第七話 私を殺すの? また殺すの? ねえ、なんで?

 スプレーを振りかけると、その場に残った匂いに色が付いていった。それは地面の土の匂いであったり、コンクリートの匂いであったりするのだけれど、中には私や寄見さんの靴の匂いも混じっている。

 色はとぎれとぎれで、判断するのに時間はかかったけど、中に青紫色に発光する匂いを見つけることができた。それが辺見瑠璃へんみるりの匂いだったのね。


 スプレーを振りかけながら、辺見の足跡を探す。

 その行先は、アスファルトの道から分岐する砂利道へと続いていたの。ずっとヒールで歩いてたから、すでにだいぶ足が痛かった。でも、行かないわけにもいかない。ちょっと躊躇する気持ちもあったけれど、私は進んでいったのよ。

 そこで、青紫の髪を棚引かせる影に追いついた。辺見だ。


 私は気づかれないように息を潜めると、お札からパチンコを開放する。そして、足元の砂利を一つ掴むと、パチンコを引き絞り、放った。

 ヒュンっと砂利が飛んだが、空気抵抗が思ったよりも大きかったみたいで、砂利のとんだ先は辺見から大きくずれる。その横の木に命中した。

 木は砂利が当たった瞬間に、立方体のような形状に分割されると、パラパラとそのまま地面へと崩れていく。


「え、あ、ええええ」


 私は思わず叫んでしまった。

 石つぶてをぶつけるだけのつもりだったのに、一瞬でぶつけた相手を粉々にしてしまうなんて思っていない。その狼狽えた感情がそのまま声になって出てしまった。

 そして、そのせいで辺見は私に気づいた。振り返って私を見てくる。


――フフフウフフフフ


 辺見は笑顔を見せる。口元が歪み、その目は光ったように見えた。

 笑ったまま、私に向かってじりじりと近づいてくる。


 怖かった。辺見が私に対して何をするのか見当もつかない。

 手元にはまだ砂利が残っている。それをパチンコのゴムの部分にひっかけ、再度放った。


 パチン


 砂利は辺見の額に見事に命中する。

 次の瞬間、辺見の身体が立方体に分かれていく。そして、パラパラと地面に落ちていった。


「あ、勝った」


 あっけなかった。これが、死者たちによる遊戯デスゲームに勝ったということなんだろうか。

 実感はなかったけど、安心した。緊張の糸がぷつりと切れ、私はその場に座り込む。足もジンジンと痛かった。


 けれど、――みんな、わかってると思うんだけど――これで終わりじゃない。

 立方体の破片となった辺見の肉体は、ドロドロと液状に変化していた。それが混ざり合い、やがて人の姿を取り始める。

 いつの間にか、私の目の前に辺見が立っていた。


 辺見は私を見下ろしながら、ニタリと笑った。

 そして、私を無理やり立たせると、私の肩に噛みつく。


「ぎいやあああああああ」


 あまりの痛みに私は叫び声を上げた。肩の肉が噛み千切られたのがわかる。左腕はもう上げることができなかった。

 それでも、その痛みと恐怖は私を動かす。足の痛みも肩から流れる血肉も忘れて、一心不乱に走り始めた。


「はあはあはあ」


 四谷さんの家の近くまで戻ってきていた。私は行く手を阻む壁の前でへたり込む。

 左腕は上がらない。それでも、どうにかパチンコに石を引っ掛け、不格好な体勢ながらもパチンコを撃てるように手を引っ掛けていた。

 しかし、辺見はすぐに私の前に現れる。


 ――きゃははははははは


 高らかな笑い声が響き、辺見の腕が迫ってきた。

 でも、それは予想済み。私はぱっと立ち上がり、その腕を避けた。辺見は姿勢を崩し、壁に激突する。

 その瞬間、壁から腕が出現し、辺見を捕まえてしまう。


 私が四谷さんの家から最初に出た時に、いつの間にか出現していた壁がこの壁だ。その時は目玉がギョロリと出現していたが、今度は腕が出てきた。

 有名なぬりかべという妖怪なのだろう。


 そして、私にはパチンコを撃つ姿勢ができている。辺見目掛けて石つぶてを放った。辺見は立方体の形状にバラバラになる。

 それでも、液状になって辺見は融合し始めようとするが、さらにパチンコを撃つ。今度はぬりかべがバラバラになった。辺見の破片はぬりかべの大量の破片に埋もれる。


「はん、ざまぁ。せいぜい溶けて混ざり合ってろ」


 私はそう呟くと、四谷さんの家に戻っていく。

 でも、この時、辺見がぬりかべと一体化して、おぞましい姿に変貌していることに、気づいていなかった。

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