、一学年遅れて入るんだよ? 高校は全日制、定時制、通信制問わず最低でも三年間は行かなきゃなんない。今から高校入学したところで大学入るのはみんなと一年遅れるのは確定的。それとも、碧人はわざわざ浪人してくれるの?」
高校は最低でも三年間は行かなければならない。そう決まっているのだ。
「それは……」
碧人は言葉を濁した。
一浪は社会的評価を気にすることのものでもないが、やはり経済面を考えると不利なのである。
「そういうこと。だからあんまり勉強する気も起きないんだよね……。よし、経済封鎖と常備軍税可決! モンちゃんの財政破綻も待ったなし! ところで、碧人は何の用で来たの?」
涼は再びディスプレイを見ると、視線を動かさずに碧人に問う。
「おばさんに頼まれたんだよ。全然外に出ないからたまには外に出たほうがいいんじゃないって」
「えー? だって暑いじゃん。今日の最高気温36度でしょ?」
涼は新しく買ったスマホの画面を見せてくる。熱中症もありうる十分な気温だ。
「じゃあ俺は一体何のために36度の炎天下で涼の家までやってきたんだろうか?」
碧人と涼の家は徒歩数分の距離ではあるが、この炎天下に歩けば数分であっても汗など容易にかいてしまう。
「さあ? っていうか碧人こそ大丈夫なの?
涼と碧人は、ともに県内トップレベルの進学校である遠州経誼高校の偏差値73を誇る普通科に入学していた。涼はすぐに異世界に召喚されたが、碧人はなんとか成績を保ち続けている。
「まあ、たしかに課題は多いな。ター○ット1900全部覚えろって鬼かよ。俺シ○単派なんだけど。後、数学ⅡBの青○ャートと、ネク○テージ覚えなきゃ……」
碧人は、夥しいほどの課題を思い出してしまったために恐怖で震えながらも鞄からノートを取り出すと、ノートの内容を見ながらブツブツと呟く。
「大変だね、碧人」
「そうだな、誰かさんが言うことに従ってくれれば多少なりともマシになるんだけどな。というか予約そろそろ何だけど」
碧人はスマホで時刻を気にしているようであり、何の予約なのか涼は気になった。
「予約? 何予約したの」
「眼科だ。もちろんおばさんから健康保険証とお薬手帳も預かってるぞ。最近ゲームのやりすぎて遠くのものが見えにくいんだろ?」
碧人は鞄から健康保険証とお薬手帳を取り出した。どちらも真新しいものだ。なお、戸籍を作ってから眼科に言っていないので診察券はない。
「それはそうだけど」
涼といえば、戸籍を作るや否や一日中部屋にこもりっぱなしでPCゲームをやる日々が続いた。トイレなり食事なりで部屋を出るときもあったが、最近はものが見えにくいと密かに感じていたのだ。
「というわけだ、行くぞ」
碧人は涼の天巾を掴むと、浮かび上がらせた。
「軽くなったな、涼」
「……はぁ。わかったよ行くよ」
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