第13話 多恵と柊介
放送室の防音壁にもたれて、朝、茉梨から借りた雑誌をパラパラとめくる。
カバンに入れていた調理実習の残りのクッキーを摘まむ。
多恵的、有意義な放課後の過ごし方だ。
「多恵、いるかー?」
寛いでいると、グラウンド側の窓が勢いよく開いた。
ジャージ姿の柊介が顔を見せる。
「なに、どしたー?」
「文化祭準備でメンバー足りねーんだ、遊びでやってるから混ざれよ」
「ええー、面倒くさい」
「ボール拾いでもいいから来いって」
そう言われて渋々立ち上がると、放送室の入り口からスニーカーを取ってきた。
急いでいる時など、ここから校内へ出入りできるので便利なのだ。
窓枠に手を掛けて、スニーカーを履いて外に出る。
夕暮れのグラウンドは、アーチや大道具が出ていて、部活動を行えるようなスペースは見当たらない。
いつもは体育館を活動場所としているバスケ部も、外コートでの練習を余儀なくされる。
「ひなたと京は何時に終るんだ?」
外コートでは数人のバスケ部員が練習をしていた。
しょっちゅう練習を邪魔しに行くので、みんなとは顔なじみだ。
「ちぃース」
「お疲れっス」
「お、助っ人ご苦労さん」
「よー、井上」
とあちこちから声が掛けられる。
「どーもー。んーたぶん18時?来月の校内新聞に載せるコラム上げるって行ってたから。京は例の人んトコ」
「ゲームマニアの館かよ・・・あの連中とまともに会話が成り立つのってあいつらだけだろーな」
もうひとりは実のことだ。
その実も今日は珍しく弱小弓道部の練習に参加している。
「宇宙人と話してる気になるしね・・・・ボール出し?」
空いている奥のリング前で言うと、返事のかわりにボールが飛んできた。
リング下に走り込んで来た柊介にパスを出す。
柊介はキャッチしてそのままレイアップの姿勢に入る。
ガゴンとボールがネットをくぐって落ちてくる。
相変わらず基本に忠実な綺麗なフォーム。
絶対褒めてやら無いけど。
それを拾って今度はフリースローラインに立つ彼にパス。
「ナイシュー。あ、秋祭り来週って」
「おー、そんな時期か・・・今年の勝負は何にする?」
「ジャンプ一か月分」
「了解」
そう言って、シュートを打つ。
リングに当たったボールが跳ね返った。
それを追いかけて、多恵がジャンプシュートを打った。
「っしゃ」
「おっ」
綺麗な放物線を描いてボールがネットを通る。
「調子いいなぁー、そういや去年、最後まで取れなかった豚の貯金箱、今年も出るかな?」
「的屋の親父が今年も出すって言ってなかったっけ?」
「言ってた」
「つーか、何でアレ?」
「だって豚でウルトラマンって無くない?レアでしょ」
「・・・・・・俺さあ、長年お前と一緒にいるけど、その価値観だけはわかんねー」
嬉々として語る多恵に、複雑な顔をして柊介が言った。
豚がウルトラマンの衣装を着ている奇怪な貯金箱。
しかもサングラスかけてたし・・・・・
一般の女子が欲しがる物とは一線を画した品。
まあ、そういう女の子たちとは毛色が違う事は昔から知っているけれど。
「いや、理解は求めてないし」
あっさりとそう言って、ボールを投げてくる。
「あそ」
「あ、今日の夕飯焼きそばパーティーって」
「は?」
「そっちの家で」
「・・・・・好きねーおかんズ」
「ま、定例会議ってことで」
「そうそうに部屋引っ込むか・・」
「久しぶりに1ON1しよーよ」
その提案に、柊介が右手を差し出して答える。
多恵がその手のひらを小気味良く叩き返した。
★★★★★★
柊介の家のドアの前に立った時点で、いいにおいが漂っていた。
中の様子はこれだけで見て取れる。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
並んでリビングに顔を出すと、見慣れた顔3つに迎えられた。
柊介の母と、多恵の母、柊介の家の隣に住む肝っ玉母ちゃん原田さん。
「はいおかえりー、いらっしゃい、柊、冷蔵庫からビール取って」
「・・・・はいはい」
「お帰り、多恵、あんたウチ帰ってお風呂用意しといて、父さん帰ったら困るから」
「・・はいはい・・」
「ふたりとも、焼きそばどれくらい食べるー?」
「「普通で」」
命じられた仕事をこなすべく、一度家に戻った多恵は空腹を満たすため猛ダッシュで風呂を洗い、お湯張りボタンを押した。
グーグーなる胃を押さえつつ、再び柊介の家へ戻る。
リビングの定例会議は最高潮に達していた。
今度はリビングに行かず、玄関横すぐにある柊介の部屋に入る。
「ただいまー・・・やきそばー」
「おー」
テレビの方を向いたまま柊介が返事をする。
テーブルに乗せられた自分の分の焼きそばを見て・・・・溜め息を漏らす。
いつものことながら・・・・白い皿の上には山盛りの焼きそば、およそ1.5人分。
こんなあたしも一応普通の胃袋を持つ女子高生なんですが・・・・
ウンザリ気味の多恵の横顔をチラリと見て柊介が言う。
「半分引き受けるから」
「いつもすいませんね」
そう返して多恵が焼きそばを食べ始めた。
「京、落ち着いたみたいだな」
「んー・・・まあ、結果は分かってたからね、実の粘り勝ちでしょ」
「背中押しゃ纏まることは分かってたしな」
「まーメンドクサかったからしなかったんだけど。人の気持ちに入り込むのは嫌だし。いくら身内でもさ」
「同感」
「結果オーライってことで」
「「お疲れ」」
そう言って、握手を交わす。
「秋祭りは絶対5人で行くってさ」
柊介が実が言っていたと口にした。
「あーうん。そのつもりだった。京も同じこと言ってたし」
「やっぱりな」
だんだん胃が窮屈になり始めた。
「・・・うちらの誰かが、ココ出るまでは、一緒に行こうよ」
「・・・・・・・・」
柊介が一瞬こちらを見て、けれど何も言わなかった。
多恵は箸を止めて、残りの焼きそばを柊介に押し付ける。
「あとよろしく」
「んー」
その言葉とともに、多恵の頭を柊介が撫でた。
”わかってるし”
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