28話【VS.】穏健派 光無き骸 ミスティ・ルートヴィッヒ
「ようやくのお出ましか。まさかこの場に再び人類が集うことになるとは思わなかったがな」
「はっはっはァ。互いの立場は正反対なれど長き時を越え再び同じ場へ立つ。運命の収束地点にしてはロマンもなにもあったもんではない」
管理棟の麓には待ち構えるようにして穏健派たちで構成された若人たちが集っていた。
そして革命派が到着し、対面する。派閥代表である指揮官2人のみが前へと躍り出て互いを認識し合う。
「人は学ばぬのだな。我々が第1次革命で失態を演じてから9年だ。それを経てなお貴様は同じ過ちを繰り返そうとしている」
「フゥン、挫折と失望によって2年ほど無駄にしたが過ちは繰り返さないさ。だからこそ我々はこの7年間再び未来へと歩む欲望を絶やさず生きてきたのだからな」
互いの背には志を共にする同士が集っている。
唯一違いがあるとするならあちらの背後には赤い壁がそびえ立っていることくらい。あまりに毒々しい半透明状の立方体が管理棟を包んで人類の到達を拒んでいた。
穏健派と革命派が一同に介して居並ぶ。派閥共に同様の武器を各々が握りしめる。
一触即発。誰かが動けばいつでも爆ぜられるだけの緊迫した熱量が漂っていた。
「はじめから結末がこうなることをわかっていて再び革命をはじめたのか。両派閥の陣営が事ここに至れば総力戦をせざるを得ぬことを知った上でな」
東よ。華美たる女性が名を呼びながら手にした槍をかざす。
くびれた腰はしゅっと美しい曲線を描いておりそこらの女性以上に女性らしい。すらりと長い脚が伸び成人男性と遜色ないほどの長身だった。
なんなら彼女はそこらの男なんかよりもずっと研ぎ澄まされている。眼光も素人でなければスーツから浮く鍛えた肢体の筋も彼女が業物であることを証明している。
対する東は|素手(ステゴロ)もよいところ。槍を向けられても腰にぶら下げた実弾入りのハンドガンに手を触れようともしていない。
「執行者がいてはこうして甘く囁き合うことも叶わなかったのでな少々手間をとらせてもらった。我が最愛なる革命の使徒ミスティ・ルートヴィッヒ殿」
そう言って恭しく礼をくれる。
「つまり貴様らが執心していたのは機械どもだったというわけか。どうりで両派閥誰1人として死傷者が出ていない」
ミスティは毅然とした態度ながら僅かに頬を麗しげに緩めた。
白羽織と白羽織。互いの勲章の数を数えることほど無駄なことはあるまい。
そして指揮官たちの語らいを両派閥ともに口を閉ざし見守った。
「ここからは全力の殺し合いになるぞ」
「そう結論を急ぐ必要はない。せっかくこうして昔馴染みと語り合う時を作ったのだからもう少々付き合ってもらう」
「……。無駄な時間だと後悔しなければ良いのだがな」
街行く女がこんな睨み方をそうそう出来るものか。完全に狩る側の目をしていた。
それほどまでに凄みのある睨みが東を正面から射貫く。
「我々の狙いはリベレーターだけで済ませることが可能だった。個の命を抹消するだけですべてを平穏な形で済ませられたはずだった。しかし貴様は私たちの理を否定しもっとも愚かな采配を下したのだ」
穏健派は革命の鍵を殺害さえすれば勝利となる。
だが、革命派は鍵を守り抜いて扉に手をかけようとしていた。
ここからは穏健派のとる行動は1つきり。鍵を手に入れた革命派が扉へ手をかけることを死守することのみとなる。
再びミスティの蒼き槍が矛先で東を示す。
「応じろ英雄気取り! あの時に描いた空想はとうに
白羽織がふわりと裾を浮き曲線豊かな肉体が蒼によって撫で沿われていく。
腰まで伸びた豊かな長髪が幾本もの線を作りながら緩やかに流れる。
その気勢たるや当てられた若人たちが恐れ慄くほど。すでに彼女をただ美しいだけの女性とするのは難しい。
「そうツンケンするものではないぞ。せっかくの美貌が台無しじゃないか」
「応じろと言っているのだ! 私の聞きたいのは貴様の戯言ではない! ここからどのようにして騒乱の結末を迎えるつもりだ!」
それでも東は断固として飄々とした態度を崩すことはなかった。
目の前に姿勢を屈めた虎がいる。というのに戦う意思さえ見せることはない。
なにせそのために動いている。話の邪魔となる執行者たちを駆逐してこうしてあいまみえたのもそのため。
「君はなにか早とちりをしているらしい。決定権を持っているのは俺でもなければここにいる誰でもない」
ミスティは黙ったまま不快とばかりに眉間へしわを寄せた。
なおもフレックスの光を帯び、長槍は東をじっと捉えつづけている。
「選択は革命の鍵へ持たせている。つまり今すぐここで構えをとり早急な答えを出すのは聡明な判断と言えないのではないかね」
「選択を持たせている、だと?」
「どちらの陣営に下り軍配を上げるのか。その判断はミナトという少年に任せているということさ」
すでに東は針のむしろとなっていた。
穏健派の銃口はいつでも彼のことを射貫く準備が整えられて配置されている。
――フフン、緊張からの暴発を案じていたのだが杞憂だったらしい。あちらも良い仕込みをしている。
1発の銃弾が火蓋を切ってしまいかねない状況だった。
ゆえに東とて表情を繕っていても内心肝が冷えて仕方がない。
――ウィロくんが影の武器を排除してくれたおかげで狙撃の心配はないか。
唯一安堵できる点を上げるならば、こちらに優秀は遊撃がいたこと。
武器を排除されては暗殺もままならぬだろう。
「クッ! 不覚! 狙撃地点の洗い出しが無駄になった!」
あちら側にはチーム《キングオブシャドウ》のメンバーが口惜しげに拳を握りしめていた。
影となって行動する彼女たちが身を晒してくれている。これこそウィロメナが強襲を成功させてくれた手柄だった。
東が瞳のみで状況の確認をしていると、ミスティが殺気立つ穏健派を手を伸ばして制す。
「選択を任せるとはどういうことだ。私の認識では貴様が人類の旗手となるべく革命に打って出たということになっているのだがな」
彼女は対話中に暗殺まがいのことをするつもりはないらしい。
ここまでは東のもくろみ通りだった。
ミスティの判断もまた冷徹ではなく常に冷静であること信頼した上での手順でもある。
「なに、1人の少年に我々の命を乗せた運命のコインを投げてもらおうというだけの話だ。灰の底に埋もれていたただひとつ限りの希望の光にな」
僅かにあちら側の派閥がどよめきを発す。
どこの馬の骨とも知らぬ相手に判断を委ねた事実は受け入れがたい。
だがここまでくればもうこちらのもの。この場の誰も責任の所持者ではないのだ。殺し合う理由なんて微塵もないことになる。
東は、ミスティから殺気が放たれないことを確認しハンズポケットで飄々と練り歩く。
「なお我々は懐柔のような手法を一切用いていない。革命の鍵である彼はここに向かいながら今まさに公平な条件で我ら派閥の目指すものを教えられているところだ」
「つまり……革命の鍵到着とともに審判が下される、ということか。たった1人の愚かな判断がここにいるすべての人間たちを殺すことになる」
「はっはっは。これくらい馬鹿げていた方が生きているという実感が湧く、違うか?」
東は、ミスティのほうへ踵を返し、おどけたように肩をすくめた。
ことこの場においてこの中年男だけはずっと友へと向ける笑みを崩してはいない。そのおかげもあってかはじめのころよりも緊張した空気感が僅かに緩んでいる。
するとミスティもようやく矛先を外し柄で石畳を叩く。
「ここまでくると呆れてものも言えんな、英雄気取り。彼女が天国で待っているのは我々の魂ではなく貴様の命のはずだ」
鋭い刃の如き気勢から一転し、気品ある麗らかな微笑を作った。
「……はっはぁ。同士ミスティも少し合わぬうちにずいぶんと揺すりが上手くなったじゃあないか。代わりに少々気苦労があるのか尻が小さくなったようにも見えるがね」
言ってろ。そうして再びミスティは表情を引き締め直す。
矛先が振るわれひょう、と風を薙ぐ。槍の先端が対面に佇む男の眉間に狙い定める。
「私の守るべき民が求んでいるものは細やかでも未来ある安寧だ! ゆえに我らから平穏を摘もうとする貴様らに義はないと知れ!」
彼女の体表面が確固たる意思によって覆われた。
白き衣が尾先を流し、フレックスの蒼白した蒼が揺らぎない鮮やかな光を放つ。
「フッ――……俺たちの旅の終わりも近い。9年前に掲げた夢の終わりもな」
そう言って東は片側のポケットから1枚の写真を取り出す。
枠のなかでは闘志滾らせ視線の先に夢を描いた若者たちが映っている。その革命軍の誰も彼もが未来に光があると信じていた。
第1次革命軍のリーダー
そして神なる船は航行を止めた。2隻のうち1隻はノアとその乗組員たちを置いてさらなる闇へと船出した。
ここはいったいどこなのか。人類はなぜ母なる星地球を飛び出したのか。記録を辿ろうにもマザーコンピューターは停止しており調べる術も持たない。
だから立ち上がった。2年ほどの挫折を踏み越えて人類を先導する旗手を担おうと画策した。
――本当に俺なんかにその資格があれば……よかったのだがな。
東は、心の中で静かに朽ちかけていた夢の端を、空と一緒に掴む。
人類は光を求めていた。この先の見えぬ暗黒のなかで道を示し導いてくれる真実を待ち焦がれていた。
たとえそれがどれほど小さな光であろうとも。たとえそれがどれほど脆弱であろうとも。
「ッ、さあ決断の時だ!」
ミスティが回した槍の柄で石畳を叩くのと同時だった。
日の昇らぬ船内に朝を告げる鐘の音が鳴る。艦橋地区一帯に人々を律する高く長い音色が、静寂を引き裂く。
同時に両派閥が一斉に手にした武器を構える。一瞬のうちにして殺伐とした空気が周囲に破裂するよう充満した。
「本当に撃っていいの!? ミスティ許可を!?」
「まだだ! 東の言っていることが真実とするなら答えを聞くまで撃ってはいけない!」
「東! リベレーターがくるぞ!」
「予定通り定刻だ! 1発目は決してこちらから撃つんじゃないぞ!」
向かってくるエンジン音と鐘の音が重なった。
2つの音にまくし立てられるよう、人々は喧々諤々と声を掛け合う。
互いの派閥がそれぞれの指揮官に命令を仰ぎ、殺気立つ。
ここからは1発の銃弾が引き金となることを全員が理解していた。たった1度の攻撃が戦闘開始の合図となって血で塗られた死闘がはじまる。
そしてとうとう革命派の開いた道に1台のバイクと4つの光が停止した。
「…………」
少年はスタンドを立ててバイクから降車する。
むっつりと黙ったまま。ヘルメットに隔てられた表情は窺えない。
――……さあ俺たちの因縁にどうピリオドを打ってくれる?
革命派のさなかを歩む足どりは非常に堂々としていた。
東は、それを固唾を呑んで見守る。
――夢希望なき世に生きることくらいならば我々は死を選ぶ。
そして東の執念にも似た思惑は彼の行動によって決定された。
「……ミナト・ティール……」
名を呼ばれてもミナトは振り返ることはなかった。
東の隣を静かに通り過ぎていく。ただひとつの光が革命派側から穏健派側へと流れていく。
運命は決した。革命の鍵は革命の鍵という役割を降りようとしている。穏健派に下り灯火なき未来に希望を見たのだ。
これで革命派の敗北は決まったも同然だった。こちら側の派閥から失望の嗚咽が動揺と共に粛々と広がっていく。
「……そうか。……そういう終わり方も悪くはな、ッ!?」
直後、失意のさなかに襲い来る。
瞼を閉じ世界から目を背ける寸前だった東は、向かってくる気配を反射的な行動で受け止めた。
高速で投げられた丸く硬く真新しい防具を鼻先の寸前で阻止する。
「これは……ヘルメット?」
「なに湿った顔して諦めかけてんのよ。その目を見開いてよく見てなさい」
隣にはいつの間にか杏がふんぞり返っていた。
東が気づかぬうちにチーム《マテリアル》のメンバーがすぐ傍に並び立っている。
その間にもヘルメットを脱ぎ捨てたミナトは、穏健派の方へと歩いて行ってしまう。
護衛も無し、武器も持たず。もつものといえば左手に装着したフレクスバッテリーくらいなもの。
そしてミナトは、ミスティの前で、堂々とした歩みをとめた。
「アンタが穏健派のリーダーかい?」
「ああそうだ。貴殿の慈悲ある決断に栄光と祝福をもって感謝しよ――くッ!?」
衝撃によって白羽織から勲章の1つがこぼれ落ちた。
ミスティもまたあまりに唐突かつ無謀な行為を前に対応しきれなかったらしい。
「なに、をッ!!?」
暴挙に当てられ愕然と目を丸く剥きだしにした。
ミナトはただひとことだけ。彼女の胸ぐらを捻り上げながら口にする。
それは重く、そして1人の若き少年が発すとは思えぬほどに怨念めいた唸りだった。
「死体が喋ってんじゃねぇ」
(区切りなし)
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