第71話
翌朝起きると目の前に柊生がいる。
前まで当たり前だった光景を久しぶりに目の当たりにした私は心が癒される気分だった。柊生の無防備な寝顔は可愛い。
「う〜ん。ももちゃん起きるの早いね」
目を擦りながらあくびをする柊生。
「早く目が覚めちゃった」
「よく寝れた?」
「うん」
本当はあまり眠れなかった。
だってここで寝るのがこれで最後だったから。
「病院何時から?」
「11時に受付だよ」
「じゃあそろそろ用意しないとね」
「そうだね、柊生は何か食べていいよ」
「ダメだよ、ももちゃんがお腹空かせてるのに俺だけ食べるなんて出来ないよ」
「でもお腹空いてるでしょ?」
「俺が頑固なの知らないの?」
「はいはい、わかったよ」
「諦めはやっ!」
「だって本当に頑固だもんね」
「ももちゃんの事になるとね!」
何気ない会話をしながら私は柊生に感謝していた。柊生がいてくれなかったらこの部屋から出られなかったかもしれないし、不安で押し潰されていたかもしれない。
気が紛れるって言ったら悪いけど、柊生といると話は尽きないし愛されている実感が湧く。それってすごいパワーを貰っているわけで、ありがたい事なんだって改めて思った。
柊生と私は準備を済ますと、予めまとめておいた私の荷物を持って、部屋を出た。
部屋を出る時、もうここには来れない、嫌だ、出て行きたくないって強く思ったが柊生が手を引いてくれたお陰で振り向かず出る事が出来た。
鍵を閉めた手には汗が滲んでいた。
その鍵はポストに入れた。
そして、冬馬さんのお母さんには最後にメールをした。迷惑をかけてすみませんでした。冬馬さんの事忘れませんと。
荷物を駅のコインロッカーに一旦預けた。
電車は人が多くて今は乗りたくなかった為タクシーで病院に向かった。
病院に着くと、受付をして待合室で待っていた。
「ももちゃん大丈夫?」
柊生が私の手を握って言った。
「うん、柊生がいるから心強いよ」
「どこも行かずに待ってるからね」
「ありがとう」
しばらく待っていると名前を呼ばれ、診察室に入る。
柊生はそのまま待合室で待ってもらう事になった。
私は看護師さんに名前と生年月日を確認されて、診察台に寝かされる。
最初に麻酔を注射された。
麻酔で意識が完全になくなる直前に先生が器具を挿入するのが分かったが、その後の記憶はない。
次に意識が戻った時には既に病室にいた。
そして吐き気がすごかったが、胃は空っぽで胃液を吐くのがとてもしんどかった。
しかし、寝不足だった事もあり、目も完全に覚めぬまま再び眠りについた私は夢を見た。
冬馬さんの夢だ。
周りに何もない真っ白な場所で赤ちゃんがいて冬馬さんがあやしていた。赤ちゃんも冬馬さんも裸だった。それを少し遠くで私が見ている。近づこうとして歩いても距離が縮まらない。触れようとしても届かない。もどかしさが残ったまま夢は終わった。
夢だと分かっていても胸が締め付けられる思いだった。
命は儚い。だからこそ尊いのだ。私は冬馬さんと子供の分まで生きていこうと心に誓った。
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