第559話 白鷺圭介の真実
轟先輩からの連絡を受けてオレはすぐに『準備中』の札が引っかけられた食堂へ向かう。
そこには日本の偉い人ランキングで上から数えた方が早い人物でもあるミコ婆こと、
彼女は本来なら丁重に社長室にお迎えするべき人物だ。立場で言えば火防議員よりも上なワケだし、機嫌を損ねるとどうなるか解ったモノではないと思うのは当然の考えだろう。
大半の人間や組織は最高品質の接待にてお出迎えするのが必定な御方。しかし、たまに変な遊び心と言うか、突発的に市民的な事をやってのけたりする。
前はしれっと公園を歩いていたりしてニュースになったりもした。
今は気さくは老婆という印象だが、昔はかなりイケイケなアグレッシブ女子だったらしく、なんと『神島』を排斥しようと動いていた事もあるとか。
当然、オレも会社へ来たのなら身内としてではなく社会人として烏間議員に相応しい対応をしなければならない。
「お待たせしました」
「待っていたよ、鳳君!」
社長がこちらを向き、烏間議員は笑顔で手を振る。
食堂の外入り口にSPが二人居たが、中まで入って来ないのはミコ婆の命令かな?
「それでは、我々は失礼いたします」
「烏間先生! いつでもご連絡を!」
社長は対面席を立ち上がると一礼し、轟先輩と去って行った。オレはその姿へ礼をしつつ食堂から出るまで見送ってから、烏間議員へ向き直る。
「鳳健吾です。烏間議員、わざわざご足労頂き誠にありがとう御座います」
とりあえず社交辞令から入り、次の反応で“議員”か“ミコ婆”のどっちのつもりでやって来たのかを見定めるのだ。
「あら、ケンゴ。そんな他人行儀な感じは別に良いわよ。ミコ婆って呼んで、ミコ婆って」
一応、食堂に監視カメラはあるんだけど……ま、いっか。
「わざわざ会社まで来るなんてさ……オレのアパートじゃ駄目だったの?」
「ケンゴの迷惑になると思ってね。この会社は火防君も出入りしてたし、黒船社長に用があると思われれば、本命のカモフラージュになるわ。それに、変装や送迎車の駐車に気を使う必要も無いものね」
「そんな……手軽に時間を潰せるファミレスじゃないんだから……」
「ふふ。ほら、突っ立ってないで。座って座って」
ミコ婆は昔からオレが何かをする度に嬉しそうにしてくれるから、オレ個人としては悪い印象は全く無い。色々と裏では派手にやってそうだけど……
「それで、今日は何の用?」
「アヤの事よ」
やっぱりか。
「今回の縁談は『白鷺』の方から申し出があったの」
「圭介おじさんから?」
「圭介が『神島』から脱した理由は聞いてる?」
「なんか……カナエおばさん関係で去ったって」
「それも一つよ。でも、本当はケンゴの事を考えての事だったのよ」
「え?」
ミコ婆は『神島』を脱する事を圭介おじさんから相談されたと語る。
「失礼します」
「ごめんなさいね。こんな雨の中の車で」
「いえ。適切だと思います」
車の音さえも、かき消される豪雨。圭介はミコトとコンタクトを取り、密かな話し合いの場を設けてもらった。
それは特定の場所に停車した車の中。本日が雨なのは偶然だったが、より痕跡を残しづらい面では幸運と言えた。
「それで話しって?」
「『神島』から脱します」
圭介の言葉にミコトは耳を疑った。今まで、彼は『神島』に対しての在り方を否定した事が無かったからである。
「当主は知っているのかしら?」
「……当主は知りません。私が個人で判断しました」
「理由を聞いても?」
「半年前にやって来た将平とアキラさんの忘れ形見……ケンゴの事です」
行方不明だった孫息子であるケンゴの帰還に里や身内では多くの者が嬉しさから涙を流した。ミコトもその内の一人である。
「当主は……ケンゴを『雛鳥』に預ける気は無いと頑なに宣言しました」
「それなら『小鳥遊』で育てるのではなくて?」
「いいえ……『鳳』の性を与え『神島』で育てると」
圭介は『楔』を残す他全てを『神島』から継ぐ準備を終えている。なら、ケンゴを『神島』に迎える理由はなんなのか?
聡い圭介は一つの仮説に至った。
「現在は昔に比べて日本の模様は大きく複雑化しています。故に『処刑人』と『神島』の両立は昔よりも現実的ではありません」
「そうね……国防能力も上がったけれど、同時に国内のセキュリティの質も上がったわ」
昔ほど『処刑人』は闇に紛れる事が難しくなりつつある時代だ。故に本来のように役割を二つに分ける事になる。
「当主はおそらく……ケンゴを『処刑人』に仕上げるつもりです」
「……あり得ない。兄は誰よりも家族を思っているのよ?」
最近『楔』の一つが引き抜かれた。
条件は『ウォータードロップ号』に関する情報を全て抹消し、今後一切公にしないこと。日本政府は衰えない『神島』の威光を再認識するかの様に報道に規制をかけたのだ。
「私もその事を当主へ問いました。しかし返答は……頑なにケンゴを側に置くでした」
“ごちゃごちゃ口を出すな。ケンゴはワシが育てる。これは決定事項だ”
そのジョージの動きに対して、何故かトキも反論する事は無かったと言う。
「……意図が掴めないわね」
家族思いの兄さんは、行き過ぎて暴走する事はあるけれど……本来は諌める側のトキ義姉さんも賛同するとなると、割り込む余地はない。
「はい……故に私はこのまま『神島』と深くなれば立場上ケンゴを救う事が不可能になると判断したのです」
勘違いかもしれない。しかし……どちらにせよ、このまま『神島』に留まり続ければ最悪の形となった時に何も出来なくなる。
「故に私は『神島』を離れます」
「待って、それでは貴方だけが泥を被る事になるわ」
“けいすけおじさんと居ると……おとーさんおもいだす”
「……構いません。私は全てを否定されても……あの子が……ケンゴが普通に生きられる場所を用意する事が必要な事だと気づいたのです」
「……そう。でも兄に説明は?」
「しません。決して許してくれませんから」
「そうね……兄は貴方にはとても期待しているし『神島』のほぼ全てを見せてしまった。下手をすれば“処刑”されるかも」
「覚悟の上です」
「……でも、日本は出なさい。私のツテでは紹介出来る所は多くないけれど……」
「その点は問題ありません。私の方で身を寄せる所は既に決めています」
「あら本当に?」
ミコトは圭介が感情的に突発的な行動を起こしているワケではないと改めて認識する。
本当に惜しい。彼が『神島』を継いでくれたら……きっと今以上に里は素晴らしい場所となっただろう。
「あまり声を大きく出来ませんが……色恋でして」
「ふふ」
彼も人間だ。異性を好きになるのは当然でもある。
「近い内に日本を発ちます。当主は私の行動の痕跡からここで『烏間』と会った事を突き止めるでしょう。その時は――」
「『白鷺』は海外へ。『神島』よりも妻を選んだ。そう伝えれば良い?」
「はい。それでお願いします」
その後、圭介は海外の公爵家を継ぐ。そして、海外派遣でアメリカに居たケンゴと再会し、『処刑人』では無かった事に安堵したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます