第6話 シェイク!!!

「えーっ・・・むっちゃん、これ、胸元開き過ぎじゃない!?」


芽依は心細げな表情で胸元を必死に抑えながら、鏡に向かっている親友に問いかける。


けれど、睦希の反応ったら・・


「どこがよ!?全然平気!むしろ、もっと肌見せたっていいわよ!二次会なんだから!!」


これである。


普段Tシャツにデニムもしくは上下ジャージで過ごしている芽依にとって、パーティードレスはそれだけでもかなりハードルが高い。


「えええ!!無理だよ!!」


「芽依はいっつもTシャツとか、体のライン出ない服ばっかり着てるんだから。たまにはこーやって女っぽい格好する方がいいの!」


「でも・・・なんか心許ないよー」


せめて襟ぐりがもう少し詰まっていたらいいのにと思わずにはいられない。


「ちゃんとボレロ着るんだから、いいじゃない」


「でもー・・・」


鎖骨が綺麗に見えるドレスは素敵だし、ベアトップというのも勿論華やかで悪くない。


けど・・・けど・・・!!


あたし、いっつもジーパンにパーカー羽織って自転車で通勤するような女なんですけど!!??


気分はまさにシンデレラ状態。


って言ってもメイクはこれからだから、まだ半分だけだけど・・・


肝心の心の方は臆病な芽依のまんまだ。


変身する準備はなにも出来ていない。


「絶対可愛いから!自信持って!変な男がもしいたら、あたしが撃退してあげるから安心して頂戴!」


ぐっと拳を握る睦希。


素面の彼女は物凄く頼りにしているけれど・・・・


「酔わないでね?」


念のために言っておく。


「もちろんよ!今日は絶対飲みません。だから、芽依はなんにも心配しないで、心おきなく楽しんで!それで、素敵な人探してよー?」


ボディーガードはお任せあれ、と畏まって胸に手を当てる睦希を疑い半分の目で見つめ返す。


睦希にお酒を飲ませる人がいない事を祈るよりほかにない。


「・・・うん」


前髪のホットカーラーを外しながら楽しげに話す睦希は、片思い中の彼にまつわる心配事は一端棚の上に押し上げたようだった。


彼女が思いを寄せる先生は、どうやら彼女がいるらしいのだ。


って言っても、直接訊いたワケじゃないけど・・・


あの日、酔って帰った睦希がうわごとみたいに呟いた一言から察するに、たぶんそうなんだと思う。


睦希が自分から話をして来るまでは詮索しないで置こうと決めていた。


まるで藤への気持ちを告げられずにいる自分みたいだと思ってしまう。


でも・・・どうせ叶わないんなら・・思い切って新しい恋を探すのもいいかもしれない。


「佳織さん!」


招待客が座るテーブルを順番に回って、やっと目の前まで来てくれた花嫁に、睦希が嬉しそうに呼びかける。


芸能人の婚約会見並みのフラッシュの中で、クラシカルなマーメイドラインのウェディングドレスに身を包んだ佳織が旦那様と微笑んだ。


幸せそう・・・いいなぁ・・・


「相沢ー、それに芽依ちゃんも・・・来てくれてありがとう」


「こちらこそ・・・本当におめでとうございます!!」


「友達まで来てくれて、ありがとう。俺の部下も知り合いも独身が多いから、選り取りみどりだよ、気になる相手がいたら遠慮なく声掛けてやって。可愛い女の子が来てくれたってみんな騒いでたし。それに相沢、お前もそろそろイイ男見つけろよー?ウチの部署の独身メンバー選りすぐってやろっか?」


佳織の夫である樋口の在籍する営業部は、国際部と並んで志堂の花形の部署だ。


仕事も出来て見目も良い男性陣が揃っていると睦希から聞かされていた。


樋口の言葉に、睦希が真顔で身を乗り出した。


「えー!!樋口さん、ほんとですかぁ!?ってダメです、あたし、社内恋愛できませんもん!振られちゃったら悲しいし・・・」


「こらこら、始まる前から弱気でどーする?」


「だって・・・弱気にもなりますよ・・」


「なに?お前でも凹むことあるの?」


「ひっどい!あります!!」


「紘平!相沢は私と違って、弱いとこもあんの!!」


ブーケを持っていないほうの手をグーにして、樋口の脇腹に花嫁の華麗なる一発が決まった。


花嫁がパンチ・・・初めて見た・・・


カメラ片手に呆然としてしまう。


けれど、睦希も、樋口も、佳織も全く気にした素振りもみせない。


普通の一般企業ってこんなもんなんだろうかとちょっとしたカルチャーショックを受けてしまった。


「今さら強がるなって。俺が九州行ってる間、さんざん泣いてたくせに」


肩をすくめて見せた樋口を、佳織が睨みつける。


「泣いてないってば!」


「へーあーそう・・・まあ、いいや。それは今晩ゆっくり聞かせて貰うから」


「・・・何言ってんのっ」


「まあ、楽しんで行ってくれよ?相沢、お前は気の合う男を探せ!間違いなく佳織と同じタイプだから、背伸びせずに一緒にいられる男見つけた方がいいぞ?」


「・・・御忠告どーも」


「紘平の馬鹿は気にしなくていいからね!相沢には、そのうち、ちゃんと素敵な人が現れるからね!駄目だったら、絋平じゃなくて、私が見繕ってやる」


睦希を抱きしめて、佳織が自信たっぷりで言う。


妹扱いされるむっちゃんってのも珍しいなあ・・


芽依と一緒にいる時は、いっつも”お姉ちゃん”の睦希なので、今日の彼女はなんだかかなり新鮮に感じられる。


同じテーブルになったのは、佳織の在籍する総務部の後輩たちだった。


総務部の高嶺の花なの、と写真を指さして教えて貰った事のある美人がワイングラスを上品に揺らしながら意外そうな顔になる。


「へー・・・相沢さんって彼氏いないんだ?絶対長く続いてる人いるんだって思ってた・・・」


「いないですよー。だから、川上さんが羨ましいです・・あんな年下の男前彼氏・・・でも、あんなにカッコイイと色々心配ですよね・・」


「どこに行っても視線突き刺さるのよー・・」


「やっぱり?・・・・あ、でも大久保さん、川上さんに夢中だって経理でも噂ですよー。社内一の美男美女カップルですよね。愛されてるって羨ましいー!!」


「そんなことないってば!!」


「えー・・でも、大久保さんこないだ言ってましたもん。自慢の彼女だって!!」


「えーっ・・・嘘、嘘!!」


「ほんとですってば!」


佳織の後輩と話し始めた睦希を置いて、芽依は飲み物を取りに席を立つ事にした。


お話盛り上がってるし、声かけなくてもいいよね?


話の腰を折るのは申し訳ないので、黙ってそっとテーブルを離れる。


昨日の夜塗りあいっこしたネイルとペディキュア。


ローズピンクの大人っぽいベアワンピに合わせて睦希がチョイスしたのは、少し濃いめのローズピンクのマニキュアだった。


上から重ねたストーンとラメが、薄暗い照明の中でもキラキラと光って目立つ。


アンクルストラップがラインストーンなので、歩くたびにシャラシャラと揺れた。


会場の真ん中に設けられた、フードコーナー。


カウンターでは、シャンパンやカクテルがずらりと並んでいる。


今日はむっちゃんは飲まないって言ってたし・・・いいよね?


グラスを手にオーダーを待つバーテンに声をかけた。


「すみません、シャンパンください」


「かしこまりました」


足の長い上品なフルートグラスに、綺麗な泡の立つシャンパンが注がれる様をぼんやり眺めて、カウンターに凭れる。


と、急に右足の床が消えた。


「・・・!?」


ガクンと体が揺れて、右に傾く。


やだ・・・段踏み外した!?何かにつかまらなきゃ!!


そう思った次の瞬間、誰かにぶつかった。


「きゃあ!!」


「うわっ」


必死に踏み留まろうとしたものの、勢いは止められず、スーツの背中が見えたと思ったら、すでに激突した後だった。


「す・・・すみません!!」


おかげで倒れずに済んだけど・・どうしよう!!


慌てて両足で踏ん張って、ぶつかった相手に頭を下げる。


怪我でもさせていたらと頭の中はパニック状態だ。


「いや・・」


振り向いた相手は、手にグラスを持っていた。


ヤバイ!!


「お洋服!!汚れたんじゃないですか!?クリニーング代・・」


言いかけて、カバンを席に置いたままのことに気づく。


「ホントにすみません!クリーニング代、お支払いしますから!!」


「いや・・じゃなくって、ちょっと待って」


ひたすら頭を下げる芽依の肩をトントン叩いて、目の前の彼が言った。


「コレ、タイミングよく空だったんだよ?」


「・・・・え・・・?」


その言葉で、ようやく芽依は自分の早とちりに気づいた。


「あ・・・すみません!!」


「大丈夫だから・・・それより、怪我ない?」


「あ・・・はい・・・大丈夫・・・です・・・」


「そっか・・・」


彼が何か言おうとしたとき、遮るように声がした。


「夏目、彼女どうかしたの?」


呼ばれた彼が慌てて答える。


「いや。大丈夫、なんでもないよ。すぐ行くから、さき戻っといて」


「そっか?じゃあ、飲んでるぞー」


「えーっと・・・新婦の友達かなんかかな?ウチの会社の子じゃない・・よね?」


「あ・・・あの・・・友達の先輩が辻さんで・・・それで・・」


「ああ・・そうなんだ?どうりで社内で見ない子だと思った・・・」


「あの・・ほんとにすみませんでした!」


「もう気にしないでいいって・・それより、名前聞いてもいい?」


「あ・・・風間・・です・・風間芽依・・・」


「風間さんかぁ・・・これ、渡しといてもいいかな?気が向いたら連絡頂戴」


有無を言わさず掌に載せされた名刺。


そこにある名前をちゃんと確認できたのは、彼が行ってしまったあとのこと。


「・・・夏目・・雄基・・」

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