第15話 えっと、先輩?♤



 はぁ。男が世界中でおれしかいないと思いこんでたのに、まさかほかにもいるなんて。

 しかも、自分以外の男を殺してまわる殺人鬼!


 逃げろ。逃げるしかないんだ。


 けど、なんなんだ。あいつ?

 めっちゃ走るの速くないか?

 これでも必死で走ってるんだけど、百メートルくらい離れたとこから、おれの倍くらいの速さで追っかけてくる。みるみるうちに足音が背後に迫る。


「玲音くーん。逃げてもムダだよ。おれの筋力値、君の十倍はあるからね」


 あれ? なんか聞いたことある声? そんなバカな。異世界に知りあいなんかいないはずだ。いや、そうか。あいつも召喚者なんだもんな。てことは、もしかして……もしかして、おれの知ってるやつか?

 それなら、話しあいでなんとかなるかも……?


 おれは恐る恐る、背後をふりかえった。おれについてきてる女の子たちのむこうに、男の顔が見える。


「あれ? 有沢先輩?」


 知ってる男だった。

 高一のとき三年だった有沢芳輝ありさわよしき先輩だ。サッカー部に入ってて、イケメンで女子に大人気だった。学年も部活(おれは帰宅部)も違うおれでさえ、先輩の顔や名前や通りすがりに聞いた声を知ってる。そのくらいには有名だった。高校卒業して、今は大学生活満喫してるはずなんだけどな。


「先輩も召喚されたんですか?」


 よかった。きさくで男気があって、同級生にも後輩にも慕われてた先輩。女の子はもちろん、男からも憧れの的だった。あんな男になりたいと言われた有沢先輩なら、きっと同盟だって結べる。


 おれが安心してふりかえったときだ。


「先手必勝!」


 えっ? いきなり、先輩が宙に浮いた。両足がクルクルッとまわったかと思うと、そのまま、おれはふっとばされてた。


 な……何が起こったんだ? まわしげりってやつか?

 次の瞬間には、おれは壁に激突して全身の痛みに襲われた。


「い……イテェ……せ、先輩?」


 すると、紅葉が叫んだ。

「玲音! アリョーシャだ!」


 えっ?


「こいつがアリョーシャだ! 玲音のかなう相手じゃねぇよ!」


 えっ? えっ?

 あまりのことに、紅葉の言ってる意味がわからない。

 アリョーシャ? 世界征服願望の殺戮マシーン?

 まさか、嘘だろ? あの有沢先輩が?


 だって、みんなから慕われて、いい人で……たしか、そうだ。電車のホームから落ちた酔っぱらいを助けたって警察から感謝状もらってた、あの


 アリョーシャ……有沢先輩がアリョーシャ。

 ん? 有沢芳輝、ありさわよしき、あり……よし。ありょし……アリョーシャかッ!


 壁にぶちあたって、まだグラグラする脳みそで、なんとかそれだけ考えた。


 おれを助け起こそうとするホールダーたちを押しのけて、有沢先輩が近づく。イケてる顔が勝ち誇ったふうに、おれを見おろす。

 なんだ? あの薄笑い? すげぇ残忍そうな歪んだ表情。こんな顔するやつ、今まで一度も見たことねぇよ。完全に殺人鬼の顔だ。


「いいねぇ。そういうの。ゾクゾク来るね」


 先輩はそう言いながら、バキバキと指を鳴らした。


 ダメだ。おれ、殺されるんだ。ここで、おれ、殺される。


 なんで、あの優しかった先輩が? いや、本人と話したことないけど、誰も悪く言ってるの聞いたことないのに。みんなが口をそろえて、いいやつだって……。


「な、なんで……先輩。そんなことする人じゃ……」


 先輩はすごく楽しそうに笑った。


「だってさぁ。こっちに来ちまったんだから、もう猫かぶる意味ねぇんだよ? 輝かしい未来の勝ち組のために、せっかく人が苦労して優等生演じてたのによ。わけわかんねぇとこに呼びだされて、もう帰れませんだ? 女は可愛いけど、みんな同じ顔。飽きるだろ! クソがよ。おれの十九年の努力がまるっとムダになったわ!」


「演技……でも、ホームから落ちた人……」


 すると、ますますおもしろそうに、先輩は腹かかえて笑った。高笑い。


「あんなの、防犯カメラの死角でおれがつきおとしたんだよ。ま、本人は酔っぱらってるし? 落としたやつのことなんかおぼえてないし。逆に感謝なんかされちゃってさ。ありがとう、君は命の恩人だとか言って、菓子折り持ってきたんだぜ。ウケる〜」


「そんな……でも、もしその人、死んでたら……」

「はあ? だから? 汚ねぇおっさん死んだらどうだっての? そんなん、おれに関係ねぇよ」


 そういう先輩の目は虫を見るときのソレだ。ほんとに人の命なんて、どうだっていいんだ。


 こいつ、クズだ。どクズだ。


 おれだって、こっち来て、王様みたいに持ちあげられて、なんか変になってく感じはあった。だんだん、前の自分じゃなくなってるって。


 でも、有沢先輩こいつのは、そんなんじゃない。生まれつきの、生粋の、心の底からのクズ!


 ゲスのなかのゲス!

 キング・オブ・ゲスッ!

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