69話:新たな?相棒





 邪界じゃかいでは重罪人。

 聖界せいかいでは招かれざる客。

 どこにも居場所がない自分は、いっそのこと旅人になって世界中をさすらおうか。

 

 

 なんて気軽に考えた二刻前の自分を罵ってやりたい。

 


「……迷った」



 あれから人の目のない場所へ場所へと歩き続けた結果、無事に人気のない森に辿り着くことができたのだが、聖界の地理がまったくわからない蒼翠そうすいは当然のごとく迷い人となった。

 せめて出て行くなら地図か、神出鬼没だが絶妙なところで現れる仙人を捕まえてからにすればよかった。そうすれば連れ出して貰えただろうし、旅人になる心得も教えて貰えたかもしれない。

 完璧に時期を見誤った。

 正直、聖界の宮殿への戻り方ももう分からない。

 


「今からどうしようかな……」



 歩き疲れて切り株に腰かけながら、小さくぼやく。

 今日はきっと野宿になるだろう。食事は少しぐらい抜いても大丈夫だが、問題は夜に野犬や獰猛な獣と遭遇しないかどうかだ。いくら霊術が使えても寝込みを襲われたらひとたまりもない。

 どこかに宿か、廃屋でもいいから雨風が凌げる場所があればいいのだが。そう思いながら周囲を見回していた時、不意に草陰からピィーピィーピィーと、鬱蒼と茂る森に合わない甲高い鳴き声が聞こえた。

 


「なんだ……鳥の鳴き声か?」


 

 音のする方に視線を向けると、膝まである草の間を黒い影がゆっくりと動いている様子が見えて、蒼翠は思わず警戒する。

 まさか獣か。影の大きさから見て、その物体は両腕に収まるほどの大きさであることは分かるが、その姿は見えない。動きはそんなに早くないため、いざという時は自分の攻撃術でも応対できそうだ。

 しかし、だからと油断はできない。姿を現した瞬間に獰猛どうもうになる場合だって考えられる。

 蒼翠は術発動の体勢をとりながら、どんどん蒼翠のもとへと近づ影が草から出てくるのを待つ。



 それから数拍。

 草陰から飛び出てきたのは。

 

 

 ピィーピィーピィーピィー。

  


「え、ヒヨコ……?」



 姿形、そして鳴き声は完全にヒヨコそのものだった。

 


「いや、でもデカっ!」



 しかし、そのヒヨコは驚くほどにデカかった。

 蒼翠の知っているヒヨコは掌に収まるサイズだが、目の前に現れたのはニワトリと同じぐらいの大きさで、しかも体表は黄色ではなく頭と胴体が鮮やかな朱色、背が天色あまいろというトンデモだが美しいな色をしている。

 不思議な色のヒヨコだ。この世界に転生してから様々な変わった生き物を見てきたが、ここまで綺麗な色は見たことがない。

 蒼翠は興味深げにヒヨコを見つめる。

 

 

 と、思わず目が合ってしまった。



 ピィーピィーピィーピィー。

 

 

 途端に親でも見つけたかのような勢いで、色つきヒヨコがヒョコヒョコとこちらに近づいてくる。

 


「いやいやいやいや、俺、お前の母鳥じゃないから!」



 刷り込みは困る。非常に困る。こう見えて自分は今、行く先が行方不明な男だ。ここで頼られても何もしてやれない。

 蒼翠は慌てながら色つきヒヨコに止まるよう呼びかける。が、当然話が通じるはずもなく、色つきは蒼翠の目の前まで来てしまった。

 その時に、ふと気づく。

 


「あれ、お前もしかしてケガしてる?」



 胴体が朱色ゆえ近くに来るまで気づかなかったが、腹の部分に血がついている。蒼翠は足元でピィーピィーと鳴き続けるヒヨコに恐る恐る手を伸ばし、突かれないことを確認するとゆっくりと抱き上げた。



「木の枝にでも引っかけたか? ドジだな」



 腕の中のヒヨコは暴れることもなく、大人しく収まってくれている。

 もしかしてどこかで飼われていたヒヨコだったか。



「待ってろ、これぐらいの傷なら俺でも治してやれる」



 補助系や回復系の霊術なら得意だ、と蒼翠はヒヨコの怪我に手をかざす。そうしてゆっくりと傷を癒す術を発動させる。だが。

 


「あれ……あまり治ってない……?」



 術をかけた部分を確認するが、なぜか傷が塞がっていない。正確に言えばほんの少しだけ治ってはいるのだが、思うような効果が現れていなかった。

 このぐらいのものならすぐにでも治癒するはずなのに。

 


「もう一回かけてみるか」



 もしかしたら浅く見えて実は傷が深いのかもしれない。そう考え、再び術をかけ直す。

 しかし何度かけ直しても、長い時間かけてみても、やはりヒヨコの傷は治らなくて。

 


「……嘘だろ」



 霊力の半分以上を使ったのに、ヒヨコの痛々しい姿は変わらない。



「これ、もしかして怪我じゃなくて病なのか?」



 表面的なものでなく内臓などの内面的な負傷だった場合、回復術だけでは治せない。薬草などを擦り潰して混ぜ合わせた傷薬か湯薬が必要になってくるので、身ひとつで何も持っていない蒼翠では何もできない。

 こんな時、無風がいてくれたらすぐにでも問題は解決するのに。



「……いや、だめだな」



 自分はこれまでも無風に頼りすぎていた。一人で生きていくと決めたのなら、ここは自分でなんとかしなければ。蒼翠は神眼術しんがんじゅつを発動させ、周囲に人や建物がないかを探す。

 すると森の北側に見える山の中腹に、古いが灯りがともる寺のような建物が見えた。

 寺ならある程度の薬草はあるだろうし、町から離れた山の中で生活しているとなればある程度傷や病を学んだ僧がいるかもしれない。ここからはかなり遠いが、今頼れるのはあそこしかない。



「一応、俺の象徴は鳳凰だしな。お前とは鳥繋がりで何かの縁だろう」



 怪我をした色つきヒヨコを抱えたまま術を使って飛ぶと傷を悪化させてしまう可能性があるため、歩いていくしかない。そうなると少々、というかかなりの距離を歩くことになるだろう。

 が、どうせやることもなければ行くあてもない。

 


「よし、行くか」

 

 

 そう決めた蒼翠はヒヨコを抱えたまま立ち上がると、ピィーピィーと嬉しそうに鳴く相棒とともに寺を目指すのだった。




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