25:キラキラ
「旅人さん、そんなとこで何してるの?」
「見ての通り、捕まってるんですよ」
その身一つで『異界』を渡り歩く魔女は、いつだって突然Xの前に現れる。とはいえ、Xも、見るからに「魔女」らしい彼女のとんがり帽子と黒いドレス、そして空飛ぶ箒に乗った姿を目にしたところで、驚きの声一つあげないどころか、世間話のような調子で返すのだった。
「捕まってる割には余裕そうだけど」
「帰ろうと思えば、いつでも帰れるので」
言いながら、Xは自分と魔女とを隔てる金色の格子――己を捕らえている檻を無骨な指で撫ぜた。
今回、この『異界』に降り立ったXの目に真っ先に映ったのは、硝子張りの箱の中に収められた、目にも眩しい黄金の塊だった。見渡してみれば、辺りに浮かぶ、どのような仕組みで灯っているのかもわからない光に照らされた部屋の中、色も形も様々な、しかしどれもこれも目を離せないほどの存在感を持つ煌びやかな宝石や貴金属が、所狭しと飾られていた。宝物庫、と呼ぶのが相応しいだろうか。
しかし、これは、誰の、何のための宝物庫なのだろう。
そんなことを思いながらディスプレイを見ていた矢先に、Xの視界の端で、閉ざされていた部屋の扉が開き、何者かが部屋に飛び込んできた。
「おやおや、部屋にネズミの気配があると思えば、これはこれは」
がらついた、耳にうるさく響く声がスピーカーから聞こえてくる。Xがそちらを見れば、そこに立っていたのは頭の先から身に纏った長い衣の裾まで真っ黒な人間――否、人のようなシルエットをしてはいたが、その頭は鳥だった。横についた目、突き出した嘴。その顔立ちは『こちら側』でいう鴉によく似ている。
数多の『異界』を渡り歩いてきたXは、現れた異形を見たところで特に動じることもなく、自分より頭一つほど大きなその異形の人物と向き合い、頭を下げたのだった。
「突然お邪魔して申し訳ありません。自分は、」
「よいよい、言わずともわかる。お主、世界を渡る旅人だろう。偶然この部屋に迷い込んだというところかな」
言葉が通じている上に、やけに話が早い。Xも先にこちらの事情を全て言い当てられるとは思っていなかったのだろう、激しく瞬きをする。
そんなXの反応が愉快だったのか、鴉の顔をした人物は嘴を開いてやかましい笑い声を立てる。
「何、我も世界を渡るもの。お主と同類ということさ」
「同類……、ですか」
どうやら、この人物も世界が無数にあることを認識し、世界を越える能力を持つらしい。魔女といい、この人物といい、我々が思う以上に世界を渡り歩く者は多いらしい。『こちら側』が他の世界から見たら遅れているのかもしれないが。
「そして、これらは、いくつもの世界を渡って見つけてきた、我のお気に入り。綺麗であろう、煌びやかであろう」
「そう、ですね。とても、美しいと思います」
「であろう?」
人間のような表情筋を持たない鴉の顔から正しく表情を窺うことはできそうにない。ただ、その目が細められたことだけは――それが、例えば獣の舌なめずりを彷彿とさせる、何とも不穏な表情であることだけは、伝わってきた。
「お主も、随分、煌びやかなものを持っているねえ」
「は?」
煌びやか? Xが?
X自身が疑問符を投げかけたように、私も思わずディスプレイの前で首を傾げてしまう。Xは見た目だけで判断する限り「煌びやか」などという言葉とは程遠い。地味で冴えない、ならよくわかるが。
だが、鴉頭の人物はXの疑問符など知ったことではない、とばかりに嬉しそうに笑うのだ。
「何とも魅力的な輝きじゃあないか。これは、」
――欲しくなってしまうねえ。
その言葉と同時に、辺りに落ちていた影が浮かび上がり、紐のようにXの体を絡めとる。腕を振って引きちぎろうとしても、それはXの想像よりもずっと強く絡みついているようで、剥がすことができない。
Xの足が床から離れて高く持ち上げられる。鴉頭の人物は、けたたましい笑い声を上げながら言う。
「お主にも、我の蒐集品の一つになってもらおう」
かくして、Xは宝物庫に吊るされた鳥籠に似た檻の中に閉じ込められ、魔女が現れる今まで身動きが取れずにいたのだった。
とはいえ、『異界』に赴いているXの意識体と『こちら側』に残された肉体とは見えない命綱で繋がっており、我々が命綱を引き上げることで、Xは『こちら側』に帰還することができる。その判断は私が下すことになっているが、Xが望んだ場合も即座に引き上げを行う取り決めだ。実際に『異界』を体験しているXでなければ判断がつかない、そういう身の危険もあるだろうから。
だから、Xからすれば「いつでも帰れる」というのはその通りで、Xが焦りを見せないのもわかる。わかりはするが、随分呑気すぎやしないだろうか。『異界』で危機に陥るのに慣れきってしまうのは、それはそれで問題がある気がする。
魔女もXの言葉には呆れたように笑いながら、肩を竦めてみせる。
「じゃあ、助けなくていい?」
「できれば助けてほしいですが。わけもわからないまま捕まったままでいるのも、あまり、気分はよくないので」
「それはそうよね。まあ、あなたも運が悪かったわね、蒐集の魔女の棲家に足を踏み入れちゃったんだから」
「蒐集の魔女……、あの、鳥の頭をした人物、ですか」
「そうよ。私たちの中でも魔女らしい魔女、といえばそうなんだけど」
なるほど、あの鴉頭の人物も彼女の認識では「魔女」という分類なのか。この魔女の中で、あの鴉頭のどのような部分が「魔女らしい魔女」と認識されているのかは、私にはさっぱりわからなかったが。
「ここの主はね、呼び名の通り、ものを集めるのが大好きなの。それも、特に、きらきらしたもの」
魔女は言いながら部屋の中を見渡し、Xの視線もそれを追う。広い部屋いっぱいに詰め込まれた、宝石や貴金属。あの鴉頭の魔女が数多の世界で集めてきたという、「蒐集品」。
「確かに、きらきらしていて、眩しいくらい、ですが」
Xはふと魔女に視線を戻して言う。
「そういうものは、あなたも、好きなのでは?」
そう、この魔女は「宝物」を求めて世界を渡っているのだと、以前聞かされたことがある。まだ見たことのないもの、素敵なものを、いっぱい、めいっぱい。その欲求が祟って危機に陥ったところをXに救われたこともあるくらいには、彼女の「宝物」を求める気持ちは強いようだった。
しかし、魔女は顎に手を当てて、軽く首を傾げてみせる。
「うーん、好きなものもあるけど、そうじゃないものもある。ちょっと趣味が違う、っていうの? 素敵と思うものは、人それぞれだからね」
「なら、どうして、あなたはここに――」
言いかけたXの言葉は、突如として響いた声に遮られることになる。
「また来たのか、この泥棒猫!」
いつの間にか部屋に現れていた鴉頭の魔女は、箒に乗った魔女を見上げて不愉快な響きの声をあげる。
「我の宝珠を盗むに飽き足らず、こやつの目玉も盗み出すつもりか!」
盗む。その言葉に、もしかするとXは相当苦い顔をしていたのかもしれない。何しろ、Xは殺人犯という肩書きを持ちながらも、妙に堅気なところがある。箒の魔女に向けて放つ言葉にも、苦々しさの色を隠しもしない。
「……あの、趣味が違う、って言いましたよね」
だが、箒の魔女はあっけらかんとしたもので、「好きなものもあるって言ったじゃない」と、悪びれた様子もなく片目を瞑ってみせるのだった。
「でも、今日はお宝を見学させてもらいに来ただけだし、そしたら偶然知り合いが捕まってたから、助けてあげようかって話をしてただけ」
「騙されるものか! お主、以前も適当なことをぬかして、我の蒐集品を盗み出しただろうが!」
「そうだったっけ? 覚えてないなあ」
「ここにあるものは、全て我のものだ。お主に奪わせはせぬぞ」
「いや、別に私、この旅人さんの目には興味ないんだけど……、っと!」
鴉頭の魔女の足元から生えた影が、槍のように鋭く箒の魔女を狙い撃つ。だが、箒の魔女はその一撃を予測していたとばかりにくるりと空中で一回転、紙一重でかわす。
「そっちがやる気なら、仕方ないなあ」
天井に向かってかざされた箒の魔女の人差し指には、きらきらと輝く光が宿る。それを無造作に振り下ろせば、花火のような光が宝物庫を埋め尽くして、鴉頭の魔女の影を焼く。だが、光があれば影もまた生まれるもので、次から次へと生えてくる影が、箒の上の魔女を狙う。
二人の魔女が放つ魔法が、中空でぶつかり合い、派手な火花を散らす。その余波を受けて、天井から吊るされているXが入った檻が激しく揺れる。魔法が弾けるたびにぶんぶん振り回される檻の格子を掴みながら、Xは、ぼそりと呟いた。
「もう、引き上げてもらおうかな……」
私も、それが賢明な判断だと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます