第十話 逃げ切るつもりか? お前は今どこにいるんだ? クックックッ

 穴が続いていた。俺は這いながらも先へ進んでいく。

 辺見瑠璃へんみるりが追ってくる気配はなかった。


 そのまま、どんどんと先へ進んでいったんだ。やがて、大きな空間の広がる場所に辿り着く。

 俺が予想した通り、地下にドッグがあった。

 海へと続く洞窟につながっており、ヨットがつながれている。


「ようやく来たか。随分と時間がかかったな」


 声が聞こえた。その方向に目をやると、何者かがいる。

 ハンマーを手にした、船員風の男だ。


「誰だ?」


 見覚えのない人物だった。

 すると、男はいらだったように声を上げる。


結婚目的略取けっこんもくてきりゃくしゅ誘致罪ゆうちざい目黒めぐろ楽囚らくしゅうだ。覚えてないのかよ」


 それを聞いて、ようやくピンと来た。その姿をほとんど見ていなかったので、わからなかったのだ。

 しかし、こいつが俺を待っていたとでもいうのか。


「俺の罪状は結婚目的略取・誘致罪。あくまで人と生きるために犯罪を犯したんだ。とても人を殺す覚悟なんて持てやしないのさ。だから、適当に戦うふりだけして、逃げる準備をしていたんだ。

 ここのスタッフはその辺に転がっている。あんた、ここを出たいならヨットに乗ってもいいぜ」


 確かにロープで全身を縛られた、人々がその辺りにいる。

 目黒を信じていいのかは半信半疑だったが、その時の俺には選択肢がなかった。俺を殺そうとしている奴らのいる島に残るわけなんてない。何より恐ろしいのは辺見の存在だ。

 俺は目黒を促して、すぐにヨットを出発させる。


 ヨットは海底洞窟を抜けて、島の外に出た。


「どこに進んでいるのか、わかっているのか」


 俺は操縦席に座る目黒に対し、疑問を投げかける。

 すると、目黒は心外だとでも言うのか、口を尖らせた。


「俺の犯罪歴を何だと思ってるんだ? 結婚目的略取・誘致罪の目黒だぞ。

 俺は結婚に同意しない彼女を故郷の島に略取して捕まったんだ。船の操縦ならお手のものさ」


 ひどく不安になるようなことを言う。


「それに、今時は船舶もナビの時代だ。何の問題もない」


 操縦席を覗き込むと、確かにモニターがあり、ナビが映っている。その通りに進んでいるようだ。

 俺は安心して、椅子に座る。気づかないうちに、うとうとと眠り始めていた。


 どれだけの時間が経っただろうか。

 ドゴーンという爆発音で俺は目覚めた。ドーンドーンと爆発音が近くから聞こえ、いつまでも鳴り止まない。


「何が起きたんだ?」


 しかし、それに答えるものはいない。操縦席は焼け焦げた跡があり、目黒の存在も跡形もない。

 爆発によって吹き飛ばされたのだろうか。それを考えると、自分が生きているのが奇跡的とさえ思えた。

 一体、何が起きたんだ? 俺はヨットの外を眺める。


 都会の街並みが見えていた。

 しかし、それはまさに破壊されているところである。ミサイルが落下し、爆発する。それによって、都市が瞬く間に吹き飛ばされ、瓦礫だけが残された。


 なんなんだ、何が始まっているんだ。わけがわからない。

 俺が無人島に連れ去られている間に、戦争が始まったとでもいうのか。


 周囲の海にも何度もミサイルが落ちてきて、爆発した。爆発は波を起こし、ヨットは揺れ、水しぶきが降りかかってくる。


 こんなところにはいられない。逃げなくては。

 そうは思ったが、ヨットの操縦席は吹き飛び、ハンドルさえ見当たらない。操縦することも不可能だ。


 泳ぐしかないのか。

 俺は浮き輪を手にし、ヨットの甲板に這い出る。そして、海面を見つめた。

 海は荒れている。その水面の奥には深い海が広がっているのだろう。

 俺は途端に恐ろしくなった。その場でへたりと座り込むが、その時、爆発が起き、またヨットが揺れる。大きな波が襲ってきて、それはヨットを飲み込んだ。


 俺は海の中に叩き込まれてしまった。

 とはいえ、浮き輪があるのだ。俺はどうにか海上へと浮き上がる。

 だが、海面へと顔を覗かせると、周囲が真っ白になり、爆発音が響いた。次の瞬間、熱波が俺の全身を襲う。熱い。皮膚が焼けただれていくのがわかる。

 さらに、さまざまな破片や水滴が俺の全身を襲い、皮膚を剥ぎ、骨を砕いていった。


 俺はそのまま海の中へと沈んでいった。暗い、暗い、闇の中へと。

 肉を露出させ、血が水と一体になり、熱さと痛みを全身で感じていた。呼吸もできず、海水が裂けた頬から入り込んでくる。

 そんな苦痛の中、泳ぐ体力も気力も失せ、ただひたすら楽になることを願っていた。

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