第14話 alarm×alarm
窓を叩く雨の音。
昨日寝る前に見た(っていっても朝方3時だからほぼさっき見たってことになる)天気予報の的中率は100%だ。
おみごと!!
おかげで一日ゴロゴロ出来ます。
台風、学級閉鎖、代休、テスト休み。
団地はすっごく便利です。
なんでって?
階段上って下りれば、いつでも友達に会えるから。
☆★☆★
「明日たぶん、台風直撃だからなー。おまえら今日は寄り道せずにまっすぐ帰れよー朝9時の時点で警報出てたら、休校な」
教壇で、クラスをぐるりと見回しながら担任が言う。
斜め前の席の実がくるっとこっちを振り向いた。
声を出さずに口だけ動かす。
”帰り、コンビニ”
あーはいはい。
明日の分のおやつってことね。
あたしは親指と人差し指で輪っかを作って了解ポーズ。
どうせ、明日は一日団地で過ごすのだ。
休校の友である、人生ゲームとトランプ用意しとかなきゃ。
こりゃ夜更かし決定ね。
小学校の頃から約10年、あたしたちは、こうして授業が休みになるたびに集まってはいつものように過ごす。
前の席の子たちが
「えーヒマだしー!電話するねー」
「再放送ドラマ見るしか無いよなー」
なんて話しているけれど。
おあいにくさま。
ウチにはまったく関係ありません。
土砂降り雨の中、カッパに雨傘で友達の家に行くことも。
日がな一日スナック菓子片手にテレビのお供することも。
一度だってありません。
望んで、あの古い団地に生まれたわけじゃないけれど。
こういうときは良かったなって、素直に思える。
切れかけの薄暗い非常灯も、コンクリの汚れた階段も。
「多恵ー起きてっかぁ?」
廊下からお兄の声がする。
あたしはくぐもった返事をして、体を起こす。
カーテンの隙間から覗く景色はどんより暗い。
「おーきーたーぁ」
「警報出てるぞー」
そう言って、部屋に入ってきたお兄がいつものようにあたしの頭をくしゃりと撫でた後でカーテンを開けてくれる。
「んー・・・みたいだね。お兄、大学は?」
「電車で行くのもダルイから、お前らと遊んでやることにする」
腕組みして笑うお兄を布団の中から見上げつつあたしは笑う。
「頼んでないし」
「人生ゲームすっか?」
雨も、嵐も、いつだって楽しんでしまう(こーゆーとこ、矢野に似てる)天下無敵のお兄の性格。
そのつど一喜一憂するあたしは、いつもお兄に憧れる。
こんな風にあれたら、もっとずっと生きるのは楽しくなるはずなのに。
でも、こういう不器用なあたしも”いいよ”って言ってくれる、有難い連中がいるのであたしはこのままでここまでこれた。
今だって、あたしの寝不足の頭はお兄に感化されて、むくむくいつもの元気を取り戻しつつある。
・・・最強の栄養剤・・・
「・・・・・する」
小さく頷いたら、満面の笑みでお兄が笑った。
時々思う。
いつか、あたしもこんな優しい顔を、他の誰かに見せたりできるようになるんだろうか?
無意識のうちに?
前髪の隙間に覗く額をピンと弾いて、お兄があたしに背を向けた。
「よし。んじゃあ、起きてきな。多恵スペシャルのトースト作ってやる」
「・・・スライスオニオンも入れて―」
「いーよ」
★★★★★★
「ほんっとに揃いも揃って手のかかる・・・」
呆れ顔で、トーストの載ったお皿をテーブルに置きながら、お兄がいつものフルメンバー(5人+南ちゃん)をぐるっと見渡した。
井上家のリビングが一気に狭く感じられる。
ちなみに、我が家の母さまは父さまと一緒にパートにお出かけになられました。
しっかり出かける前に
「危ないコトしないでよ?ちゃんとご飯食べて、みんなで仲良くすんのよ?颯太、ちゃんと面倒見てよ」
と、小学校の時から変わらないセリフを言ってたけどね。
つーか・・・お母様・・?あたしは小学生か?・・・・心配してくれるのはありがたいけどさ。
寝起きの頭で、多恵トースト(食パンにハムとチーズとオニオンスライスとマヨネーズ乗っけて焼いたやつ)を齧りながらぼんやり思っていると、隣に座っていた南ちゃんが幸せそうにつぶやいた。
「颯太くんのご飯久しぶりー最高ー」
パイル地の部屋着で寝癖の付いた髪のまんまでも全く損なわれない美しさ。
ほんっとに美人は得だと思う。
「そんな久りぶりだっけ?」
人数分のコーヒーを淹れながら、お兄が問い返した。
バイト先で培った、抜群の処理速度でテキパキと個人の好みに合わせたカフェオレを作っていく。
「だって、ずっとバイトで家いなかったじゃん」
こうやってゆっくりするのなんて、ほんとに1ヵ月ぶりくらいじゃないの?
別に普通の口調で言ったのに。
なぜだかお兄が笑って言った。
「だから、今日は一日構ってやるって」
「・・・別にそんなこと言ってないし」
ぷいっとそっぽ向いたら、あたしの目の前に”特製アイスココア”が差し出された。
・・・・・ムカツク
受け取ったら、柊介がなぜだかため息ついた後で
「・・よかったな」
と呟いた。
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