第382話 う、うわぁぁぁ!

 互いに二メートルに迫る体躯を持つゲンと蓮斗が並ぶと椅子やテーブルが小さく見える。


「利き手は?」

「右だぜ」

「なら、互いにフルパワーだな」


 同じく右利きであるゲンは笑った。二人はテーブルを挟んで向かい合い袖を捲る。


 大蛇の様なぶっといゲンの腕に対して、肥大化せずとも引き締まった超人の腕を出す蓮斗。


「相手の甲を先にテーブルにつけた方の勝ち」

「反則行為は思い付かないが、何らかの不利益が発生したときに判断する」

「おう」

「それで良いぜ」


 コエとハジメが簡単なルールを蓮斗とゲンに告げ、二人はテーブルに肘をつけて腕を組む。


 ほぅ……図体だけのヤツじゃないみたいだな。

 この爺さん……パワーだけじゃねぇな……国尾の旦那……ソレに近い何かを感じるぜ。


 共に並みならぬ肉体を持つ者同士が感じたのは容易い勝負にはならないと言うこと――


「それじゃ――」


 小さなコエの手が腕相撲で組まれた拳の山に置かれる。


「始め」


 開始と同時に、パッと離した瞬間、場の空気が弾ける様にフワッと動いた。

 ゲンと蓮斗。双方が力を入れた為に、そのぶつかる衝撃が相殺しきれずに室内に広がり、空気を撫でたのである。


「ほう……」

「爺さん……」


 パワーは拮抗。拳の山は僅かにも動いていない。


 何だこの爺さん……只者じゃねぇのは分かるが……俺が押せもしないだと……?

 コイツ……だいぶ握り込みが強い。握力は本人の闘志。それで優位に取れればそのまま呑み込めるの思ったが――


 ギリッギリッと綱を引く音が聞こえてきそうな程の拮抗と圧を見ている者は感じていた。


 始めるか。ついて来れるか?


 ゲンがギアを一つ上げる。その瞬間、山が傾き、筋肉の対話が始まる――






 不意なゲンの増力に蓮斗の肘は傾きを始める。


 爺さん! 急にパワーが増した!? 余力を残してやがったのか!?


「何も無いなら決まるぜ?」

「ぬぐぐぐ……」


 蓮斗は半分ほど傾いたところで何とか止めた。


 正直な所、俺はあんまり頭が良くねぇ。

 問題を起こせば、昔から年下のハジメに何かと小言を言われるのが当たり前だった。

 超人体質。生まれつき、他の奴らよりも力のある俺は何でも出来ると、何でも護れると思っていた。

 だが……情けない事によぉ。

 そんなモノに胡座を掻いていたらは何も出来ない世界があると知ったんだ。

 今回、傷ついたのは俺だったが……次はハジメや俺を慕ってくれる野郎共がそうなるかも知れねぇ。


“ほっほう! ようこそ『ライトマッスル』へ”


「俺はもっと強くなる!」


 グォッ! と蓮斗は力の天秤を拮抗に戻した。


 ほう……今のを戻すか。本来なら先に肘がイカれる角度だったが……並じゃないみたいだな。


 ゲンは素直に蓮斗を称賛する。そして、なんとなく、彼が普通ではない事に気がついた。

 そして、戻った拮抗はそのまま傾き始め、今度はゲンが押されていく。


「なるほどな。蓮斗、認めるぜ。お前は強い」


 蓮斗の押しがピタリと止まった。

 すると、ゆっくりと押し返されると、組んだ拳は12時の位置に。そのまま11時、10時、9時、と押し返す事が出来ないパワーに蓮斗は驚愕する。


 なんっ……だ!? この力は……なんの抵抗もでき――


 その時、蓮斗は見た。

 獅子堂玄。彼が普段やっている筋トレから食生活に、飲んでいるプロテインまで。その肉体を構築する為に必要な要素と、積み上げてきたモノ全てが垣間見える。

 そして、その根幹にあるのは家族を思う――愛。


「……」


 勝敗を理解したハジメはゆっくりと眼を閉じる。

 互いに持つべきモノ、護る定義は違う。勝敗を分けたのは、大切な者をどれだけ愛し、愛されるか。それによって、人は普段の何倍もの力を発揮する。

 ゲンはソレを深く理解してたが、蓮斗にとっては未だに及ばない領域。


 故にそのちからと対等になるには自分一人では決して不可能であると言う事を、ゲンは蓮斗の手の甲をゆっくりとテーブルにつけて悟らせた。


「勝負あり。勝者、ゲンさん」






 蓮斗は息荒くテーブルに肘をつく。ゲンは身体を起こすと腕を組んで蓮斗へ告げた。


「己と他人への理解が足りないぜ、蓮斗」

「……国尾の旦那も言ってた……やっぱり……必要なのは愛なのか?」

「国尾か……仕事以外でヤツの言葉は八割無視していいぞ。だが、ヤツの説く“愛”の定義は共感出来るところがある」


 身体に鍛え、家族愛を深く理解するマッスラーでもあるゲンは、蓮斗よりも遥かに高みに居た。


「自分ばかりじゃなくて、他にも眼を向けてみな。意外と近くに落ちてるモンだぜ」

「……意外と近く……か……」


 蓮斗は立ち上がり、ふらりとハジメへ向かう。


「惜しかったな社長。次に生かせばいいさ」

「ハジメ」

「ん?」

「俺にお前からの“愛”を教えてくれ!」


 ………………


 場が沈黙する。新次郎だけが、ほぅ、と顎に手を当てた。


「……社長。少し頭を冷やせ」

「俺は冷静だ! お前や野郎共を護るために必要な事なんだ!」

「…………う、うわぁぁぁ!」


 と、平常心が限界を迎えたハジメは顔を真っ赤にして公民館から逃げるように走って出て行った。


「あ、待て! 俺に愛を教えてくれ! ハジメー!」


 蓮斗も彼女を追って出て行った。


「ジジィ……」

「ガッハッハ! 若いってのはエネルギーが有り余ってるやがる!」


 蓮斗のヤツは自分の言ってる言葉の意味を深く理解してねぇな。

 七海はあっちの事はあっちに任せて、勝敗を確認する。


「互いに1勝1敗だぜ? ちんちくりん」

「うー! またちんちくりんって言ったぁ! 勝ったら絶対にその口調を直させてやるんだから!」

「そうですね。では、私の責任は重大のようです」


 ユウヒ陣営、最後の一人であるアヤはゆっくりと前に出る。

 無論、七海陣営も最後は本人が出る事になる。


「ああ。手加減は必要ねぇよな?」


 全く隙の無いアヤの雰囲気に七海は相手にとって不足無しと不敵に笑った。

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