第241話 愛を取り戻せ

 その事を最初に受けたのは鬼灯だった。

 慌てて戻ってきた轟は少し息を切らしながら声を上げる。


「シオリちゃん! 大変だよ! 国尾君が!」


 それを聞いた鬼灯と姫野は佳境に入ったゲームプレイヤーにもその事を伝えた。


「国尾。アイツ……」


 七海は己の役割を全うした国尾を称賛の意を示す。


「マサ……お前と言うヤツは……」


 樹は弟の心理を理解し天を仰ぐ。


「やれやれ。やはり彼を繋ぎ止めるのは不可能か」


 黒船は元から無理があったのだと納得した。


「仕方がない……か」


 真鍋はせめて運営の三人が無事だっただけでも良かったと見る。


「え? 国尾さんが? え? え? どういう事です?」


 と、ケンゴはすぐに事態を飲み込めず情報を聞き返した。


 今より数分前。ゲームの盤外で始まって終わった国尾正義の事だった。






 数分前。


「こっち、こっち。俺らの車の中にさ。殺虫スプレーあるから」


 岳とその取り巻きの二人は轟を自分達のワゴン車へと誘導する。

 そして、トランクを開けると、罠のようにポツンと置かれた段ボールがあった。


「あの中に入ってるから好きなの持っていきなよ」

「わぁ、ありがとうございます」


 そう言って轟がワゴン車の中に入ったのを確認すると岳は、バタン、とトランクの扉を閉める。


「まさか……ロープもガムテも要らないとはな」


 簡単すぎて逆に罠を疑いたくなる程に無警戒な轟。しかし、獲物は檻の中。最早逃げる事は出来ない。


「それにしてもかなりの上玉だね」

「今度のレイ○動画は延びるぜぇ。前の女は適当に引っ掛けたブスだったからな」

「どうする? 海と山のどっちに行く?」


 三人はこの後、どう動こうか思案し合っていると、


「待てぇい!!」


 そこへ、ズンッ! ヌゥ! と国尾が現れた。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……ん? 何? マッチョマン。待てって言うから待ってんだけど?」


 岳は現れた国尾に怯む様子は全くなかった。何故なら彼らは登山ウェアの中にナイフを仕込んでおり、時には凶刃沙汰も辞さない構えであるからだ。


「どうする岳ちゃん」

「コイツはドスっとサクサク殺っちゃう?」

「まぁ待て。コイツは俺らの仲間にする」


 岳は動きを停止している国尾を見て確信する。


「見ろよ。コイツの眼。俺らと同類の眼をしてるぜ」

「…………」


 そんな三人を目の前に、国尾の心にはある存在が語りかけてくる。






 心の正義A「おーい……おーい。どうした? 正義(主人格)」

 心の正義B「何をしてる正義(主人格)よ。何故悪漢どもをお仕置きしない?」

 心の正義A「まさか、疑っているのか? 自分の持つべき“愛”の行方を」

 心の正義B「昨晩の事か……アレをまだ引きずっているのか?」


「愛こそが俺の進む道であり、この世界において最も価値のある代物……だと思っていた。しかし……昨晩において俺は自らの持つ“愛”が暴走した事を恐れたのだ」


 心の正義A「正義よ。お前も解っていたハズだ」

 心の正義B「そう。愛とは世界を繋ぐ平和であると。それ故にそのエネルギーのコントロールは困難を極めると」


「ああ。必要なモノは強靭な肉体と精神力。しかし、そのどちらも“愛”によって振り回されてしまった」


 心の正義A「選んだの道を後悔しているのか?」

 心の正義B「後悔を感じているならば、まだ救いの道はある」


「そんなモノ残されているというのか?」


 心の正義AB「「勿論だとも」」


「フッ……どうやら。コレの道に終わりは無い様だな」


 心の正義A「正義よ。愛を信じるのだ」

 心の正義B「そう。信じる心だ。それが最も重要な要素ファクター


「先へ進めば進むほどに……困難が待ち構えていたとしても。愛は確かに俺の中にある。この強大な力……全てを律する必要は無い」


 心の正義A「それに気づいたのならば後は簡単だ」

 心の正義B「愛と平和ラヴアンドピース。愛=平和。愛→平和。愛←平和だ」


「完全なる愛の無限ループと言うわけか。それならば更なる先へ行けるな」


 心の正義A「完璧に理解した様だな正義」

 心の正義B「ならば何も心配はあるまい」


「ありがとう、俺達よ。見ていてくれ」


 光が意識を一つに戻す――






 停止してから数秒で、脳内の正義達と会話を終え、一つと成った瞬間、上半身の衣服が優しく弾けとんだ。


「!? なんだコイツ!」

「なんか優しく服が!?」


 そして、全てを悟った眼で岳達を見下ろす。


「ほら見ろよ。俺らと同類だろ?」


 すると国尾はスッ、と握手を求める様に手を差し出してくる。


「おお! 解ってくれた様だな! 俺は岳! 岳ちゃんって呼んで――」


 しかし、その手はそのまま岳の顔を掴んだ。


「何を勘違いしている?」






 ワゴン車を運転する国尾は鳴ったスマホを見た。相手は鬼灯。スピーカーにして着信を取る。

 

『国尾君?』

「鬼灯の姉御」

『甘奈から聞いたわ。そっちは大丈夫なの?』

「はい。こっちはこっちで処理します。それと、自分都合で申し訳ないのですが」

『解ったわ。皆には国尾君は帰りのバスには乗らないって伝えておくから』

「ありがとうございます。また、明後日に会社で会いましょう」

『ええ。また、会社でね』


 国尾はピッとスマホを切る。

 ワゴン車の後ろには気を失った岳と取り巻きの二人がガムテープとロープで身動き完全に封じられていた。


「大漁だぜ」


 ブロロー、とワゴン車は愛と平和を乗せて、旅館を後にして行った。

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