第14話
初仕事をしてみよう
寝る前にカッフェを飲んでしまったために夜更かししてしまい、眠い目をこすりながらギルド館の酒場でリンゴを絞ったジュースを飲んでいた。
隣にはアニカとジェラルドが朝から分厚い豚の燻製肉をパンに挟んで、チーズをつまみながら食べていた。
「うにゅ、眠いのう。」
「カッフェは控えめにしてくださいね。子供はあんまり飲んじゃいけないんですよ。」
「うにゅ。それよりアニカ、髪の具合はどうなのじゃ?」
「あぁ、本当にありがとうございます。すっごく櫛のとおりがいいんですよ。 触っていても気持ちいんですよ。」
ほらと差し出した髪にロリではなく、ジェラルドが触れた。髪の付け根から何度も手ぐしで指の通りを試し、最後に彼女の頭頂部に鼻を寄せて匂いを嗅いだ。
「な、な、な…………」
「これはいいな。香りもいいぞ。」
「朝から見せつけてくれおるのう。」
顔を真っ赤にしたアニカはのぼせたように椅子の背もたれにぐったりと寄りかかった。原因であるジェラルドは全く気にする様子なく、ロリに今日の予定を聞いてきた。
「今日は軽く仕事を受けようかと思おておるのじゃ。チハたんと一緒に行って、薬草の採集かの。」
「そうか。おいアニー、今だと何がいいかな。」
「うぅ……えぇっとですね。
ロエロエ草の葉やヒエール草などがシーズンですね。
まず、ロエロエ草は厚みのある葉っぱでトゲトゲしています。傷に効く薬草なんですけどね、この季節は葉の厚みが出てくるので、葉の皮を剥いて中身を蜂蜜に漬けると美味しいんですが、子供は下痢をするので食べさせませんね。
あと、ヒエール草は熱冷ましなんですが、これもトゲトゲした葉っぱですが、銀色をしていますのでわかりやすいと思います。
あとは薬師ギルドからマコ草の実の依頼がありますが、これは見つけるのが大変なので、あまり気にしなくてもいいと思います。」
「どんなふうに大変なのじゃ?」
「数が少ないんです。昔に乱獲してしまったという話ですが、よくわかりませんね。地面に赤黒い丸い実をつけている蔦のような植物です。」
「まあ、運が良ければというところじゃな。ご飯を食べ終えたら、すぐに行ってくるのじゃ。」
「無理はしないようにしてくださいね。」
「おうなのじゃ。」
冒険者たちも動き出した朝の時間に、ロリもチハたんとともに西門へと向かった。街に入るときにもいた衛士が声をかけてきた。
「おう、今日は狩りに出るのか? 」
「いや、今日は採集じゃ。」
「そうか。出て西の方に向かうとよく見かけるそうだぞ。だが、昨日は冒険者が岩狼の群れにあったと言ってからな。気をつけれよ。」
「わかったのじゃ。」
キュラキュラと無限軌道の音を聞きながらロリは平原に出た。
ロリの目の前には背の高い草と低木の藪、そしてずんぐりむっくりの幹のてっぺんに短い枝を生やした木々の草原が地平線の向こうにまで広がっていた。遠くには鹿の仲間のけものたちが群れを作り、草原を駆け抜ける姿が見える。
淡い空色に白い午前の日の光が眩しかった。
門番の衛士たちのアドバイスの通りに西を行くとヒエール草の群生地があり、ロリは腰の銃剣で刈り取っては近場の葦でくくり、束にした。一箇所で取り尽くすと後で生育が悪くなると言われていたので、また違う群生地を探した。すぐに見つかったロエロエ草は彼女の記憶では異世界のアロエによく似ていた。
午前中だけでいくつかの群生地を発見できて、一山分できたので、午後は休もうと考えながら、ギルド館の酒場でモーニングを提供しているおばちゃん方から頂いたお弁当のパンとチーズ、リンゴをチハたんの車上でのんびりと食べていた。
「師団長どの、10時の方角に何かに追われている人らしき影が見えます。確認をお願いするであります。」
「ん。」
ロリは硬い全粒粉のパンを飲み込み、双眼鏡を覗いた。剣や弓を持った冒険者が牛ほどの大きさがあり頭に兜のような岩の塊がついた灰色の狼の集団に追われていた。
「ふむ。冒険者じゃの。追っているのは岩狼の集団じゃのう。」
「いかがいたしますか?」
「もちろん、助けないわけにはいかんのじゃ。チハたんよ、行くぞ!」
「了解であります!! 」
チハたんはロリの掛け声とともに彼らに向かって走り出した。
道のない草原をチハたんの無限軌道はかまわずに速度を上げる。ロリは舌を噛まないように口を閉じて、車体に掴まって追われる冒険者たちの様子を確認していた。
二者の間の距離はさほどなく、このまま榴弾状の魔法弾を分断目的で撃ち込むと被害が予想されたために岩狼の群れの真ん中からやや後方を狙う形で射撃をチハたんに命じた。
着弾とともに榴弾は破裂し岩狼たちが宙を舞った。
「す、すごい。」
「何が起こったのだ?」
「助かった…のか?」
惚けたように散乱した岩狼の死骸を見つめるパーティーメンバーに槌を振り上げてリーダーと思しき小柄で筋骨隆々とした髭もじゃの僧兵が吠えた。
「まだ助かったわけじゃねえぞ。残りを狩るんだ! 」
「お、おう!」
弓士の男が応えた。矢継ぎ早に迫り来る大きな岩狼に目掛けて射るとそれを避けた狼の脇腹に僧侶が槌をくるりと向きを変えてピックになった部分を叩き込んだ。
ギャン!!
たまらず悲鳴をあげた岩狼の腹深くに刺さり込んだピックの勢いは止まらなかった。
岩狼はそのまま飛ばされ、二、三度バウンドしたのち身動きしなくなった。
他の二人の男たちも残りの岩狼を退治した。
荒い息遣いでへばっていた冒険者たちのところへと到着したチハたんに彼らは顎が外れんばかりに口を開いて見上げていた。
「なんだ、こりゃ?」
「そちたちは怪我はないのか?」
「……ロリちゃんじゃねえか。」
キューポラから顔を出した少女の顔を見て、剣士が呟いた。ロリもよく見ると夕食どきに見かける男たちだった。
「なんじゃ、ヨハネスではないか。これはどうしたことなのじゃ?」
「……聞かないでくれ。」
「そちたちもまだまだじゃの。」
「返す言葉もねぇ。」
「誰だ、この子供は。」
「言っただろ。アニーちゃんの隠し子だ。」
「な、なんだってーっ!? 」
「誰じゃ、そんなデマを広げるたわけは!? アニカは妾を一三歳程度で産んだ計算となるのじゃぞ! 」
「ないわけじゃねえよな。」
「ああ。」
「俺っちの姉さんは一〇で仕込まれそうになったとうちの婆さんがめちゃめちゃ怒っていたけどな。」
「そ、そうなのか? しょ、庶民は早熟じゃのう。」
「おい、そんなんより、こっちさ見てけんろ!!」
一人離れて岩狼の死骸を検分していた猫族の男が皆を呼んだ。彼が指差した死骸は他の岩狼よりもふた回りほど大きく、牙も内からはみ出していたが、何より目立ったのはこの岩狼の頭に岩ではなく一本のツノが生えていた。
「……岩狼とは違うようじゃのう。」
「マジで言ってんのか? こいつぁ一角狼(ブルータル・ホーン・ウルフ)だぜ。とんでもねぇのが出てきたな。」
「ああ、今年の『蝕』はヤベェと聞いていたがな。まだ、始まってもいないのにこんな大物が出てきやがったとはな。」
「にゃにゃにゃんとすべな。」
「とりあえず、ギルドと衛士に報告だろう。」
ヨハネスたちパーティーは頭を寄せて話し合いを始めた。
そこから外されたロリはチハたんに話しかけた。
「知っておるか?」
「知らないであります。『蝕』とはそれほど危険なことなのでありますか?」
「妾も覚えておらんのでのう。『夏至の暁』たちは魔物が凶暴化するということと高位の魔物が出るようになるとしか言っておらんかったのう。」
「ロリちゃんは誰と話しをしてんだ?」
「別に。気にするでない。それよりも、今年の『蝕』はそんなに大変じゃのか?」
「ああ、『蝕』ってよ、本来繁殖期のことなんだよ。つがいを見つけなきゃいけねぇ部類の魔物がいるから、気が荒くなっちまってあっちこっちで縄張りやメスやオス狙いの喧嘩がオッパじまった挙句に、それにつられて関係ねえ魔物まで喧嘩を始めちまうんだ。
んだけどよ、数年に一度、魔力溜まりが大きくなっちまうことがあって、それを吸った魔物がこいつのように高位の魔物になっちまうことがあるんだ。」
ヨハネスは一角狼(ブルータル・ホーン・ウルフ)の頭を蹴っ飛ばした。
「なるほどのう。今年は特に厄介なわけじゃのう。」
「んだなっす。」
「ん〜。考えてもどうしようもないのじゃな。お主らもせいぜい気をつけるが良いぞ。」
「おう。こいつらは血抜きして、後で清算することでいいか?」
「任せたのじゃ。妾はお主らが追われているところにたまたま出会っただけじゃ。『みなし冒険者』は討伐はできんそうじゃしな。お主らに任せるとするのじゃ。」
「ああ、悪いようにしないから安心してくれよ。俺らは処理でもう少しこの場所にいるからな。」
ロリは頷き、チハたんを進めた。ヨハネスのパーティーのメンバーたちは彼女に手を振り、見送った。
「師団長、この後はどうされますのでありますか?」
「むぅ……もう少し、薬草を集めておきたいのじゃ。できればマコ草を見つけておきたいところじゃがな。」
「そうでありますか。ここから北東の方向は人の歩いた気配がありませんので、探索してみましょうか?」
「むむむ……。行ってみるのはやぶさかではないが、チハたんがどうやってこの世の事物を見ているのか、いささか興味が湧くのう。」
「特段、変わったことはないと思われますが。」
「…………まあ良い。では戦車前進。」
ロリは自分の疑問をうやむやにしてチハたんに命を下した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます