第二話 自分の犯した過ちが返ってきてるだけなんだよ、ブハハハハハ

 おいおい、弁護士なんだから、元依頼主くらい説得してみせろって?

 無茶苦茶だよ、あんた。そんなことできるわけないだろ。今まさに覚悟ガンギマリで襲いかかってきてる奴だぜ。説得なんかするより、逃げることに全力を出した方がいいに決まってる。

 当たり前だ、俺もそん時ゃ逃げようとしたよ。


 テロ等準備罪とうじゅんびざい寄見頑人よりみがんとは片手に瓶を、片手にライターを持っていた。瓶には導火線のようなものが垂れている。これは……。


「火炎瓶だぜ、こいつで燃え尽きな、イカサマ弁護士センセイ!」


 俺は全速力で逃げようとしたさ。だけど、足が縺れて、上手く走れない。どころか、その場で倒れ込んでしまった。人間、慌てると何もかもてんでダメになってしまうもんだな。

 だけど、それがかえって良かったんだ。


 火炎瓶は俺の頭上を優に飛び越えて、その先の草むらに突っ込んでいった。ぽすっ、なんて間抜けな音を立ててな。

 だけど、次に起こったことは、決して微笑ましいことではなかったぜ。草むらにはガソリンでも撒かれていたんだろう。火炎瓶から火がついて、瞬く間に炎上した。

 その熱気は俺にも伝わってくる。熱いったらなかった。


 幸運だったのはその場で倒れ込んでいたことさ。

 もし、しっかり走り抜けていたなら、きっと炎の中に突っ込んでいただろう。世の中、何が幸いするかわからないものだ。

 だが、それに対して、寄見はブチ切れ始めた。


「ッテメェー、俺の準備を台無しにしやがってェ! ぶち殺してやる!」


 寄見はポケットからバタフライナイフを取り出した。折り畳みナイフの一種であるが、流れるように出し入れするのがカッコよさげなせいか、中学二年生が憧れることの多い逸品である。

 そのバタフライナイフを回転させながら、寄見は俺に近づいてきた。この回転させるやつも、しっかり準備してきた成果なのだろう。

 それに対して、俺にできたことはどうにか立ち上がり、体勢を立て直すことだけだった。


 寄見のナイフが迫ってくる。俺はとっさに内ポケットから六法全書ミニを取り出して、ナイフを払おうとした。その思惑は当たり、まんまとナイフが六法全書ミニに突き刺さる。勢いのまま、六法全書ミニとナイフをぶん投げた。

 そして、そのまま、駆け出たんだ。


 今度は上手く走ることができた。寄見は追ってきていないのか、いつの間にかいなくなっている。

 道は突き当り、その先には池があった。俺は池の前でゼーハーゼーハーと息を整える。

 どうにか落ち着ける、そう思った時だ。


 池の中から、俺の足を掴んでくるものがあった。そして、俺を池の中に引きずり込もうとする。


「う、うわああ」


 俺を掴んだ奴の腕を反対側の足で踏みつけ、どうにか振り払う。

 すると、池の中からダイビングスーツを身に纏った男が現れた。どこかで見た顔だな、そう感じる。


「俺は水道損壊罪すいどうそんかいざい水道橋すいどうばし玉三郎たまさぶろう! 懲役は2年だ!」


 水道橋を名乗る男が叫んだ。

 そうか、こいつも俺が担当した被疑者だ。水道損壊なんて動機の意味不明な犯罪にもかかわらず、情状酌量の余地を引き出したのは俺の弁護があったからだ。こいつも俺に感謝して然るべきだろ。


舞手井まいてい、お前のせいでおれは水道管のない日々を2年も……」


 くっ。バカが。逆恨みでしかないぞ、そんなの。

 俺は理不尽な思いをどうにか飲み込んで、池を避けて、走り始める。道のりは林に向かっていた。


 道を進んでいくと、奇妙な盛り上がりのある場所があった。嫌な予感がして、その場所は迂回して、先ヘ進もうとする。

 その時だ。木の上から何者かが落ちてきた。


「俺は目黒めぐろ楽囚らくしゅうだ! 結婚目的略取けっこんもくてきりゃくしゅ誘致罪ゆうちざいで、懲役10年!」


 目黒は落下しながらも名乗りを上げる。

 そして、盛り上がった場所にハンマーを振り下ろした。ハンマーはそのまま盛り上がりに打突し、その場所を抉る。盛り上がりは落とし穴だったらしく、ハンマーはそのまま穴の中へ沈んでいく。

 ハンマーを振り下ろした男もまた、勢いのままに穴に落ちていった。


 名前や罪状を聞いても、ピンとこない。そんな奴の弁護をした覚えなんてない。


「お前、俺の依頼を断っただろ、そのせいで俺は罪をかぶったんだ」


 落とし穴の中に頭から嵌っている目黒の声が聞こえた。


「依頼を断った!? そんなパターンもあるのかよ!」


 思わず声が出てしまった。しかし、逆恨みにしても程があるだろ。関わりを持っても駄目、関わりを断っても駄目。どうすりゃいいんだよ。

 犯罪者なんて、1タス1もまともにできない、どうしようもない落伍者ばかりだ。この程度の関りでも命を奪いに来るだとか、恐ろしいばかりだよ。

 だが、馬鹿で助かった。俺は目黒が穴にはまっているのに目もくれず、その場を後にする。


 しかし、ここに集められた犯罪者って、全員、俺に恨みを抱いている奴なのだろうか。

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