第453話 トキの野望
熊吉と他二頭は母屋の周辺を徘徊していた。理由はそれ程深いモノではない。
三度の相対の末にジョージから奪ったナワバリとして得た故にその地を離れる事を考えなかった為である。
かつて相対した者の中で、ジョージ、トキ、ゲン、ケンゴの事は要警戒しており母屋の中にそれらが潜む可能性が頭を過った事と、
「ガゥ! ガゥ!」
代わり代わりで吠える大和、武蔵、飛龍の存在が無視出来なかった為でもあった。
しかし、それも朝になれば全て終わる。
今日この場のニ頭以外は既に眠っているが、朝になれば全ての熊を呼んだ熊吉によって里の糧食を食い荒らすだろう。
その時、大和、武蔵、飛龍の三匹は何かに呼ばれた様に、その場から走って離脱した。
ようやく面倒事が減ったか。
熊吉はボフ、と鼻息を吐くと母屋の庭先に入り、他二頭も玄関前に伏せた。
「おー、どうどう。お前ら久しぶり」
オレは、母屋がギリギリ見えない坂道の下で、ばっ様から持たされた犬笛を使い、三犬豪を呼んだ。
すると三匹は嬉しそうに駆けてくると愛くるしくすり寄ってきた。
ジジィの居ない時にオレに呼ばれると、じゃれて来るのは相変わらずな三匹。よだれまみれになるから一旦、止めさせるか。
「おすわり」
そう言うと、ピタっとその場に座った。へっへっへっ、と三匹とも舌を出している。
オレは飛龍の首輪に犬笛を引っかけた。
「お前は昼間からご苦労様。これをばっ様に届けて今日はもう休んで良いぞ」
「バウ!」
「大和、武蔵。お前らはちょっと力を貸して」
「ワゥ!」
「ワフ!」
三犬豪は言葉を理解してなくても何をするのかは察してくれている。
飛龍は、たー、と公民館に走って行った。さてと……
「じゃあ、行きますかね」
才蔵を加えたメンバーの面々にそう告げた。
「……」
鳴子を仕掛け終わったロクは、公民館を覆う外堀の出入口の椅子を持ってきて座り、銃を横に立て掛けて母屋方面の道を見ていた。
「ロク。どうした?」
「見てみぬフリって結構神経を使うと思うてな」
そこへ、トキがやってくる。
彼らはコエを助けに行った。ロクはそれに気づいていたが、不備な状況で発たれると余計に危険だと判断し、見てみぬフリをしたのである。一応はゲンもついて行ったし、本当にどうしようも無くなったら引き返してくるだろう。
「ケンゴは相変わらずだね。緊急事態とは言え、ユウヒが初対面の男の人にすぐ懐くのは初めてかもしれない」
ユウヒとコエは里に来た当初、ジョージ以外には心を開かなかった。ロクも一週間ほど母屋に通いつめて、ようやく『雛鳥』に迎える事が出来たのだ。
「アキラの血も継いどるからのぅ。顔立ちは将平に近いが、気質は間違いなく母親が占めとる」
「……ケンゴがあれだけ社交的に育ってくれたのは『ウォータードロップ』での唯一の救いだよ」
こんな事を関係者の前で口にすれば糾弾されるかもしれないが、両親を失った彼が前向きに自立してくれた事は、ジョージやトキにとっても救われた瞬間だっただろう。
「そりゃ当然じゃ。何せ、ワシとじっ様が育てたんじゃからな」
トキは誇らしげに笑う。当時、ケンゴを育てる候補としては、『雛鳥』か叔母でもある『小鳥遊』の選択肢にあった。しかし、
“ケンゴには『鳳』を与えて『神島』で育てる。これは決定事項だ”
珍しく無理を通す様に断言したジョーに、楓やロクも反発したものの、結局は皆で様子を見つつ、基本的には『神島』で育てる事となったのだ。
「君たちはケンゴがああ言う大人に成長するって確信していたのかい?」
「そんな
それは『雛鳥』や『小鳥遊』では出来ない事だと、ジョーは気づいていたのか。
「本当はケンゴは世界を又にかけるラッパーにする予定だったんじゃが、じっ様に止められたんじゃ。YO! YO! やってる所を見つかってのぅ」
と、トキは密かに抱いていた野望を口にする。
それはジョーのファインプレーだったなぁ。と恐ろしいトキの野望にケンゴが染まっていない事にロクは改めて安堵した。
「ん?」
その時、道の向こうから飛龍が走ってきた。その首輪には犬笛が引っかけてある。
「どうやら、始めるようじゃな」
「みたいだね」
トキとロクはきっとユウヒがコエの手を引き、全員で戻ってくると、どことなく確信していた。
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