語りを終えて

第十話 殺人犯ヲ見ツケ出セ

 俺は話を終えた。さすがに、長々と喋ると、疲れが来るものだ。喉の渇きも感じていた。


 しかし、大事なポイントは伝えられたのではないかと思う。

 まず、第一に俺がヤクザの組長であったということだ。少しでも威厳や畏怖の感情を引き出せればそれでいい。少し派手に言い過ぎたが、暴力にも強いと言い切ることができた。

 現実は老いらくのクソジジイなんだから、侮りが完全に消えたとは思わない。だとしても、少しでも迷いを抱かせることができたなら、それだけでも十分な価値があるというものだ。


 そして、注意すべきは殺しをしたと断言しないことだ。犯罪に類することも言うべきでない。

 ここがどこかもわからないが、無事に娑婆しゃばに戻るという目もあるだろう。その時にブタ箱行きになったんじゃあ、目も当てられない。この年でムショに行ったら、そのまま二度と外に出られないということもありえる。

 それ以上に、殺しを平然と行うという印象はまずい。警戒され、マークされるかもしれないし、下手をしたら袋叩きに遭うかもしれない。

 言葉には注意しなくてはいけないのだ。


 第二に俺が脱出方法の情報を握っているということ。これだって、完全に信じたかはわからない。それでも抑止力にはなるはずだ。

 こんなわけのわからない場所に迷い込んでいては、誰だって不安でいっぱいになる。しかも、殺し合いをさせられるなんて宣言されていてはパニックになっていておかしくない。

 そんな中、少しでも逃げ道の光明が見えてきたら、それを完全に否定することは難しい。俺が完全にデタラメを言っていると断定することは誰だって怖いはずだ。


 あとは、こいつらが俺の語りに反応して、何かボロを出さないか、というところだが……。実のところ、喋るべきでないことがあった。


 辺見瑠璃へんみるりの話が余計だ。あんな化け物みたいな女がいるわけがない。あれのせいで、信憑性が疑われることがなければいいのだが。

 どうして、あんなエピソードを挟んだのか、よくわからない。なぜか、ふっと湧いたように、言葉が出てきてしまっていた。


「なんだ、これで終わりですか? これじゃあ、結局、じいさん……、えーと、伝吉でんきちさんか? 伝吉さんが発見者でほかに目撃者もいないことになる。正直なところ、容疑者はあんたしかいないんじゃないか。

 銃殺されたっていうけど、俺は銃が発射された音を聞いていない。皆さん、銃の発射音を聞いた人いますか?」


 チャラ男の弁護士、舞手井まいていが口を開いた。

 ちっ。そこに注目するのか。そんなことはどうでもいいんだよ。

 心の中で悪態をついたが、俺に対する非難はまだ止んではいなかった。


「伝吉サンの話、変ダヨー。過去の話が長すぎマスネー。今日の話が少ないヨ~」


 軍人もどきのフリード神宮じんぐうだ。明らかに頭のおかしい奴にも関わらず、鋭いつっこみを入れてくるじゃないか。

 しかし、言われっぱなしでいるわけにはいかない。


「そんなこと言われても、今話すべきことじゃあねぇのかい? ここからの脱出方法ってのはさ。

 それによ、今日の殺しの話に関しては、俺が知っていることは全部言ったのよ。これ以上のことはわからないんだ。

 俺だって銃の発射音は聞いちゃいないよ。でも、事実なんだ」


 俺はどうにか弁明の言葉を並べた。

 それに対し、舞手井が口を開こうとする。さらなる追求をするつもりだったのだろうが、それを元キャスターの馬坂ばさかが制止した。


「んー。まずは全員の話を聞いてみてはどうでしょう。一人に時間を取られ過ぎるのもまずいのでは。怪しい部分は記憶にとどめておいて、あとで照合しましょうか」


 妙に説得力のある声色だった。さしもの舞手井も馬坂に逆らう気はないらしく、おとなしくなる。

 俺は良い味方が付いたものだと、心の中でほくそ笑んだ。


「そう、その通り。この中にいるかはわからねぇが、犯人を見つけ出すことが先決だよ。続いて、誰が話すんだい?」


 馬坂に乗っかり、俺が発言を促すと、声を上げるものがあった。地味女の降屋ふれやだ。


「あのー、辺見瑠璃さんですけど、実は私も知っている人なんです」

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