第385話 新たな姫を迎え入れられたか!
月光が『神ノ木の里』を照らす夜。都会とは違い、鈴虫の鳴らす音だけが辺りに響いていた。
アヤは公民館の入り口前広場で、正座をして静かに眼を閉じる。
瞑想。1日の終わりに今日の事を振り返り、明日に同じ失敗をしないように心掛ける、彼女のルーティーンである。
何時にやるかは日によって違うが、静かな時間を見つけて行う様にしている。
「着物が汚れるぜ?」
風呂上がりの七海は肩にタオルをかけながらサンダルを履いて公民館から出るとアヤに声をかけた。
「暗い色なので汚れが目立たないのです。それにこの着物は外歩き用ですから」
「そうかい」
七海もアヤの隣に胡座を掻くように座った。
「ご入浴なされたのでしょう?」
「こんくらいは汚れに入らねぇよ。それよりも、聞いても良いか?」
「なんでしょう?」
アヤはスッと眼を開く。
「お前は何でここに来たんだ?」
「何かおかしいでしょうか?」
「なんつーか……スゲー不釣り合いな気がしてな」
ここは田舎も田舎。七海でさえ、全く知らなかった程に知名度の無い里だ。
そんな所には明らかに常人場馴れした雰囲気のアヤ。まだ、上流階級の社交界にいる方が馴染んで見えるだろう。
事情を知らない七海が気になるのも無理はない。
「嫁ぎに来たのです」
「ほー」
彼女を嫁として迎える程の豪家がここにあるらしい。興味を引かれた七海は更に踏み込む。
「そう言うのは親同伴なんじゃないのか?」
「父は事情がありまして」
「そうかい。まぁ、細かい事情は聞かねぇよ。ちなみに相手は誰だ?」
それは完全な興味本位。別に答えなくても七海としては問題ない。
「鳳健吾様と申されるお方です」
「んだよ。アイツかよ。……は?」
「え?」
七海とアヤは、流れで出たケンゴの名前に思わずそんな声が出た。
「七海様は……ケンゴ様を知っておられるのですか?」
「アイツは会社の部下だよ。それよりもマジか……。アヤ、お前……誰かに脅されてんじゃねぇの?」
「そんな事はありません。私の意識です」
迷いなくそう言う口調に躊躇いや嫌な様子はない。
鳳のヤツ、そんな気配は微塵も無かった。しかし、アイツの家族構成はあまり聞いたことがない。ジジィがスカウトして連れてきたって……あ――
「アイツ……ここの出身かよ」
七海は何となく点と点が繋がった。となれば、後は誰の身内かと言うことだ。
「はい。譲治お爺様のお孫さんになります」
よりにもよって、首領の身内かよ。ジジィの話だと、ジョーの爺さんは国さえも頭が上がらない存在らしい。ソレの孫か……
「やれやれ。アイツはどこ吹く風で仕事やってんだか」
「この件は健吾様の耳には入っておりません」
「ん? どう言うことだ?」
「許嫁の件は、健吾様へ届いていないのです。お顔は写真で知っておりますが、話した事はありません」
「おーい。それは良いのかー?」
呆れる七海にアヤは、ふふ、と笑う。
「前日。こちらへ来る前に住まいの方へご挨拶に伺ったのですが不在でして」
「平日の昼間は仕事だからな」
にしても……何がどうなれば、裏でこんな高スペック美女に嫁を迫られるのか……
アイツ……最近、名倉の娘と一悶着あったっばかりだってのに……知らねぇ所で話がガンガンに進んでやがる。女運どうなってんだ?
「七海様。差し支えなければ、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「なんだ?」
と、アヤは少し恥ずかしそうに告げる。
「健吾様はどの様なお方なのですか?」
「あー、そうだな。俺の部下って言っても、直属じゃないんだ。別の部署であんまり親密じゃないが」
「構いません。些細な事でも!」
なんだか、順序がチグハグな気もしないでもないが、七海は距離を置いた場所から見たケンゴの印象をそのまま話す。
「なんつーか、普通だな。あんまり特徴の無いTHE一般人。他よりもそこそこ目立つヤツだが」
「誠実な方なのですね」
「後、何かと女運が悪い」
「そうなのですか?」
「アイツから首を突っ込む事も多々あるけどな」
それでも、知り合いでは彼の事を悪く言う人間は誰一人としていない。泉もグチグチ文句を言いつつも否定している様子はなく、何かと頼りには見ている。
「人たらしってヤツなんだろうよ」
リンカとの関係は、今は話さない方が良さそうだな。どうせ顔を合わせたらバレるんだろうし、そん時の鳳に対応は任せるか。
「前にな。忍者の格好をしたふざけた野郎を追い詰めた時――」
ケンゴの事を人伝でしか知らないアヤは七海からの情報を一喜一憂しながら、楽しんで聞いていた。
その二人を公民館の屋根から見ている者が居た。
覆面にマフラーのはためくその人物は真っ黒な服に身を包み、月を背に腕を組んで仁王立ちに佇む。
「懐かしき我が故郷に……新たな姫を迎え入れられたか!」
そして、クルッと身を翻し、主の元へ向かった。
「ほうほう。わかったわい。来たら捕まえとくわ」
トキは鳴った外線用の黒電話より警視総監からの連絡を受けて、必要な情報だけを聞くと受話器を置いた。
「なんの連絡だ?」
縁側で三匹の犬を撫でてあげていたジョージはトキに電話の内容を聞く。
「才蔵が脱獄したようじゃ。“神ノ木の里へ還る”とか言う文言を務所の壁に残してのぅ」
「なに?」
その時、ふわりと目の前に黒い影が中庭に着地する。
敷地内への異物の侵入に三匹は唸り声を上げて威嚇。ジョージの攻撃指示を待つ。
黒い影は着地と同時に片膝を着いて、頭を垂れていた。
「
「……」
ジョージはトキを見ると、通報するか? とスマホを指差していたので、待て、とアイコンタクトで一旦は止める。
「お前……本当に何をやってやがる……」
「弁明の余地もございませぬ!」
「罪を認めとるわ」
トキは、執行猶予は無しじゃな、と才蔵を見る。
「……はぁ。わかった。状況を補佐しろ。全部終わったら檻の中に戻れ」
「ハッ!」
「後、ワシとトキ以外に姿を見られるな」
「身命を賭して……完遂致しまする!!」
シュパっ! と才蔵は闇へ消えた。
「優しいのう。じっ様や」
「まぁ……ヤツは無能ではないからな。それに今回の件で打てる手は出来るだけ打つ」
「ケンちゃんの為にかぁ?」
トキの言葉にジョージは口をへの字にする。
「あのマヌケは関係ない」
「ツンツーン、じゃなじっ様。ふっへっへ」
なんやかんやで孫が可愛い様子のジョージにトキはからかう様に笑った。
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