ホストの贔屓日和③
溶けかけた氷とブランデーの混じる液体を喉の奥に押し込む。 心優はブランデーが好きらしく、高価ではないがいつもこれを頼む。 そしてグラスを置くといつも嬉しそうに笑いかけてくれている。
―――俺が心優に何故か惹かれている理由。
―――その理由が最近になって分かった気がする。
「颯くんは調子どう?」
「俺は大丈夫」
「もうそればっかり。 “大丈夫”が口癖になってない? 余計に心配だよ」
「じゃあ逆に心優は俺が何を言ったら安心するんだ?」
「えぇ? そう言われると困るなぁ・・・」
―――それに俺は心優といるといつも調子が狂うんだ。
―――俺の長所が全然活かし切れていない。
―――寧ろこれが自然体なのかもしれないけど。
ホストとして働いているが、心優が来てくれた時だけはホストとしての自分を忘れてしまうことがある。 彼女は積極的に話をするタイプではないし、接客してくれているわけでもない。
ただゆっくり流れる時間が心地よいのだ。
「・・・あのさ」
「うん?」
「どうして心優はここへ来てくれるんだ?」
働いているホストクラブの場所を教えてから、翌日が仕事休みの日には時々来てくれていた。
「どうしてって、颯くんが心配だからだよ?」
「それだけ?」
「他に理由がいる?」
「じゃあどうして俺を指名しなかったんだ?」
「颯くんが元気に働いている姿を見るだけで十分だから」
「・・・」
心優は颯以外のホスト、しかも後輩であまり人気のないホストを指名している。 当然、颯がいることが分かっているうえでそうしたのだ。
―――これだ。
―――俺が心優に惹かれる理由。
―――心優には欲というものがないんだ。
―――俺がナンバーワンだから遠慮しているという可能性はある。
―――だけどそんな理由ではない気がする。
―――欲がなくても人生楽しく生きていられるのか?
―――それがいつも気になって心優から目を離すことができない。
―――・・・どこか俺と似ているんだ。
欲と言っても颯に対してだけだ。 心配だからという理由でわざわざ大金が必要なホストクラブへ訪れなくてもと思うことは多々あった。
―――介護職が薄給であることは俺も知っている。
―――なるべくお金がかからないようにしているけど、来るだけでもお金がかかるのがホストクラブだ。
「颯ー! 3番テーブルを頼むー」
「あー、俺はまだここに」
「いいよ、行ってきなよ。 颯くんを求めているんだよ?」
「でも」
「ほら、行った行った! もうすぐお店は閉まるんだから、もうひと踏ん張り! 頑張っておいで!」
笑顔でそう見送られた。 3番テーブルには彼氏持ちで、この店常連の30代の女性がいた。
「やっと来てくれたー! もう遅いよぉ」
「悪いって。 あれ? もしかして髪色変えた?」
「え! 分かるの!? ほんの少し明るくしただけなのに!」
「大分雰囲気が変わったからそのくらい分かるよ」
「颯ってば本当にいい男! アタシの彼氏は全然気付いてくれなかったからさぁ」
「もしかして彼氏に何か不満でも持ってる? 俺でよかったら聞くよ?」
そう言うと女性はグイと距離を詰めてきた。
「今はアタシのことよりもさ。 颯はどうなのよ?」
「俺?」
「そう。 最近あの子にかかりっきりじゃない?」
そう言って心優を見る。 入れ替わるように後輩のホストが付き何か楽しそうに話しているのが気にかかった。 気にしないようにしていれば気にしないこともできる。
だがこうして言われると気にしてしまうのが人というもの。 本当は席を移りたくなかったし、すぐにでも戻りたい。 心優とのことを聞くなら呼び付けないでほしいと思う気持ちも少しある。
だが自分は今ホストとして働いている。 心優はともかくとして、他のお客さんに気を遣われるようなホストがどこにいるというのか。
「確かにね、ある程度の贔屓は必要だと思う。 お金をたくさん払うお客さんに目をかけるのは仕方のないことね。 それはどの女性も分かっているでしょう」
「・・・」
「でも颯は違う。 颯の特徴って何だった?」
「・・・人たらし」
「そう。 颯の長所はその人たらし! 男女問わず平等に振る舞うのが貴方なの。 それを忘れちゃ駄目よ」
颯は人たらしでナンバーワンを勝ち取った男だった。 人たらしは男たらしや女たらしとは違いいい意味だと教わった。 人たらしは男女から好かれるため悪いところがないのだ。
最初はそのようなことを意識すらしていなかったが、ホストとして働いているうちに自然とそんな認識になった。 人たらしとは人の心を掴むのが上手く不思議に多くの人を惹き付ける人のことをいう。
店長からその特徴を存分に生かせと言われている。
―――俺は別にナンバーワンをキープしたいとかそういうのはない。
―――・・・でも、そうだよな。
―――俺の人たらしを求めてくるお客さんは多いんだ。
―――そんな俺から人たらしがなくなったらお客さんに失礼だ。
「・・・ありがとう。 そう言ってくれて」
「いいのよ。 颯はもう弟みたいなものだからね。 じゃあそろそろ自分のテーブルへ戻りなさい」
「分かった。 じゃあ、また」
笑顔を見せこのテーブルを後にした。
―――俺は別に心優に恋をしているわけではない。
―――・・・でもこれ以上本気になったら色々とマズい気がする。
そうして颯は自分を守ろうとした。 ただ颯は自分の本当の想いに気付かないよう、蓋をしているつもりになっているだけだった。
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