第5話 彼女たちのリアル

「相沢ー!」


「辻さん!お疲れさまです!」


自販機の前で手を振る総務の才媛に引き寄せられるように、睦希は躾の行き届いた忠犬宜しく小走りで走り出す。


仕事も出来て、面倒見も良くて、且つ綺麗な佳織は睦希の憧れの先輩だ。


「はいお疲れ。何飲むの?お姉さんが奢ってあげよー」


「え!ほんとですか?」


「もちろん、好きなの押しなさいよ」


「ありがとうございます!!」


お礼を言って、カフェオレのボタンを押す。


と、彼女が手に持っている煙草に気づいた。


確か、彼女は吸わないはず・・・


「ん?ああ、コレね・・・・取り上げてるの」


「・・・は?」


「一日1箱近く吸ってるから、結婚式までに本数減らせって言ってんのよ」


「ああ・・・!!もうすぐですもんね、お式!!おめでとーございます!」


「やめてよー照れるから・・・」


「ウチの部でも話題ですよ!!とうとう辻さんが折れて樋口さんと結婚するらしいってー」


「うっそ!・・・そんな噂になってんの?」


「だって、目立ってますもん。樋口さんと、辻さん!」


「ちっとも嬉しくないわよ」


呆れ顔で呟く彼女。


でも、幸せそうな微笑みを見てるとこっちまで、嬉しくなってくる。


「樋口さんってお呼びした方がいいですか?」


「改正手続き面倒だし揉めてるんだけど、あんたはそのままで呼んで頂戴」


「はーい」


「二次会にはぜひ来てよー?私の周りの女の子で独身なんて数えるほどしかいないでしょ?女の子足りなくて困ってるのよ。絋平顔広いから男ばっかになっちゃって。ほら、こないだ一緒にお茶した、相沢の同居人の・・・」


「芽依ですか?」


「うん、そう!あの子も、一緒に連れて来なさいよ。そしたら、他部署の人間ばっかでも寂しくないでしょ?」


「え・・・でも・・・いいんですか?」


仕事帰りに睦希と芽依が駅前でお茶をしている所に、樋口と待ち合わせの佳織が通りかかって時間潰しに一緒にお茶をしたことがあったのだ。


話し上手な佳織のおかげで、芽依も人見知りを発揮することなく楽しい時間が過ごせた。


が、芽依は社内の人間でもないし、完全部外者である。


睦希と佳織は、経理部と総務部という切っても切れない間柄で、同じフロアという事もあり、しょっちゅう仕事で顔を合わせているうちに仲良くなって、今では時々一緒にランチを食べに行ったりもしていた。


「うん!もちろん。賑やかな方が楽しいからね」


「ありがとうございます。言っておきます」


佳織はともかく、人見知りの芽依は大丈夫だろうかと一瞬不安が過る。


が、保育所と自宅の往復のみの毎日を過ごす芽依には、意図して動かない限りはっきり言ってまともな出会いなんてありはしない。


前の恋が終わってから、一度も芽依の浮いた話を聞かない睦希としては、ぜひともこの機会を有効活用したかった。



★★★★★★




「え・・・二次会・・?」


二日ぶりのふたりでの夕飯で、睦希が切り出した話題にやっぱり芽依はあんまり乗り気じゃなかった。


人見知り且つ赤面症の芽依は、不特定多数の男女が集まる場所は特に苦手だ。


当然生まれてこの方合コンになんて参加したことは無い。


「辻さんが、ぜひ一緒にってさ。あんたのこと、気に入ったみたいよ?すごくいい子だって前から褒めてたし・・」


「そ・・そんなこと言われても・・」


「あの人、お世辞とか言わない人だから、その辺は安心していーわよ?本気で気に入った人間じゃないと、褒めないし。ご主人の樋口さんも、すごくいい人だから、あたしは一緒に行けたら嬉しいけど・・・ほら、会社と家の往復ばっかじゃ、独身男性と知り合う機会もほとんどないじゃない?芽依せっかく可愛いのに勿体ないよ。でも、ま、シフトとかもあるし・・とりあえず調整付きそうなら行こう?あたしも一緒だから、安心でしょ」


1年前、睦希が彼と別れた2週間後に、芽依の恋も終わった。


”彼の浮気”というちょっと引きずっちゃう辛い失恋の傷もそろそろ癒えた頃だと思うのだ。


喧嘩別れして、怒ってばかりいた睦希とは対照的に泣いてばかりいた芽依。


今度は、ホントに素敵な人と巡り合って欲しいなぁ・・・


でも、そのためには、自分から動かなきゃ!!!


人前では緊張して表情も身体も強張ってしまいがちな芽依には、良いリハビリになると思うのだ。


二次会に行けば、いろんな人間と会う。


でも、相手はみんな睦希のよく知る社内の人間だ。


間違っても、芽依を傷つけるようなヤツはいないはず。


・・・・まあ、もしいたら・・・またこないだの浮気男みたいに、あたしがやっつけに行くだけよ!


あたしは、正義の味方じゃないけど大事な友達を泣かせるような不逞な男は絶対に見過ごせない!!。


芽依の泣き顔を見た睦希が相手の男の職場まで乗り込んでいったことを知った藤たちは、やり過ぎだと揃って小言を漏らしたけれど。


睦希は自分の行動を後悔なんて微塵もしていなかった。


大事な芽依に泣き寝入りなんて、させるわけにはいかなかったのだ。




★★★★★★



「むっちゃんらしいなぁ・・・」


子供達のお昼寝中に、保護者との連絡ノートを書きながら呟く。


”なにがあってもあたしは、あんたの味方よ!!”最初から、睦希はそうだった。


自分の意見をハッキリ言って、それでみんなを納得させてしまう。


それでも、敵を作らないのは、佳織の面倒見のよさとあっさりした性格のなせる技だと思う。


・・・あたしが10分かかってやっと伝えられる言葉をむっちゃんは、数秒でみんなに言ってしまう。


”おせっかい”と彼女を煙たがる人も中にはいるけど、芽依は彼女のそういうところがものすごく好きだ。


「むっちゃんて・・相沢さん?」


同じ1歳児担当の保育士さんが尋ねてきた。


「うん・・・色々心配してくれて・・・自分の会社の先輩の二次会に一緒に行こうって・・良い人に巡り合えるかもしれないからって」


「へー・・いいじゃない。たしかに、うちらの仕事って会うのは既婚者のパパさんばっかりだしねー・・・出会いなんてナイナイ。せっかくだから、行ってきなよう」


「・・・でも・・上手に喋れるか分かんないし・・」


「誰もそんなの気にしないって!相沢さんいるんなら、安心じゃない。彼女、そこらへんの男の人よりずっと頼りになるし風間さん1人だったら、あたしもちょーっと心配だけど相沢さん一緒なら、変な奴が居てもやっつけてくれるもの」


・・・むっちゃんここでも大人気だよ・・・


確かに、彼女には隙がない。


ひとりでもきちんと立っていられる、強い女性。


そして、いつも芽依の心配をしてくれる、優しい女の子だ。


でも・・・実はお酒には弱いし、意外と涙もろいんだよ?


”強い”って見られがちだけど、あれは意地っ張りのなせる技で、ほんとはそんなに強くない。


それでも


「あたしは平気よ!」


って言っちゃうのが・・・むっちゃんなんだよね・・・


「でも、風間さんみたいな女の子って得だよね。なんか、まわりがほっておかないもの」


もう何度も聞いて来た褒め言葉とも嫌味とも取れるそれを、芽依はおきまりの苦笑いで受け流した。




★★★★★★


「お節介め」


「ちょっとー!そーゆう失礼なこと言うヤツには飲ませるお茶はありませーん」


「そういうケチくさいことを言うな」


「ケチって失礼な!!」


我が家のダイニングで、我がもの顔で寛ぐのは藤だ。


時々藤は睦希たちの部屋に遊びにやって来る。


これは、付き合っている彼がいる時も、いない時も、少しも変わらない。


「彼女との待ち合わせまで時間潰させてやってるのはどこの誰かしらねー!!」


「こないだ酔っ払い介抱してやったのだれだったっけなー?」


「・・・感謝してますけどー」


「ならいいけど・・・でも、芽依ちゃん人見知りだろー?行っても緊張して終わるだけなんじゃねーの?」


「そんなの分かんないでしょ。そろそろあの子も次の恋して良い時期だと思うし・・・何より、あたしの会社の人なら安心だし・・・」


「そうやって何もかもから守ってやるつもりかよ?」


「そうじゃないけど!でも・・・あんな風に泣かせるのは・・・二度と御免よ」


「・・・お前の仕事場の人間だから安心なんてのは大間違いだと俺は思うけどね」


「・・・分かってる・・・でも、出来ることなら・・・笑って恋してほしいでしょ?」


傷つけるものがあるなら、それから守ってあげたい。


悩んでるなら、相談に乗りたい。


それって普通のことだと思うのだ。


自分が周りの友達から同じようにして貰って事を、そのまま芽依にしてあげたい。


「・・・好きにすりゃいいけど・・・入り込みすぎんなよ?芽依ちゃんには、芽依ちゃんの意思があるんだからな」


「知った口聞かないでよね」


「客観的に見れるから言ってんの。お前は、内側に入れた人間をトコトン大事にしすぎるから・・睦希が全部背負わなくたって、ちゃんとあの子を幸せにしてくれる男は出てくるよ」


「・・・そんなの知ってるわ」


「ならいいけど・・・・つか、芽依ちゃんのこと言う前に、自分のことしろ」


藤のセリフに睦希は重たい溜息を吐いた。


「煩いなぁ・・・」


痛い所を疲れた自覚があるので、言い返すことは出来なかった。

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