7月8日『さらさら』

 和の国の滞在は明日まで。でも、ラビン師匠の話では、明朝には次の異世界へと出発するそうだ。だから、この国は今日が実質最終日。

 師匠に頼んで、買い物の時間をたっぷりとってもらうことにした。


「ティア、お土産物を買うのはいいけれど、食べ物はダメだからね」


 しっかりと念を押されてから、師匠と共に商店街を見て回った。

 雑貨店に、宝飾品店、食器店、玩具店、などなど。商店街には色々なお店があった。

 いくつもお店を回った中で私が特に気に入ったのは、千代紙と呼ばれている和の国の紙だ。


 以前、師匠に折り紙を教えてもらったけれど……。あの時の紙とは違って、千代紙はさまざまな柄入りでどの紙もとても綺麗だった。


「千代紙って、私が普段使っている紙と手触りが違いますね」


 呉服店の裏側、借りている離れに戻ってきて、師匠に買ってもらったお土産を整理する。ちなみに、代金は全額、師匠が出してくれた。


 机の上に広げた千代紙で、試しに紙飛行機を折ってみる。表面がちょっとザラついているように感じた。でも、丈夫で破れにくそう。


「千代紙は和紙でできているからね。僕らが普段使いしている洋紙とは、製法が違うんだ」

「へぇ〜」


 紙ひとつとっても、国や世界によって違うものなのかぁ。師匠はよくそんなことまで知っているな。


「ティア、せっかくだから千代紙で鳥を折ってみないかい?折り鶴、ってやつなんだけど」

「鳥?」

「そう。一緒に折ってみようよ。折り鶴を滞在させてもらったお礼として、華子さん達に渡せたらな、と思ったんだ」

「良い案ですね!」


 短い間ではあるが、華子さんや呉服店の店員さん達にはお世話になった。

 なにかしらのお礼をしたいな、と私も考えていたので、師匠の提案に賛成した。

 ただ、まぁ、師匠が教えてくれた折り鶴は……。折り方の工程が非常に複雑で。


「あぁぁ!また失敗した!」


 しわくちゃで不恰好な、鳥と呼べるのか怪しい形の折り鶴を何羽も作ってしまった。

 そんな私とは対照的に、師匠が黙々と作った折り鶴は美しかった。折り目もピシッとついていて、誰がどこからどう見ても鳥だった。


「師匠の折り鶴、すごく綺麗ですね!」

「……」

「あれ?師匠〜?しーしょーおー!?」

「ん?あ、呼んでた?」


 ラビン師匠はよほど集中していたようだ。机上の折りかけの千代紙から顔を上げると、私へと視線を移して首を傾げた。


「師匠の折った鶴、綺麗ですね」


 机の端には、私と師匠が作った数羽の折り鶴が並んでいる。

 パッと見で分かる。不恰好なのは私が折った鶴で、折り目が綺麗についているのは師匠が折った鶴だ。


「あぁ、まあね。僕は何度も折ったことがあるから。……うーん、髪が邪魔になってきたなぁ」


 師匠は髪先をいじりながら、ポツリと呟いた。師匠が小さく首を振ると、長い髪がさらさらと動く。


 うわー。その髪質、羨ましいんですけど!


「願掛けのためだったとはいえ、けっこう伸びたなぁ。とりあえず結んで……。この旅行が終わって帰ったら、適当な長さに切るか」


 腰近くまである髪を、師匠はヘアゴムでひとつに結んだ。結んでもそれなりの長さがあって、師匠は髪を撫でながら思案顔だ。


「願掛けで髪、伸ばしていたんですか?なんのお願いのために?」


 師匠の発言に私が疑問を抱いてたずねると、


「……ティアには言わない」


 急に視線を逸らされてしまった。


「え、ちょ、なんでですか?」

「話したら、君は笑うから」

「えぇー、そんなことないと思いますよ?」

「いいや。絶対笑うね。僕には分かる」


 むすっと、不機嫌そうに師匠が言うので、どんな願掛けなのか余計に気になってしまう。

 しかし、どんなにしつこく追求しても、師匠は口を割らなかった。終いには、


「これ以上くのなら、僕の魔法でティアだけ洋館いえに帰すからね!」


 と憤慨されてしまったので、私は渋々あきらめたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 願掛けのために髪を伸ばし始めたのは、ティアが理由だった。


 三年半前、彼女を故郷こきょうへと半ば無理矢理帰した。僕の方から異世界転移の術で会いに行くことはないし、再会する日は来ないだろうと、そう思っていた。


 けれど、僕の予想と反してティアから手紙が届いた。その手紙には、自力で魔法を習得してあの小さな洋館に帰ると、はっきりと書かれていた。


 手紙を読んでから、願掛けで髪を伸ばすことにした。


 異世界転移の術は危険を伴う魔法である。大量の魔力がいるし、世界の狭間で自我を失う可能性もある。習得するには、魔法使いとしての才能も努力も必要で。

 そんな高度で危ない魔法を使ってまでティアは帰ってきたいのだ、と。


 彼女の魔法が成功するように、願わずにはいられなかった。


 こんなこと、ティアに話すには恥ずかしいし、話せばきっと笑って揶揄やゆされる。そう考えると言い出せなかった。


 まあ、でも……。

 いつか遠い未来で、笑い話として打ち明けてもいいかな、とは思うのだった。

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