26話 正義に裏に存在する正義 『EGO』

 司令であるミスティからの指示は、即断の反転だった。

 第2世代であるだけでもやっかいなのだ。そのうえ《不敵プロセス》のジュンが辿り着いたのであれば手の出しようがない。

 チーム《キングオブシャドウ》たちはパラダイムシフトスーツの上に迷彩のポンチョを身にまとい直す。最終局面に備えるため滑走を開始する。


「不可解。なぜはじめからジュンを警護に付けていなかった?」


『東の策に一杯食わされたということになるな。こちらはリベレイターが囮役を担っていると思い込まされていたんだ』


 チーム行動は凄まじく俊敏だった。

 すでに身は闇に溶け込んでいる。ビルとビルを乗り継ぐようにして市街地を駆る。

 通信をしながらも「策? どういうこと?」彼女たちの疾走に迷いはない。


『囮役はリベレイターではない。かといってジュンでもない。ここまで言えばわかるか?』


「ッ。革命派の全員が私たちを各方面へ散らすための囮役を担っていた」


『そうなると奴らはハナから我々如きを気にも掛けていなかったとういことになる。第2世代たちとリベレイターを別行動にしたのもそこを狙わせるための布石だったということさ』


 つまり眼中にない。清水の如き美しき音色がフフと、はにかむ。

 これにはさすがに無色透明だったはずの表情に僅かな揺らぎが生じる。


「ならどうする。もう……後がない」


『さて、あの男がここから逆転を許すほど甘ければよかったのだがな。ここまで裏をかかれてしまってはもはや手がつけられない』


「無責任……怠惰。笑っている余裕なんてないはず」


『我ながら呆れ果てているだけさ。慎重男がここまで無謀な策を……いや、綿密に組み上げたのだろうな。己が納得可能な段階へと至るまで幾億という時間を掛けて』


 すでに居住地区は手が付けられぬ状態と化していことくらい彼女だって認知しているはず。

 こちらは完全に革命派の手のひらの上で踊らされていた。

 まずもってして計画を練る隙さえ与えられていないのだ。革命の鍵を手にし2日と経たずに行動を開始するなんて予測がつくものか。

 と、ビル伝いに疾走していると、街中に異変を察知する。


「国京杏おおお!! 今日という今日は許しませんわあああ!!」


 足下から夜闇を裂かんばかりの悲痛めいた悲鳴が木霊した。

 声のする方を見れば毛玉――否――やけにボリューミーな髪型をした少女が横たわっている。

 しかも4つ輪に轢かれた蛙のような間抜けな格好で路地へ貼りつけにされてしまっているらしい。

 一見しただけで理解に及ぶ。あれは《仕掛けモード》による重力強化を駆けられているのだ。さらには悲鳴にあったよう通り国京杏が彼女を大地に縛り付けたということ。


「藤ノ森家の跡継ぎである偉大なワタクシにこのような仕打ちをするとは――言・語・道・断ッ!! ど、どなたかこの忌々しい重みからお助けくださいまし~~~!!」


 あれほど負け犬の遠吠えを地で行くこともないだろう。地団駄を踏むことさえ許されていない。

 ちらり、と。影の1人が視線だけでこちらへ指示を仰ぐ。


「無視」


 冷静かつ端的な即断即決だった。

 どころか影の1人もまた異を唱えることさえせず。こくりと1度だけ頷いて離れていく。

 今や穏健派に足を止めている余裕はない。なにせ革命の鍵を追う側だったはずが、革命派によって追われている。


――攻めによる完全な守り。これほど用意周到な作戦を行うには素人如きでは無理。長い訓練が必要不可欠のはず。


 十中八九。革命派は綿密な訓練と膨大な学習を要して革命に挑んでいるのだ。

 対してこちらは右往左往とさせられるばかり。策を練る暇も、対抗するための時間も、なにもかもを縛られている。

 東の巻いた策は即効性のある猛毒と同じだった。それによってすでに盤上の旗手は、王に触れかかっている。


「もう、私たちにとれる手段は1つだけ。だけど……」


 いいの? 決定はすべて彼女1人が担っている。

 そしてその決定を下させることこそが、彼女をもっとも苦しめるのと同義だった。

 ミスティ・ルートヴィッヒは温情ある優しく勇敢な指揮官なのだ。その上、己の目指す道でさえ踏みにじってでも人々の願いに呼応してくれた。いわば穏健派にとっての恩人だった。 


『総員、艦橋地区に集結せよ。管理棟を背負いつつ革命派へ総力戦を挑む』


 そして一切の躊躇すらなく下される。

 逆転の術はただ1つのみ。こちらが逆にあちらの王を始末するしかない。


「……ありがとう……」


 優秀な決断にその言葉は侮辱になりかねぬことくらいわかっていた。

 それでもいち影として、彼女の行為を讃えなくては気が済まなかった。

 ただ1人を信愛する影としてこれだけはなんとしてでも伝えておかねばならなかった。


『礼などいらんさ。人が生を渇望することになんの罪があるというのか』


 すると彼女はいつものように――おそらく普段通りの端正な笑みで――フフと笑う。


『我々はただ……少しでも長く人で在りつづけたいだけなのだか――』


「……? ――なッ!?」


 移動の最中、唐突に現れた影が影に重なった。

 不意を突かれた。会話に興じていたことが起因したか、はたまた任務中だというのに感情を注いでいたからか。


「そう。ミスティさんの言うとおり人は人として生きる権利があるんですよ」


「どうやってッ!? いつの間にッ!?」


 それはどちらも否だ。

 なにせこちらはチームで行動しつつ死角という隙をすべて潰しながら移動していたのだ。そこに隙や油断が介入する余白なんてあるはずがない。

 それでもなお割り込まれる。滑走するチーム《キングオブシャドウ》のなかにあたかもはじめからいたかの如くだ。

 白きをまといし1人が当たり前のように混ざっている。


「クッ!」


 反射的に肩に背負っていた狙撃銃の銃口をあちらに構えた。

 しかしもういない。先ほどまで併走していたはずの白き影は蒼き尾を残しとうに消滅している。

 これが第1世代ファーストジェンレーション第2世代セカンドジェネレーションの決定的なまでに埋まらぬ差だった。柔軟性のあるフレックスという能力でただ1方向を極めし者相手に、数なんて優位は無価値と成り果てる。


「散開!! 敵を相手にせず1人でも多く艦橋地区へ到達することのみを考えて!!」


 相手は心の動静と挙動を読みながら行動する天才だった。

 だが、第1世代とはいえこちらだって熟練者プロである。

 猶予で限りなく正解を導き出すのもまた任務遂行に必要な資格だった。

 それでももう振り返るだけの時間を少女は与えてくれない。


「ご存じの通りジュンの《不敵》が銃弾如きで破れるわけもないですし、だからもう撃たないでおいたほうが身のためです。もし銃弾が反射して死人でも出たらミナトさんが悲しんでしまいますから」


 ぴったりと背後に付いた白き影は、2刀の白金色手に帯びて影の影と化している。

 そして第2世代《心経ハモニカ》のウィロメナ・カルヴェロただ1人によって、影たちは壊滅を余儀なくされた。




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