第九話 透瓏さん、あなたは本物なんです?
記憶というのは曖昧なものです。思い込みや勘違いによって、いくらでも変化します。なんなら、実際にはこうだったはずだと必死で思い込めば、それが真実であるかのように感じてしまうこともあるくらいです。
けれど、逆にですね、事実とまったく異なる物語というのも、人間の脳は生み出せないともいわれています。
思うんですけどね、皆さんのお話は事実から歪んでいる部分があるかもしれません。でも、完全な偽りとも言い切れないのだと感じているのです。
つまり、ある部分において、皆さんのお話は本当にあったことなのではないでしょうか。
それで、
孤島に拉致されたという部分ではフリードと。強制的に殺し合いをさせられるというのは
そして、最後の核戦争に巻き込まれて死ぬという部分は、露木さんもフリードも話しています。
いやいや、別にほかの方のお話を真似したとか、その逆だとか、そんな話をしたいわけじゃないんです。
ただ、時間軸を考えた場合、降屋さんが一番古くてで、伝吉さんが一番新しいお話だとすると、その中間に位置するんじゃないかと、そう思いまして。
また、少し思い出した話をさせてください。
私は
その男は無人島ででも生活していたような粗末な服装をしています。私は男の前に座り、寄見は私の背後に座っていました。背中越しに寄見の声が聞こえます。
「それではあなたの覚えていることを教えてもらいましょう」
その言葉に男は何かを思い出すように、沈黙し、目玉がギョロギョロと動かしました。そしてポツリポツリと話し始めたのです。
「俺は……名前は
男――水道橋さんが話すには、彼は水道管のマニアだといいます。人目につかない場所を掘り起こしては水道管を見つけ、その水道管を愛でることを趣味にしていたのだそうです。私にはまったくわからない感覚ですけど。
やがて、水道橋さんは剥き出しになった水道管を眺めるだけでは飽き足らなくなり、ついには水道管を外し、その中を覗くようになりました。
こうなると、周辺でパニックが起こります。それは当然でしょう。水道が使えなくなるんですからね。
警察が動き、目撃情報や足跡から水道橋さんが容疑者として名前が上がるのに大した時間はかかりませんでした。水道橋さんは逮捕され、やがて懲役を科せられることになりました。
刑務所での暮らしは水道橋さんにとってつらいものでした。愛してやまない水道管から遠ざけられて暮らすことになったのですから。
私としては刑務所にも水道管はあるのでは、そう思うのですが、水道橋さんの感覚では違うもののようでした。マニアのこだわりというものは理解できないものです。
水道橋さんは彼を告訴した水道局でもなく、逮捕した警察でもなく、自分を弁護し切れなかった弁護士を恨むようになります。その感情を利用されたのでしょう。
彼に接触するものがありました。それはデスゲームの主催者でした。主催者は弁護士に恨みを抱くものを孤島に集めているといいます。賞金が出ることも仄めかされ、何より弁護士への恨みが掻き立てられたこともあり、水道橋さんは参加することにしました。
私の考えなんですけどね、もともと水道橋さんはたいして弁護士を恨んでいたわけではないんじゃないでしょうか。デスゲームの主催者、あるいはその手のものに先導され、弁護士への恨みを捏造されたのではないか、そう思えてならないんです。
人間の記憶というのは簡単に捻じ曲げられるものですから。
「それで、その弁護士がどんな人だったか教えてくれるかい。容姿だとか体格だとか、特徴は覚えているかな」
寄見が水道橋さんに質問しました。
また、水道橋さんの目玉がギョロギョロと周囲を見るように動き、そして話し始めます。
「小柄で痩せていた……。顔はあまり特徴ないかな、貧相な男だったよ。名前は……確か……」
目玉がギョロつき、寄り目になりました。そうして、ようやく思い出せたようです。
「……
この話、聞き覚えありますよね、透瓏さん。この水道橋さんという人、あなたのお話に登場した人物じゃないですか。でも、水道橋さんは敵対した弁護士の名前を小島さんといっています。
透瓏さん、あなたは本当に
いやいや、責めているわけじゃないんです。ただ、ここにいる皆さん、自分が本当に自分だと言い切れますか? 自分の話した内容や、思い出せる記憶、それが自分自身のものだと本当に思えるなら、それでいいんですけどね。
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