第231話 私の彼に何か用かしら?

「なに? コイツ誰なのよ? ミサキ」

「元カレ~」


 生活圏が近いと稀にこう言う事が起こる。俺はミサキが腕を組んでいる男を見て納得した。


 別れる時に、実は年上が好きとか言ってたな。同学年の俺は最初から恋愛対象じゃなかったとか、取って付けたような情報を追加して。


「なに、ノリト。あんた塾なんて通ってるの?」


 ミサキは俺が学生服で肩からバッグを下げてる様子を見てニヤつく。幸福度で自分との落差を比べているらしい。

 俺は適当にあしらう事にした。


「色々と将来を考えててな。お前の邪魔をする気はない。じゃあな」


 そう言ってそそくさと去ろうとすると、ガシッ! と肩を掴まれた。


「おい、今のは俺たちに対する当てつけか?」


 ミサキの彼氏ニューボーイが俺を引き留めた。


「別に。そんなつもりは無いですけど?」


 彼氏さんは俺よりも年上なので敬語。おそらく成人しているだろう。ピアスにヒゲからして、それが許される職場か無職のどっちか。


「その態度はムカつくなぁ。俺らをバカだと思ってる眼だ」

「別にそんな事思ってないですよ」


 偏見も良い所だ。しまった……ミサキは刺激のある男の方が良いと言っていたので、付き合っている彼氏クンはその手の短気である可能性は高い。


「ノリト~。謝った方がいいよ~。こーちゃんね、ボクサーだからさ~」


 なるほど。こーちゃんは、ボクサーか。なんか体幹がしっかりしてると思った。


「謝れよ」

「いや……なんでさ」


 話の接続が出来ていない。向こうは自分だけの超理論で話を進めるモノだからこっちの言語が通用しねぇ。

 こう言うのは相手をせずにさっさと立ち去るのがベストなんだが……尾を引くと後々面倒くさいからなぁ……


「俺らの事を馬鹿にしたからだろうが! それもわかんねぇのか?」

「そーそー。せめて慰謝料でも置いて行ってよ」


 コイツら……腕力をチラつかせて金を巻き上げる事やってんのか。ミサキのヤツ……俺と付き合ってた時はまだマシだったのに……パラシュート(俺)が無くなった途端、どんどん落ちて行きやがる。


「どうせまだ彼女も居ないんでしょ? わたしに釣り合う女なんて中々いないしね。独り身でゲーセンでしかお金の使い道が無いみたいだから、わたしたちが使ってあげる」

「感謝しろよ」

「いや……だからなんでだよ……」


 お前らもゲーセンで浪費するつもりだろうが。

 言語と人種が同じでも、意思の疎通って出来ないモンだなぁ……。もう面倒だから走って逃げてしまおうか。

 そう思っていると、


「私の彼に何か用かしら?」


 後ろからとんでもない事を言いながら会話に割り込む鬼灯を思わず見た。






「は? 誰よこの女」


 ミサキは急に現れた鬼灯を見て少し困惑していた。

 鬼灯は遠巻きから見ても相当に美形である。整い、大人びた顔立ちは、美麗と感じさせる造形をし、学生服の上からでもはっきりと分かるプロポーションも標準以上の黄金比でまとまっている。無表情を除けば外見はモデルかアイドルと言っても差し支えない。


 子供っぽく背伸びしようとしてるミサキとは天空と海底程の差がある。


「彼の彼女よ」


 唐突にそんな事を言って現れた鬼灯に、オレが一番困惑していた。弾幕ゲームはどうした? データは集め終わったのか?


「か、彼女ぉ!? ノリトにこんなっ! くっ!」


 ミサキが言葉にならない声を上げている。そりゃ、鬼灯との外見には相当に差があるからなぁ。現れた瞬間、思わず惚けてたし、心は敗北をしているが、認められないって所か。


「嘘でしょ! ノリトにこんな彼女が居るわけ無いじゃない! どうせ、フリでしょ? フリ!」

「別にどうだって良いだろ……」


 俺はお前が妬む理由がわからねぇよ。


「名前! その女の名前を言いなさいよ! 彼女ってんでしょ!? 言ってみなさい!」

「未来だよ」


 俺がノータイムでそう答えると、ミサキよりも鬼灯の方が驚いて俺を見る。初めて彼女の無表情以外を見た気がした。

 鬼灯から引っかけて来たので俺はこの設定で押し通す事に。


「俺の彼女の鬼灯未来ちゃんだ。高校は別だが、塾で知り合った」

「よろしく」

「よろしく……じゃないわ! 何なのよ! もー! キー!」


 ホント、コイツは何がしたいんだ? 理解の越えたミサキの感情に俺は困惑する。

 鬼灯は無表情デフォルトに戻ったし、場が混沌と化して来たな。


「ノリト君。私がゲームしてる所をちゃんと見てて」

「お、おお……」


 俺は手を引く鬼灯は弾幕ゲームに戻る。中断機能は無いので離れて会話をしている間に残基はゼロ。最後の1基になっていた。


「ま、待ちなさいよ!」


 まだなんかあんのか。


「そんな機械みたいな女がノリトとくっつくなんて! おかしいわよ!」


 おかしいのはお前の頭だ。俺はそう思ったが、相手にしなくていいわよ、と鬼灯に言われて無視をする事に。


「おい」


 すると、こーちゃんが動いた。俺の肩を掴む……俺ぇ?


「何、ミサキの事、無視してんの?」


 しまった! コイツも思考が地球外だった! 俺の女を馬鹿にしやがって、オーラがひしひしと伝わってくる。

 ミサキは、こーちゃん……と彼氏が動いた事に感動してるし、面倒だよホント。


「いや……会話にならないんで……」

「は? わけわかんねぇ事を言ってんじゃねぇぞ!? あ!?」


 威嚇、入りました。本当に思考が人間よりも動物に近いヤツは何かと叫ぶ傾向にある。こう言うヤツからはとっとと逃げるのが一番なんだけど……鬼灯も絡んでる以上はそうも行かないなぁ……


「テメェ……家に押し掛けられたくなかったら慰謝料置いてけや!」


 え? マジ? 家に押し掛けてくれんの? 俺の家にはコンクリートを素手で砕いて、ヤクザ十数人を一人で半殺しにするゴリラが居ますけど……あ、ミサキとは家族に紹介する前に別れたんだっけか。


「あの……手を離してくれません? ボクサーでしょ? 喧嘩はご法度では?」

「は? ハト? つくづく馬鹿にしやがって!」


 知識も足りてないと、こうなるのかぁ。

 鬼灯は荷物を持って筐体から離脱。俺と、こーちゃんから少し離れる。巻き込まれない様に移動するあたり、状況の理解が早くて助かる。

 こーちゃんが腕を振り上げ、俺は暴れ牛をゲーセンの外へ誘導する動きを脳内でシミュレートしていると、


「ユニコォォン……」


 こーちゃんの背後から、騒ぎを聞き付けたユニコ君が声をかけてきた。


 弾幕ゲームの筐体では最後の機体が破壊され『GAME OVER』の文字がユニコ君の心境を物語っている様に感じる。

 地味に恐かった。

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