27話 Chapter1 【Revelator ―キボウ―】

 鉄板と見紛うほどの巨大な銀色鉄塊が躊躇なく機会生命体を薙いでいく。

 それも片腕のみ。銃口が向けられると、もう片側の手をかざして能力者を守る盾を中空に作り出す。さながら重戦車の如し奮闘ぶりだった。


「オゥラッ! こいつらでもう打ち止めだなッ!」


 ジュンが雄々しき猛りを上げる。

 左手で盾を現わしバッシュを決め、右手のだんびらが敵の銅を上下に分断した。一瞬のうちにして2体の機械生命体がただのガラクタと化して転がる。

 絶え間ない銃弾の雨でさえ彼の前には豆粒に過ぎない。獅子奮迅の如し活躍を決めてなお速度は衰えることさえなかった。


「あんまり飛ばしすぎるなよ! フレックスも長時間使いすぎると切れて昏倒するって聞いてるぞ!」


 ミナトは、疾走するジュンの身を案じた。

 人間とはそれほど早く走れる生き物ではないのだ。こうして時速50kmと併走することでさえかなりのフレックスを使用しているはず。

 するとジュンは額に浮いた汗を袖で拭いながら歯を見せて笑う。


「こう見えても俺は小さいころからしょっちゅうフレックス切れで死にかけてたんだぜ! 成長した《蒼色症候群ブルーライトシンドローム》もちはそう簡単にフレックス切れを起こさねーのよ!」


 ドンッ、と。制服の胸を自信満々に叩いた。

 その表情に我慢や奮起という感情は微塵もない。朝のジョギングでもしているかのような爽快さだった。

 ミナトは耳馴染みのない単語に首を傾げる。


「……蒼色症候群ってなんだ? ノアではそんな病気が流行ってるのか?」


 言い方からして病名なのだろう。しかも先天的でなおかつ死にかけるほどの重病と見るべき。

 ジュンは大地と平行に駆けながら目をきょと、と丸くする。


「ん、なんだミナトは知らねぇのか。そりゃまあアザーにフレックス使えるヤツいねぇからしゃーないっちゃしゃーないな」


「ジュンくんは周囲警戒を怠らない! でもってミナトくんもよそ見しない!」


 愛はモニターから外した視線で2人の男どもをきっ、と睨みつけた。

 それに合わせて《回路システム》の電流球体が彼女の周囲に発生し、パチパチという警告音をを弾けさせる。

 怒られてしまったミナトとジュンは、ちびっ子研究者というより電流が怖くて、同時に口を閉ざす。


「まったく男子ってばすぐに調子に乗るよね! 誤差修正なし! 正規カウント5、4、3、2、1!」


 愛は白い頬をぷっくりと膨らしながら尖らせた唇でカウントを刻んでいく。

 後部座席の彼女はぷりぷり怒っている。だがジュンの合流以降破竹の快進撃が繰り広げられているのも事実だった。


「次の曲がり角を右折して! そこからはもうずーっと直進しつつ最後まで50kmをキープ!」


 そしてミナトのバイク操作技術もそつがない。

 指示を聞き逃すことなく、「あいよ!」と。身体を倒して斬るように十字路を直角に曲がってみせる。

 あれほど閑散とした夜闇に覆われていたはずの街は、斑に灯されていた。執行者たちの破片が道の至るところで転げている。

 四散する鉄の破片にはときおり鋭利な形をしているものもあった。タイヤで踏めばパンクしかねないので踏まぬよう注意と蛇行に気を遣わされる。


――この道……1度目に通ったときはこんなことになってなかったはず。いったいこの船でどれだけの規模の戦闘が行われているんだ。


 ミナトは呆然と火に包まれる乱雑な光景に目を奪われた。

 人を模したであろう機械の手や腕が持ち主すらわからぬくらいひしゃげて転げている。

 ひどい光景だった。平穏な街並みに突如として隕石でも落ちてきたかのよう。元の美しき街を知っているだけに胸が痛んだ。

 そしておそらく犯人と思われる蒼き影が細路地を抜けて飛び出してくる。


「こっちのミッションはすべてかたが付いたわ! 以後マテリアル3も《マテリアル1》の警護に就く!」


 ミナトは視認と同時に「杏!」彼女の名を大声で呼んでしまう。

 すると彼女はミナトにチラリと視線をくれてふふ、と軽く笑った。

 あれから別れすら告げる暇がなかった。だからこそこうして元気な杏の姿を見て安堵してしまうというもの。


「おつかれ杏ちゃん! 1箇所だけちょっと手間取ってたみたいだけど、そこからの修正もお見事だったね!」


 愛が合流した杏へと労いの声を掛けてやった。

 友人の無事が嬉しいのだろう。晴れやか笑みで迎える。

 が、杏は若干ほどばつが悪そうに目を逃がして言葉を濁す。


「あー……あれはまあいつものことよね。いつも通りウザ絡みされたというか……穏健派から正しい意味での妨害をされたというか……」


「いつもの感じだったんだねぇ。あの子も杏ちゃんラブでぶれないよねぇ」


「私だってあの子の努力と器用さは認めてるのよ? でもなにかにつけて私に絡んでくるところが鬱陶しいのよねぇ……」


 見たところ杏はやや疲労はあれど怪我もなく好調いった様子だった。

 そして彼女が剣を背に収納すると、同時にもう1つの影が上空より舞い降りてくる。


「《マテリアル4》もミッションから帰還だよ! 私もミナトくん、じゃなかった――《マテリアル1》を全力警護しますっ!」


 ローブを引き双剣を構えたウィロメナもまた華麗にチームへ合流を決めた。

 ジュンが誰にでも向ける懐っこい笑みで迎え入れる。


「ずいぶんとやる気あったみたいじゃねーか! 潜んでいた連中ほぼ1人で壊滅させてたな!」


「え、あっ! べ、別にやる気があったとかそういうことじゃなくて、そのぅ……友だちが危ない目になるべく合わないようにがんばっただけだよ?」


 彼女の洗練された動き足るや目を見張るだけの価値はある。併走しているにも拘わらず舞い降りる際の靴音でさえ無音だった。

 それなのに褒められただけで暗殺者の面持ちが一変して少女のものとなる。ウィロメナは前髪で表情を隠すよううつむきがちになって指を揉む。


「そ、それに隠れていても音がするから無視も出来ないし……」


「そっかそっか! よくがんばったな!」


 しかし彼女の幼馴染みであるはずのジュンは、そんなこと構いもせず親指を立てるのだった。

 これでチーム《マテリアル》の全員が集結したということになる。ミナトと愛を挟むよう陣形を整えてジュン、杏、ウィロメナがそれぞれ両翼を守護していた。

 もはや執行者は壊滅状態だった。すでに弾丸1発でさえマテリアルに降りかかることすらない。もし生き残りの執行者がいたとしてこの面々が揃えば秒で片が付く。

 これほど頼もしいこともない。友という第2世代の盾に守られながらバイクは一定の速度で夜を駆る。

 とうとうチーム《マテリアル》は、半球状の透明な膜に覆われた居住地区の端まで辿り着こうとしていた。長きに渡るツーリングもようやくの終わりを迎えようとしている。


「全革命派へ告ぐ! チャプター2プログラムコンプリーテッド!」


 トンネルを視認すると、愛がひときわ活気のある声で叫んだ。

 Completedの意味するところはすべて終わったと言うことだ。ここからはいよいよ本丸である艦橋地区へ向かって猛進するのみとなる。

 正面にはトンネルが大口を開いて出現している。片側2車線ほどで僅かな下りの後に平坦な道となっているらしい。

 その佇まいはまるで怪物が餌を待って口を開けているかのような不気味さだった。空に見えている星々の海よりも暗く、灯りすら吸い込むほどの闇が奥につづいている。


「これよりチーム《マテリアル》はチャプター2の最終目的地であるスペースラインへと突入を開始するよ!」


 愛の合図とともにそれぞれが視線を送りつつ覚悟を決める。


「よっしゃあ! ここまでくるのに長かったぜ!」


「うん、うんっ! このためにみんないっぱいがんばったもんね!」


「まだ油断するのは早いわ。でもいったん休憩ってところかしらね」


 誰も迷うことはなかった。

 当然ミナトもアクセルから手を離すどころか、より手に力を籠めてふかしを入れる。


「突入するぞ!」


 4つの蒼き灯火と唸り上げる2輪が、トンネルのなかへと吸い込まれていく。

 なかへ飛び込むともう暗闇という1色が視界を一瞬のうちにして占拠した。エンジン音が壁に幾重にも反響し意識が遠くなっていく。

 あまりに深い漆黒だった。迷い込んだ人間が自分を見失いかねぬほど、ひどい粘り気を帯びて身に絡みついてくる。

 行けども行けども灯りは見えず。踊らせた手で探りながら無き道を探すかのよう。


「なあ、ミナト。ちっと聞いて欲しいことがあるんだが……いいか?」


 しかし人の光は確かにそこに存在している。ゆえに互いを見失うこともない。

 ミナトは「なんだ?」蒼い光を灯すジュンの方を見た。


「わりぃな、なんかこういう場で話すべきかどうか迷ってたんだけどよ……」


 明瞭快活な彼にしては若干ほどらしくないと言える。

 声も口を小さく動かすばかりではっきりしておらず。気を逸らしでもすれば聞き逃してしまいかねない。

 そうしてようやくジュンはミナトの方を見ずにとつとつと語りはじめる。


「俺の親父はさ、去年くらいにアザーへ送られたんだ」


「――ッ!?」


 唐突だった。

 あまりの衝撃でミナトは大気で喉を詰まらせてしまう。

 しかしジュンは乾いた横顔でつづける。


「昨日まで家にいたおっさんが翌日いきなりいなくなってんだぜ? こっちとしても受け止めるのにかなり時間がかかっちまってな。俺、かーちゃんとかいねぇからさ……誰もいなくなっちまった部屋に1人ぼっちでしばらく呆然としちまったんだ」


 そう言って鼻の下を指で擦った。

 しかし聞く側はもう正気の沙汰ではない。音色は耳に届いているのに話がまったく頭に入ってこないのだ。

 ミナトはわかっていて目をそらしていた。忙しさにかまけて無意識のうちに事実から逃げようとしていた。

 方舟から送られてくるのは決まって男、年配者の無能力者たち。そんな彼らにだって家族がいてもおかしな話ではない。


「……そう、か。そう、だよな……つづけてくれ……」


 人は、このヘルメットのなかで恐怖に震える少年を死神と呼ぶ。

 ミナトは天上人たちの家族の死体の上に立って生き続けている。

 ここノアに住まう多くの人々の家族でさえ己の家族のための生け贄としていても不思議ではなかった。

 覚悟を決めるべきだった。次にジュンの語る言葉によってこの戦いは贖罪としなければならない。


「でも……お前のおかげでまた会えた。あのバカ親父ときたら生きてやがったんだよ」


 だが、彼は気恥ずかしそうに笑う。


「死んだとさえ思ってた親父があの星でピンピンして生きてやがったんだぜ? アザーって星を知っちまったからこそ信じらんねことだよなぁ?」


 杏が華奢な肩を揺らして目をこぼれんばかりに見開く。


「じゃああの時アザーに着いて急に走り出したのはお父さんに会うためだったの!? なんで言ってくれないのよ言ってくれたらいくらでも協力したのに!?」


 彼女が迷子になってミナトと出会うきっかけとなった事件へと繋がる。

 杏が追ったはずのジュンは、アザー堕とされた父親を探していたのだ。生死もわからぬ父の影を追いがむしゃらに駆け回っていたとしたら彼女が追って追いつけるはずがない。

 ジュンはだんびらを背負うと、杏に向かって両手を合わせた。

 

「はは、わりっ。こんなん格好悪ぃと思って話せなかったんだ」


「格好良いとか格好悪いとかそう言う話じゃないでしょ!? ねえ、ウィロもなんとか言ってやりなさいよ!?」


 鋭角な睨みを向けられたウィロメナは、ふい、と前髪を振って顔を逸らす。

 しばしの沈黙が流れた。気まずい空気感というやつによく似ている静寂だった。


「……まさかあのなかで知らなかったのは私だけってこと? 私だけのけ者扱いされた上に1人で勝手に先走って迷子になったってことぉ!?」


「違う、違うっての! ウィロにはノアからでる前からとっくに勘づかれちまってたんだよ! だから話さざるをえなかったってだけで杏を仲間はずれにしたわけじゃねぇの!」


 ジュンは、涙目になった杏のカバーに入った。

 隠し事をするにも相手が悪すぎたのだ。ウィロメナは心まで読めずとも感情のブレによって心象を悟ってくる。

 だから杏にだけ黙っていたわけではないのだろう。家庭の問題を異性に聞かせるということ事態が男子にとっては気恥ずかしいのだ。

 そうしてジュンは改めてミナトの方へにこやかな人懐こい笑みを向ける。

 

「んで、そんな親父ときたら再会した息子を抱きしめるどころか俺に縋り付いてきてこう言いやがったんだ」


「……なんて言ったんだ?」


「死神を死神のまま死なせないでやってくれ。あの少年は我々地上の民にとって唯一の希望なんだ」


 ってな! その無邪気な笑顔を直視するのは、もう無理だった。

 記憶を辿って思い返してみれば、いた。生かしたいというミナトの指示通りあくせく動くくたびれた中年が記憶のなかに残っている。

 そしてキャンプに帰ったときに見せたやつれた男の笑顔が、目の前にいる少年の笑顔にあまりに良く似すぎていた。


「そんな親父からだ。俺がアザーをでる直前に足止めしてまで言ってきた……ミナトへの伝言がある」


 この感覚をミナトは知らない。

 2度目の生を受けてなお触れたことのない感触だった。

 胸の奥の中央でじわりと広がる人肌ほどに暖かいものが広がっていくかのよう。凍えて冷え切っていたはずの心が少しずつ感覚を思い出していくみたいな。

 ジュンは、実の父からの伝言を呟くみたいに口にする。


「救世の英雄よ。君はもう我々のことを背負わず君自身の翼を広げて自由に羽ばたくんだ」


 今日だけは熱の籠もるヘルメットを被っていて良かったと思う。

 あの名すら知らぬ男の顔を思い出そうとすればするほど、思いが吹き出して止まらない。

 顔中の筋肉が中央に集まっていくし、頬が痙攣し目端がひくひくと小刻みに震え、鼻の奥がツンと痛む。


――ああ……絶対に罪は消えない! だけど、たった1回だけでも……報われることがあったんだ!


 ミナトは、少しだけ救われた気がした。

 多くの罪は消えずとも、ちょっとだけ報われていた。

 胸を押さえるのは痛いからではなく、幸せだったから。自分のやってきたことが無駄ではないと知れたから。

 愛がこぢんまりと丸くなってしまったミナトの背にそっと手を添える。


「僕たちのことだってそうさ。君は君が進みたいように進めばいいんだよ。僕たちは君という小さな光を辿って着いていくだけなんだから」


 チームメンバーたちによるささやかな微笑が華やいだ。

 うつむきながら運転するミナトを取り巻く。


「この革命でさえすべて私たちノアの民が勝手にしていることよ。ミナトが家族を救いたいって思う気持ちに便乗しているだけなの」


「ミナトさんはもっと自由に羽ばたいていいんです。私たちのことではなくもっと自分の意思を大切にしてあげてくださいね」


「俺たちはお前の道を勝手に切り開く。そんでもってそのおこぼれを頂戴するって感じだ。頭なんて使わなくてもいいほど単純な話だぜ」


 チームマテリアルのメンバーは、誰1人として踏み込んでこようとしていなかった。

 その上、どいつもこいつも人を信頼しきったような顔で己の世界を大切に生きろと言う。


「…………」


 ミナトにとって久しぶりの感覚だった。

 これほどこの凄惨な世界で共に生きアユミたいと心の底から願えたのはいつ以来か。

 なおも周囲の闇は深く滾る。それはまるで碌でもない未来を暗示しているかのよう。

 それでも小さな小さな光がある。目を閉ざしていては見えないが、徐々に徐々に大きく明確になっていく。

 奥の光を目指して前照灯の白光と、それを取り囲む4つの蒼が希望を求めて駆け抜ける。五芒の星を紡ぐは、《マテリアル》――星の欠片たち。


「前方に光が見えたわ! このまま暗闇を抜けるわよ!」


 杏が光を指さしながら叫ぶ。

 すると愛もモニターへ指を滑らせる。


「さあいよいよスペースラインの本線に入るよ! ここからが正念場だね!」


 光に包まれていくなか声を張り上げた。

 悪意によって止められた時計の針が動き出そうとしている。

 人類は幾度間違えたのか。母なる星を飛び出してなお互いを憎しみあい戦うことをやめはしない。

 しかしそれでも星々は希望という光を求めて駆けつづける。たとえ待つものが終焉へと続く道であろうとも歩む足をとめることはない。


「お前ら行儀良くしろよなァ! あんまうるさくすっと嫌われちまうから気をつけろよォ!」


「あと少し! みんなが待ち望んでいた希望の光はここにあります! アザーという死の星にたった1粒だけ残されてたんです!」


 まばゆいばかりの光へ溶け込んでいく。

 もはや互いの位置関係さえ目視できぬほどだった。

 だからミナトには、チームのメンバーが誰に向かって話しかけているのかわからないでいた。

 そして悠久とさえ思えるほどに長い長い闇を抜ける。


「っ――う、そだろ!?」


 ミナトは口角を引きつらせながら目の前の光景に驚愕した

 側頭部をハンマーで殴られるよりも、心臓が口から飛び出すよりも、強烈な戦慄だった。全身に電流の如き閃光が駆け巡り体中の毛が逆立つほど。

 闇を抜け光から飛び出した直後に網膜が映したのは、透明な管だった。壁の向こうには満天の星々が無限と瞬く。先には真っ直ぐな直線が、居住地区と似たような透明な半球へとつづいている。

 この戦いに引き込んだ男の耳障りな声が鼓膜を揺らがす。


『はーはっはァ! どうやら快適なノアの旅は楽しんでいただけたらしいな!』


 それでもミナトの意識に東の声は届かない。

 なぜなら瞳は、ずっと別の物を映しつづけている。


『これにて革命派実働チーム全員集結といったところだ! 死人も怪我人もない! まさにつつがないといったパーフェクトさだな!』


 闇を抜けた先いっぱいに世界があった。

 1つや2つではない。もっとずっと多くの世界が星々と同じように気高く美しく、蒼い光をまとっている。


『我々フレクサーは対応する力を手に入れた。人類は母なる星から飛び出し新たな無限の空に適応する』


 それら光のひとひらすべてが人間だった。

 人間たちが群れを成して無重力で無酸素な甲板上を縦横無尽に駆け巡っている。

 その神々しい姿を大きく捉えるならばさながら翼だ。両翼を広げて宇宙ソラ征く大翼の白鳥の如し。

 透明な管のなかを疾走するミナトという革命の鍵を中央に置き、蒼き光たちが両翼を広げるようにして隊列を組む。

 尋常ではない数の人間たちだった。脳が理解を停止した。甲板上の人間たちが宇宙空間のなかでフレックスをまといながら併走している。


「馬、鹿やろ……! 多過ぎだっての……!」


『フフン、まさに言葉も出ないといった感じだな。だが、我々が少数で革命を行っていると伝えた覚えはないぞ。しかもここにいるのはフレックスに覚えのある精鋭の実働部隊だけだ。戦闘に参加していない他のメンバーたちはどこかでこの声を聴いているだろうな』


 東による意地の悪い含み笑いだった。

 つづけて聞いたこともないほどの様々な声が、ALECナノコンピューターを通して響いてくる。

 あちらにいるのは兄妹だろうか。器量の良い妹と人当たりの良さそうな少年が仲睦まじく隣り合う。


『白兄様あれを見て下さい! リベレーターは私たちとあまり年齢が変わらない子みたいですよ!』


『僕たちにすら前情報は伏せられていたからね。きっと東も僕たちのことを驚かせたかったんだだろう』


 目を爛々と輝かせる妹に袖引かれた兄が頭を揺らして困り果てている。

 その向こう側にいるのは夫婦か。


『東のことだから女を連れてくるかと思ってたのに男だったか! しかもかなり線が細いな! 鍛えがいがあっていいぞォ!』


『あら細身がお気に召さなくて? 私はああいう線の細い子ってそのままでも好みだわぁ?』


 筋骨逞しい男がポージングすると、隣のセクシーな女性が控え目に笑う。

 もっとも目立っているのは管を隔てて反対側の少女たちだ。


『スパイシーサプら~イズ! ねねね、あの子なんか楽器とか出来るかな! 歌とか一緒に歌えちゃったりするのかな!』


『いやぁ、アザーからきてんだし無理じゃなイ? 音を楽しんでる余裕とかある環境じゃないらしいヨォ?』


 光沢煌びやかかつひらひらと揺れる衣装は、場違いにもほどがある。

 しかもうつらうつら寝ながら走っている少女までいた。


『んぇあ……? まだ夜じゃん? ……すやぴぃ……』


 ワイワイガヤガヤ、と。とてつもない数の声と声が重なり合って音の壁を作り出している。

 しかしそのどれもが革命の鍵との出会いを讃え祝うもの――とは限らないが――ばかり。

 宇宙に紛れもない世界がいくつも広がっていた。互いを主張し、尊重し、強調し、それぞれが色鮮やかな性質を秘めて活気づいている。


『約200名のすべてがお前の夢を叶えるための盾だ! どうだミナト滾ってくるだろう!』


 こんなものを見せられていっぱいいっぱいだった。

 ミナトにとってこれほど美しい光景は短き人生のなかで見たことがない。

 だから見たいのにぼんやりと歪んで見えやしない。シールドをこじ開けて拭っても止めどない。


「……最高に……綺麗だ………! うん……嘘じゃない……!」


 胸のうちに希望の光が灯るほど美しかった。

 濡れた瞳に映りきらないほどの光が確かに存在している。

 命という光の粒がそれぞれわがままなほど身勝手に輝きを放っていた。


『はぁーはっはっは! 最高の褒め言葉として受け取っておこう!』


 東が高笑いを決めると、《マテリアル》のメンバーも堪えきれぬとばかりに吹き出す。

 だけではなく周囲の人々全員が暖かな眼差しでミナトのことを見つめている。


『ではここからラストチャプターへと移行する! 再び全員が揃う決戦の地は艦橋地区だ!』


 白くたなびく羽織はこれだけの数でも目立つ。

 そんな東のみを残し、革命派たちはぐっ、と走るスピードを早めた。

 あっという間に蒼き光は遠退いていってしまう。50kmで走行するバイクはおいて行かれてしまうほど、尋常ではない早さ。

 そして置いて行かれてしまった東は、軽快に指をパチリと鳴らす。


『そしてメイクアチョイス! 杏、ジュン、愛くん、ウィロメナくんたちは伏せていた情報を解禁しろ! そして親元を離れて独立したミナトへ人類の未来を選択させろ!』


 それを聞いて《マテリアル》のメンバーは各々深く重く首を縦に振った。

 去りゆく東の背を見送りながら、友たちの口から穏健派たちの意思が明かされていく。


「……………………」


 ミナトはヘルメットの内側に響く友の声を静かに心へと刻む。

 真実を知るにつれて確かな怒りが沸々と少年のなかで煮えていった。

 揺るがぬ覚悟を籠めた視線が、決戦の環境地区を睨みつづけていた。



  ♪    ♪   ♪   ♪   ♪

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る