第8話 故郷
「帰るんだよね……」
涼は退院したというのに、気分が乗らなかった。
それは言わずもがな、涼のことを涼だと認識してくれるのかということだ。碧人に打ち明ける時さえあれだったのだ。当然だが家族ともなると心なしかハードルはかなり高くなる。
「涼、そろそろ新幹線来るぞ。不安か?」
「うん……」
病院からバスで新御調駅に到着した二人は、家から近い駅までの切符を購入しプラットフォームへと降り立った。その後すぐ来た新幹線に二人は乗るも、涼はあまりいい気がしないのである。
「はぁ……」
東へ進む新幹線の車内、涼はどうすることもできずただわざとらしいため息をついていた。
「そんなに心配か?」
隣に座っている碧人が声をかけてくる。いくら案外どうにかなると言われようとも、やってみないとわからないのだ。心配にもなる。
結局、碧人は涼に対しかける言葉が見つからず、新幹線を乗り、私鉄に乗り家の最寄り駅にまできてしまった。
「ついちゃった……」
自傷気味に笑い、顔が引きつり、心なしか小刻みに震えているように見える涼。
碧人は涼本人ではないので、涼が抱えている悩みも、不安も、わかりはしない。ただ、いつもどおりの何気ない日常動作で感じられるのが精一杯だった。
「いきなり実家に帰るのが怖いなら、俺んち来る?」
こんなにも精神的に参ってしまった涼を、実家に直行させるというのはさすがの碧人も不安だった。
「わかった……」
今までの涼とは思えないようなか細く、震えていた声。性格などはまるで変わってなかったが、改めて涼は変わってしまったのだと感じる。
「でもいいの? 碧人のおばさんとか大丈夫?」
親友の情報を得た息子が遠くにまで行き、帰ってきたと思ったら金髪幼女を連れてきた。
字面だけでも相当な破壊力があり、いくら子どものことを信用しているといってもさすがに考えたくなることがある。
「ああ、大丈夫。両親居ないから……」
どこか悲しげな顔をする碧人。しかし、涼は今自分のことで精一杯。他の事を考えている余裕などなく、碧人のことを信用し碧人の家へと向かう。
「お邪魔しまーす」
誰も居ないとはいえ、礼儀は礼儀。涼は声をかけ、そのまま家の中へと入ろうとする。しかし、碧人が涼の腕を引っ張った。何かと思い振り向くが、碧人が涼の足を指差した。
「涼、靴。靴脱いで!」
「ああ、そうだった」
涼が勇者として活躍した異世界では、基本的にどこもかしこも土足だった。遠くに行けば靴を脱ぐ文化のある地域もあっただろうが、なにぶん涼が異世界に居たのは約一年ほど。そんな短期間で世界を見て回ることなどできないし、何より魔王討伐という宿命を背負わされたのだ。
そんなこんなで、すっかり土足文化が定着してしまった涼は病院も土足だったことからすっかり靴を脱ぐという文化を忘れてしまっていた。
「ああ、ごめん」
靴を脱ぎ、暗い家の中を進んでいく。一年年ぶりの光景だったが、どこか懐かしいとも思える光景だ。涼は、異世界に行く前はよく碧人の家にて遊んでいた。そのため、体が覚えていたのか自然と電気のスイッチに手を触れ、室内のLEDが点灯する。そして、そのままソファに凭れ掛かった。
「ふぅ」
夕食は新幹線の乗り継ぎの際に食べたため、あとすることといえば入浴と睡眠くらいのものだ。
「風呂沸かすよ……ってあれ?」
突如碧人のスマホの電話がなる。碧人は、電話番号を見てすぐに電話に応答した。
「はい、もしもし」
「碧人くん? 今、いい?」
電話をかけてきたのは、涼の母親だった。
「ええ、いいですよ」
碧人は落ち着いた様子で答えた。
「涼には会えた? 無事なの!?」
母親の切羽詰まった声。それだけ涼のことを心配しているということだ。やはり、涼を会わせても問題ないと碧人は確信する。
「ええ、会えました。無事……というのは、何を以て無事とするかによりますので判断しかねますね」
碧人は横目で涼を向いた。涼は自分に目線が来たことを感じたようで、近づいてくる。
「それってどういうことなの? 碧人くん!?」
碧人は、耳が痛くなりそうだったのでスマホを耳から遠ざけ耳打ちをする。
「涼のおばさんだけど、どうする?」
その瞬間、碧人は体が凍りついたように固まる。碧人の家では休めると思っており、すっかり心が緩んでいたのだ。心の容易なんてしていなかった涼は、ただ体をそわそわと動かすしか他ない。
「と、とりあえず切りますね」
「ちょっと!? 碧人くん!?」
碧人は、スマホ越しから聞こえる涼の母親の悲痛な叫びに心を痛めつつも通話終了ボタンをタップする。
何を言えばいいのかわからず先程からそわそわし続けている涼に対し、碧人は平然と動作を開始し、棚からバスタオルを取り出して涼に投げた。
「とりあえず、風呂に入ったら多少なりとも落ち着くだろ」
「……あ、ありがとう」
涼は過去に碧人の家で風呂に入ったときもある。そのため、難なく風呂場へと向かっていった。
涼が風呂に入ったことを確認すると、碧人はソファに項垂れた。
「はぁ……。疲れた……」
大急ぎで新幹線で長旅をし、変わり果てた親友の姿に驚き、その親友が家族に面と向かって再会するための手助け。最後のはまだ成せてないが、これを一日でしたのだ。誰だって疲れるだろう。
「……そうだ」
碧人は、何かを思い出したかのようにリビングの隣にある部屋の中に入っていった。
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