第589話 彼とのコウノトリ

「こちらが、付け合わせの煎餅になります」

「ふむ……悪くないな(バリボリ)」


 ショウコの対応はリンカに任せて、他のクラスメイトはその様子を見守っていた。

 近づけない。一定の範囲に入ればたちまち負を浄化されて真っ白になってしまう為、会話が聞こえない距離を維持するしかなかった。

 そんなショウコの極光に対してリンカが平気なのは彼女を別の面で捉えているからである。


「どうやら、ここでも変わらないらしいな」

「? なにがです?」

「私が『流雲武伝』を舞うと、何故か倒れる人が出る」

「そ、そうなんですか?」


 水間や石井の有り様は毎度の事らしい。


「安心してくれ。命に別状はない。寧ろ、目覚めた時はスッキリしてると皆は言う。私のこの様子は、しばらくすると問題なくなるらしいからもう少しだけここに居させてくれないか?」


 ショウコはボリボリと煎餅を食べて、二枚目のチケットをリンカに差し出す。


「飲み物はいい。代わりに少しばかり話し相手になってくれると嬉しい」

「お連れさんはどこに行ったんです?」

「ビクトリアはサッカーをやってる。PK戦というイベントにかなり熱を上げてたな」


 サッカー部の出し物だ。校庭で行われるソレに絶賛挑戦中らしい。


「あたしも……ショウコさんに聞きたい事がありまして」

「そうなのか? 別に私の事を知っても得する事は何も無いと思うが……そうだ、『流雲露店』の50%OFFのクーポンナンバーなら教えてもいい」


 50%OFFと言う触れ込みは、食費を考える上でちょっと興味が――いやいや、違う違う。聞く事はそんな事じゃなくて……


「『厄祓いの儀』を見ました」

「ありがとう。後半は初めての演目だったのだが……不格好な所は無かっただろうか?」

「いえ……」


 寧ろ、終始綺麗に映ったくらいだ。知りたいのは唄の歌詞である。


「後半の唄……あの歌詞って……」

「私が作り“本家”に提案した。正式に承認されれば『流雲武伝』の一部に加わる」


 “本家”。そんな言葉が平然と出てくる様にショウコの家系はそれなりの歴史があると察せた。


「……唄に出てくる“鳳”って――」

「ケンゴさんの事だ」


 やはり、と言うよりもリンカは答え合わせをしたかったのだ。


「その……ショウコさんは、唄に残すくらい彼の事が……好きなんですね」

「? 少し言っている事が解らないな」

「え?」

「あの唄はケンゴさんへ好意を表すモノではないよ」


 ショウコはリンカの言いたいことが理解出来ないので、丁寧に『後準え』の意味を説明する。


「流雲は昔から多くの仲間共に妖魔を祓って来たと言われている。故に私もソレに習ったまでだ」


 ショウコは、全てにおいて諦めた時に船室に迎えに来てくれた彼の事を思い出す。


「彼は“友”として私を助けに来てくれた。その時の私は彼に対して好意はあったが、友情の側面が近かったよ」


 女郎花教理の一件は“本家”にも事細かに話した。その上で今回の『後準え』を作り、本家はその内容を“愛情”ではなく“友情”として判断したのだ。


「あの唄は彼に対する“愛情”を説いているワケじゃない。私を助けてくれた彼との“友情”を説いているのだ」

「……そうなんだ」

「それに、彼の事を残したいとも思った」

「え?」


 ショウコは、もう1つの意図も語り始めた。


「リンカさんも間近に居るなら感じていたんじゃないか? 彼は人と深く触れあうことを極端に恐れていた。一度関係が絶たれてしまったら、二度と交わる事が出来ない程に」


 ショウコの指摘はリンカも感じていた。

 里で彼と再会するまで、どんなに近づいても距離をおいていた。その理由は全て話してくれた今では解消しているが、当時は――


「だから、彼との“縁”を残してあげたかった。君が消えても君が助けてくれた私は確かに居た。貴方が自らを孤独に落としても、決して消えない“縁”があるのだと」


 ケンゴを救えない。そう感じたショウコは、彼の存在は自分の中では掛け替えの無いモノであると後世に残す事にしたのだ。


「でも、何らかの心境の変化があったのか、最近、全てを打ち明けてくれたんだがな」

「…………」


 ショウコは何処と無く察していた。

 私よりも、ずっとずっと、彼に近い者が彼を救い上げたのだと。

 ケンゴに対しての気持ちが“友情”であった頃を思い出して作った『後準え』。

 私では彼を救えなかった。でも、彼の足跡を残してあげる事は出来る。それが……私に出来る彼への恩義なのだ。


「……ショウコさん。私は彼が好きです」

「ああ。前にも聞いた」


 ショウコは、ズズズ、とコーヒーの残りを飲む。


「でも、ショウコさんの彼に対する“好き”も良く分かりしました」

「そうか、ありがとう」

「明日、私は彼に告白した返事を受け取ります」

「ふむ。先を越されたな。後からでも追い付いて良いだろうか?」


 ショウコは、悔しくも嫉妬している様子もなく、淡々とその様に述べる。


「――はい。追い付いて来てください」


 リンカにとっても初めての感覚だった。今までは彼の側に誰よりも近くに居たいと思っていたが、彼女なら彼と一緒に歩いて行くのも良いと思えたのだ。


「それでは、彼とのコウノトリを本格的に検討するか」

「え? コウノトリ……?」

「リンカさんは初耳だったか。子供と言うモノはコウノトリが運んでくるらしいぞ」

「え? え? 子供……?」

「うむ。どうやら私は他人が引く程に美麗らしい。故にケンゴさんが敬遠したのだと考えている。今度、ゾンビのコスプレをして、ケンゴさんの部屋に突撃してみるつもりだ」

「……その件は話し合いましょう」

「今か?」

「今です」


 放置しようとしたらとんでもない事をしようとしていた。軌道修正せねば。

 リンカはショウコの目の前の席に座って、ゾンビ突撃作戦の方向性を何とか軌道修正する。


「バニーとゾンビ。同時にコスプレしたら彼に刺さるかな?」

「良いモノと怖いモノを足したら程よい味加減にはなりませんよ……」


 その様子は仲の良い友達のソレだった。

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