第391話 血よりも絆

「全部捨てる? それってどういう事だ?」

「言ったまんまだよ」


 即座に理解できない様子の金治郎にカレンは改めて説明する。


「地元が好きで大事な人間関係があるあんたみたいに、アタシにも好きな場所と大切な人間関係があるんだ」

「それはわかってる」

「なら、それを全部捨てて何も知らない土地で一からやって行こうと思える?」


 金治郎はやることは派手だが、慕う部下の様な二人を見ると、北陸爆走連合の総長と言う服を脱げば気の良い若者であるのだろう。だからこそ、カレンはそれを問うのだ。


「小さい頃からある人間関係と肩書きを全部捨ててでも、アタシと付き合いたいと思う?」

「……音無さんがこっちに来る選択は……」

「無い無い。私はこの街と支えてくれる人たちが家族だからね。離れる事なんて考えられないよ」


“カレン、どういう事だ!? 子供は施設に預けると言っていただろ! どこぞの馬の骨ともわからない男との子供を育てるなら、お前とは絶縁だ!”

“は? 子供が出来た? しかも、もう下ろせない時期だと? そんな面倒な事は、もっと早く言えよ”


「世の中には、簡単に家族を捨てる親と、ヤるだけやって逃げ出すクズもいる」


“貴女がダイキの御母堂だな! 私はヒカリの母親だ! 誘拐ではない! 安心して良い私は超芸術家だ! ちなみに夫は警察官!”

“こんにちわ~。鮫島瀬奈です~。よろしくね~、カレンちゃん~”


「だからこそ、血の繋がらない家族が大事な人もいる。私は二度と手に入らないモノを手放すのはゴメンだね」

「だが! 俺の側で不自由は絶対にさせねぇ! 何があっても味方でいてやる! 絶対にだ!」

「私、高校生の息子いるんだけど」


 カレンの衝撃的な発言に金治郎は、え……? と驚愕する。


「全部捨てて、こっちで一から全部組み上げて、アタシと息子を養うレベルまで生活水準を作るってなると、アンタの人生で一番楽しい時期は全部無くなるワケだけど、その覚悟はある?」

「…………それは」


 金治郎の反応にカレンは落胆も怒りもない。それが当然だと言わんばかりの反応だった。


「気にする事はないよ。そう思うのは当然だからね。アンタは若くて色んな未来があるんだから、一時の感情で間違った方向に走っちゃダメ」

「だ、だが! 俺は――」


 と、何かを言う前にカレンは金治郎の口に飴をつっこんだ。


「息子の事を話に出した時、少しでも躊躇ったアンタは、若い自分に未練があるんだ。最初に言ったけど、こんなコブ付きのオバサンよりも、若い子と一緒に未来を作った方がいいよ」


 カレンは笑いながら呆然とする金治郎の頭を撫でると、帰りなさい、と言って踵を返した。

 金治郎はそんなカレンの背中を呼び止める事は出来ず、膝から崩れて項垂れると、俺ってヤツは……なんてダセェ男なんだ……と自己嫌悪に陥った。

 金ちゃん! しっかり! と取り巻き二人が心配する。






「今回は中々に食い下がりましたけど、ズバッでしたね」

「ホントにさぁ。何でこんなオバサンが良いのか理解できないよ」


 店内に戻りながらカレンは疲れた様に息を吐く。


「店長はそれだけ魅力的なんですよ。店長が居なかったら私、バイト辞めてましたもん」


 チヒロはバイトを始めてすぐに前店長からセクハラを受けていて、それをあらゆる策略でカレンが助けた過去がある。


「アレは私もムカついてたからね。警察沙汰にしても良かったけど」

「知り合いに警察の方いるんでしたっけ?」

「まぁね。けど、あんまりそれを盾にしたくない」

「でも、私としてはあの“音無大騎”の母親がカレンさんだったって事の方が衝撃でしたけどねー」


 年齢的に言えばカレンは18でダイキを産んだ事になる。

 チヒロはその辺りの事情には深入りしていないが、カレンがシングルマザーの時点で何があったのかは大体察していた。


「私と違って、息子は優秀だからね」


 そして、ダイキの事を話に出す時のカレンはどんな時よりも嬉しそうだと言うことも。


「何かあれば相談してくださいね! 金銭意外なら出来るだけ力になりますから!」

「若いのは余計な事は考えなくていいの。ほら、仕事に戻った戻った」

「はーい」


 店内に戻ると、カレンは事務室へ行き、チヒロはホール作業へ。

 PCの前に座り、再びシフトの制作に戻ると、スマホに通知が入る。息子からだ。


“明日、リンカちゃんが頼みたい事あるって”


「ああ、今の時間は昼休みか」


“おかあさん! ともだち! ひかりちゃんっていうの!”


 嬉しそうに息子がヒカリを紹介してくれた時からもう13年にもなるのか。


「後悔なんて微塵もないから本当に困るよ」


 どんどん成長していく息子の行く末を誰よりも愛するカレンは、次に来たリンカからのLINEメッセージを見て、明日の予定を空ける事にした。

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