第384話 俺の喧嘩は高ぇぜ~?
自分よりも力も体格も勝る人間に勝つにはどうすれば良いか。
一つは環境利用。自分の回りにある要素を駆使する。
一つは一対多数。数による応酬。
一つは武装の有無。武器の使用は体格や攻撃力をリセットできる。
では、上記のどれも当てはまらない状況であったのなら?
“自らが相対する“相手”だけは決して居なくならない。アヤ。相手の力を利用しなさい”
『地崩し』。それはある程度の決まった流れをなぞれば極める事なく機能する。
だが、白鷺綾は『地崩し』を習う過程で相手の“溜め”を明確に捉える眼を得ていた。
力も重さも相手が生む。ならば、ソレを払うだけで良い。
七海が引っ張る為に後ろへの重さが片寄った瞬間、アヤは逆に前に出た。
てっきり抵抗するかと思っていた七海はアヤの思いきりの良さにそのまま投げに移行しようとした時――
「『地崩し』」
唐突に足場の消えた感覚に膝の力が抜ける。
これはマズイ――
何をされたのかを探るのは後だ。今は重心が崩れきる前に足を前に出す。
すると、彼女の足を出す先にアヤは自分の足を置いた。
「――――」
人は足元に異物があると咄嗟に反らしてしまう。それは生物としての反射であり、どれだけ鍛えようと変える事は出来ない。
七海も類に漏れず、アヤの足を避ける様に足を動かす。それでも安定して踏み出せる体幹を維持出来る七海は流石と言えた。しかし、その隙をアヤは逃さない
「ようやく、掴まえました」
瞬時に七海の手首と襟を掴み、半回転。アヤにとっては掴むまでが重要なのだ。今度は七海の重心を完璧に浮かせて背負い投げが決まった。
「おっと」
「え!? あっ! キャッ!」
しかし、不意にアヤはバランスを崩すと七海を背負う形で崩れる様に倒れてしまった。
「えっと……これはケイさんの勝ち……かな?」
審判のコエは困惑する。
素人が見ても高度な駆け引きを繰り広げたアヤと七海。
最後にアヤの背負い投げが完璧に決まったと誰しもが思った時、七海は投げられつつもアヤの帯を掴んで力の方向を強引に変えたのである。
結果として、既に力の流れを振り抜いていたアヤは、その修正が出来ずにそのまま崩れてしまった。
アヤにとってはあまりにもイレギュラー。しかし、これは服装の不利を加味した上での組手なのだから反則ではない。
「ちょっと不格好だからよ。綺麗な組手の時にはやらねぇんだ」
七海は先に立ち上がり、アヤに手を差し出す。
「なんなら、もう一回やっても良いぜ?」
「……いえ。私の敗けです」
勝ちに固執する場面なら泥臭い戦いも辞さない七海。そんな彼女にアヤは純粋な敬意を抱き、敗北を認めた。
「そりゃ残念だ。お前はまだ、色々と手札を持ってるだろうからよ」
「七海様もそうではございませんか?」
最終戦の勝者は七海。アヤはユウヒの元へ歩み寄る。
「ユウヒさん。ごめんなさい。負けてしまいまし――」
「か、かっこよかったよ! アヤさん! なんか……映画みたいだった!」
「うん。見てる方も手に汗握ったよ」
幼い二人は、アヤと七海の組手に感銘を受けていた。そんなユウヒの後ろから頭に手が置かれる。
「さーて、俺の勝ちだなぁ」
「ピェッ!」
「言っておくが、俺の喧嘩は高ぇぜ~?」
「な、何を要求するつもりよ!」
びくびくするユウヒに七海はニヤリと笑った。
「うぅ……なんでこんなことに……」
夕食はカレー。アヤとヨミが手慣れた様に作り、他の面子は色々と手伝いをして、さほど時間をかけずに完成した。
走って行ったハジメと蓮斗も戻り、全員で食卓を囲む。
「ほれ、負けたんだからキチンとニンジンを食え」
「うぅ……」
七海の要求は、嫌いな物をキチンと食べると言うモノだった。ちなみにユウヒが嫌いな物はニンジンとナスである。(コエからのリーク)
しかし、一度不味いと脳が決めた物はどう考えても不味い。中々手がつかない。
「なぁ、ユウヒよ。立派なレディとやらはニンジンなんて普通に食うぞ」
「わかったわよ!」
意地で一口運ぶユウヒ。すると、いつも不味いと感じていたニンジンは普通に美味しかった。
「あれ?」
「ふふ。私風に味をアレンジしました。普段よりも食べやすいと良いのですが」
カレーを食べる者全てが感じていた。
あれ? いつも食べるヤツよりも美味しくね? と。
「美味しい!」
「うん。美味しいよ、アヤさん」
「なぁ、ヨミ。アヤの味付けはどんなんだった?」
「私は材料を切るのと洗い物をやったから、見てないわ」
「実に美味ですね! しかし、俺としては二日目は是非ともケイさんの手料理を!」
「あー、パン焼いてジャム塗ってやるよ」
「うめぇ! コイツはおかわり自由か!?」
「調味料は全部普通だったハズなのに……こんな味が出せるのか」
「ふふ。皆さん、ありがとうございます」
和気あいあいとする食卓。
その光景に微笑みながらアヤも一口運んだ。
「……皆様、とても美味しいとおっしゃられてます。御母様」
そして、誰にも聞こえない声でそう呟く。
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