第48話『チコナギ編⑦ そう呼べた』

それから更に数日が経った、よく晴れた日の午後。

とある喫茶店に、琴羽、凪兎、博記の姿があった。


凪兎「今日はビールじゃなくて良いのか?」


凪兎は、コーラを飲んでいる博記を見ながらニヤニヤ笑っている。


博記「うるせぇ。」


琴羽「で?ハナシってなに?」


どうやら、凪兎が琴羽と博記を呼び出したらしい。


凪兎「あぁ、ソレなんだがよ。チコは、どうしてあの曲が分かったんだ?」


琴羽「んにゅ?」


琴羽は、わざとらしく目をパチクリさせながら、とぼけた。


凪兎「誤魔化してんじゃねぇよ。どうしてあのカラオケでの曲が、オレとハルさんが練習してた曲だって分かったんだ?チコの事だ、たまたま、じゃないだろ?」


琴羽「さすが、警察官の息子ね。さながらココは、取調室ってトコかしら?」


凪兎「なぁチコ…。」


流石に、コレ以上ふざけるのはマズいと判断したのか、琴羽も真剣な表情になる。


琴羽「信じるか信じないかは、任せるんだけどね。私の知り合いに、少し特殊な能力を持つ人が居て。その人は、黄泉の国と繋がる事が出来る人なんだけど。」


凪兎「霊媒師、ってヤツか?」


琴羽「まぁ、そんなトコね。あの、お墓参りの後で、その人に頼んで、三鼓 晴彦さんの霊を降ろしてもらったの。」


博記「オイオイ…マジで言ってんのか?」


博記も、琴羽の発言に動揺を隠せないようだ。


琴羽「ちゃんと成仏は、してたわ。自殺したり、この世に念を残したまま死ぬ人は成仏出来ずに地縛霊となってる事も多いらしいんだけどね。その人曰く。」


そう、その人とは、例のムンムン熟女系イタコの事である。


琴羽「で、その晴彦さんから聞いたの。色々とね。」


凪兎「ソレが本当のハナシなら、どうしてオレを呼んでくれなかったんだ?」


琴羽「アナタは、あの時点でも、少なくとも前を向こうとしてた。だから、逆に立ち会わせてしまうと、過去に引き戻されてしまうと思ったの。」


博記「ま、確かにな…。」


博記はコーラを飲み干して、ストローをくわえている。


琴羽「そしてね、晴彦さんは、もうナギには係わる事は無いから、好きに生きて欲しいって言ってた。で、あのカラオケの時は言わなかったけど、1つだけ、伝言を預かってきたの。」


凪兎は、ゴクリと唾を飲み込んだ。


琴羽「一言だけ、『今、オレは空を飛んでるぜ。』って言って笑ってたわ。」


凪兎「ハルさん…。」


凪兎は、フッと、自然に笑顔になった。


琴羽「その顔、イイわよ?」


凪兎「なぁ、今すぐじゃなくてもイイからよ…。」


琴羽「ん?」


凪兎「オレも、ハルさんと話してみたい。」


琴羽「ナギがあの世に行って再会するまで待てなくなったら、その時に考えるわ。」


凪兎「ありがとう。」


そして、その喫茶店からの帰り道、意識するでもなく、本当に自然に、凪兎の口から鼻唄がこぼれ始めた。

暫く鼻唄交じりに歩いた後で、自分が歌っていた事に気づく凪兎。


凪兎「オレ…。」


その歌は、数日前にカラオケで琴羽が歌った、凪兎と晴彦の思い出の歌だ。


凪兎「コイツァ…。」


そして、少し足早に家への道を歩く凪兎。

そして家の玄関を開け、『お帰りなさぁーーぃ!』という、イツモの馨の声を受けてリビングに向かう凪兎。


馨「あ、ちょっと待っててね、ナギくん。もう少しで晩御飯の仕込みが終わるから、そしたらコーヒー淹れるわね?」


凪兎「あぁ、外で飲んできたからイイよ。それよりさ…。この歌、知ってる?」


そう言うと、馨に向かって、例の歌を口ずさむ凪兎。

突然、歌い始めた凪兎に目を丸くしていた馨も、一瞬後には笑顔になって…。


馨「知ってるわよぅ。懐かしいわね…。よく、マー君とも聞いてたわ。」


凪兎「うっそマジで?」


馨「あら、知らなかったの?マー君、『コレが、凪兎が一生懸命頑張っている、アイツの生きがいなんだ。』って教えてくれたのよ?」


凪兎「オヤジ…。」


馨「私も、この歌は大好きなのよぉ。」


そして、凪兎が歌っていた続きを口ずさむ馨。


凪兎「なぁ…。」


馨「ん?やっぱりカオルン特製のコーヒーが飲みたくなった?」


凪兎「まぁ、ソレもあるけど…。」


馨「なによう…モジモジしてるナギくんも可愛いけど。」


凪兎「その、良ければ今度、一緒にライブに行ってくれん?母さん…。」


そう凪兎が言った瞬間、馨は、何が起こったか分からないという顔になり、持っていた皿も、道具も、全てを落としてしまう。

そして、一瞬の間をおいて、馨の目から涙が溢れだした。


馨「ナギぐぅん゛!!!」


もはや立っている事さえ出来ない程の感情が押し寄せ、その場に倒れようとする馨を咄嗟に支える凪兎。


凪兎「大げさだわ。」


優しく微笑んでいる凪兎の腕に支えられ、なおも泣きじゃくる馨。


馨「カオルン、ずっと待ってたのぉ!ナギくんがぁ、そう呼んでくれる日が来るのをぉ!!も、もう、カオルンは要らないわぁ!」


凪兎「ちょっ…何言ってんだよ…。」


馨「もう、『お母さん』って名乗ってもイイんだよね?ねぇ?ナギくん!!」


もう号泣を通り越して嗚咽している馨だが、言葉だけは、力強く、凪兎に届けようとしている。


凪兎「モチロンだ。だったらよ、母さんも、オレの事は、ナギって呼んでくれよ。」


馨「ナギぐ………ナギィィィーーー!!!!お母さん、生きてて一番嬉しいのぉーー!!」


凪兎「大げさだっての。」


もはや苦笑いしか出来ない凪兎と、泣き続ける馨。

この日は、馨ももう晩御飯の用意なんか出来るワケもなく、外食する事になり、正宗の帰りを待って、近所のファミレスへと向かった。

やっと落ち着いた馨も、化粧はしているが、数時間泣き続けたため、目は真っ赤だ。


正宗「あの、ハナシを蒸し返すと、また母さんが泣いてしまうから、しないが…。」


馨「その言葉だけでも泣きそう…。」


馨は、持ってきたハンカチを目に当てている。


正宗「凪兎、ありがとう。」


正宗は、凪兎に向かって軽く頭を下げた。


凪兎「やめてくれよ。オレの方こそ、ありがとう。こんなに良い両親が居てくれて、幸せだ。」


馨「ナ゛ギ………。」


再び涙を流し始める馨に対し…。


正宗「もうハンカチじゃなくて、バスタオル持って来れば良かったかな?」


優しく微笑む正宗。


凪兎「オヤジ。」


正宗「なんだ?凪兎。」


凪兎「オレ、お節介で霊能者と知り合いな女と、アル中手前でクチが悪い男と、3人でバンド組む事にしたんだ。」


正宗「そのメンバー構成は大丈夫なのか…。」


正宗は、本当に不安な表情を浮かべた。

その隣で、まだ泣いている馨。


凪兎「最高のバンドになるよ。もちろん、オヤジとの稽古も、おろそかにはしない。」


正宗「頑張れ。」


凪兎「ありがとう。」


正宗「さて、お腹が空いたな。注文しよう。」


その正宗の言葉を受け、メニューを馨に差し出す凪兎。


馨「???」


ひとまず、反射的に受け取る馨に…。


凪兎「母さん、いっつも、自分のメシは後回しだろ?こういう時くらい、最初に選んでもバチは当たらねぇよな?」


正宗「そうだな。その通りだ。何が食べたい?カオルン………ン゛ン゛ッ!!母さん。」


凪兎「もうオヤジはカオルンでイイよ…。」


この後、馨が大号泣したのは言うまでもない。

店員も、周りの客も心配するレベルでの号泣を、落ち着かせるのは一苦労だったようだが、無事に馨は、最初に注文し、泣きながら、食べたようだ。


そして、舞台は現在の、まひろ屋へと戻る。


琴羽「ほんと、カオルンは、感情豊かで、素敵な女性よね…。この後、何度かナギの家に行ったりしてるウチに仲良くなって、今ではお茶してるわ。」


慎司「うぐっ…ふっ………ふぐぅ……。」


慎司は、必死で声に出さないように嗚咽している。

菜々子は、やっとレモンサワーにクチをつけて…。


菜々子「聞きたいって言ったの、オッちゃんやけんね?」


慎司「まっ…まさか、こんな話しが聴けるとは…。」


女将は、慎司にオシボリを差し出している。


凪兎「今思えばよ、その時の『特殊な能力を持つ人』ってさ…。」


琴羽「うん、夜深さんよ。」


琴羽は、相変わらず刺身をツマミに焼酎のロックを飲んでいる。


凪兎「もうその時点で知り合いだったのかよ…。って事は、ナナとも?」


琴羽「いいえ、ナナちゃんとは、その後で知り合ったわ。ね?」


琴羽から笑顔を向けられる菜々子。


菜々子「チコ、くっそ可愛い…。アタイがチコと知り合った時は、既にヒロもナギもメンバーだったけん、その後って事になるんやない?」


慎司「あぁ、ありがとう。少し外の風に当たってくるぜ。」


そう言いながら、席を立って店を出る慎司。

このオハナシの続きは、また、イツか、ドコかで…。

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