第47話『チコナギ編⑥ ナギとハル』

話しは、ソコから更に数年前にさかのぼる。

和久 凪兎と、三鼓 晴彦が交わったオハナシ。


その日は、雪が降っている、とても寒い冬の日だった。

とあるスタジオで、ギターを抱えた凪兎と、ベースを抱えてる晴彦が練習している。

ちなみに、晴彦がベースボーカルで、歌も歌っている。


晴彦「なぁナギ。」


凪兎「なんスか?」


晴彦「オレら、解散しよう。」


凪兎「はぁ?突然ナニ言うんだよハルさん!」


晴彦「もう、オレは歌う事が出来ないんだ。」


凪兎「ちょっと待てよハルさん!空が飛びたいとか、宇宙を征服したいとか、絵空事ばっか言ってるハルさんが、笑えない冗談まで覚えたのかよ?」


晴彦「宇宙を征服したいは、言ってないけどな。」


晴彦は、ベースをスタンドに立てて、床に座り込む。

凪兎もギターをスタンドに立てて、少し怒ったような顔で晴彦を見ている。


晴彦「オマエは、ギターを続けてくれ。オマエにはセンスがあるよ。」


凪兎「このタイミングで言われても、嬉しくねぇよ!それに、歌えないって、どういう事だよ?」


晴彦「甲状腺のガンなんだとさ。しかも、発見が遅すぎて、もう末期らしくてよ。」


凪兎「なっ…。」


晴彦「一度くらい…空を飛んでみたかったなぁ…。」


そのまま、晴彦はスタジオの床に寝転がる。

凪兎は、言われた事が全く理解出来ないという顔で…。


凪兎「待てよオイ…。」


晴彦「別に手術出来ないとか、余命半年とかじゃないんだ。」


凪兎「だったらよ…。」


晴彦「オレの場合は、手術で、声帯を取る必要があるんだとさ。」


凪兎「声帯…。」


晴彦「ツマリ、手術が成功しても、声は出なくなるってことだ。」


凪兎「だったらよ、ベースでイイじゃんか!何も解散しなくてもよ、ボーカルは他で探せば…。」


晴彦「オレは歌う事が好きなんだよ。」


ソコで、凪兎は、初めて晴彦が泣いている事に気づいた。


晴彦「オマエのギターと、オレのベースに乗せて歌うのが最高に気持ち良くて好きなんだ。この、最高の幸せが、無くなるんだぜ?笑えないよな。」


凪兎「ハルさん…。」


凪兎も、どう声をかけて良いか分からない。


晴彦「だから、そうなる前に、解散したいんだ。オレは、病気のせいで辞めるんじゃない。自分の意志で辞めるんだって。」


凪兎「…。」


晴彦は、流れる涙を拭おうともせず、立ち上がって拳を壁に叩きつける。


晴彦「悔しいんだよ!声が出なくなる事が!そんで死ぬほど怖いんだよ!!なんだよコレ…。あんまりじゃねぇか!人生は、無限に可能性が広がってんじゃないのかよ!!」


何度も何度も拳を壁に叩きつける晴彦。

その拳からは血が滲んでいる。


晴彦「もう、声が、かすれるんだ…。上手く歌えなくなってきてる。手術も、なるべく早い方が良いらしい。だから、今日を最後にしようと、歌うのは、今日で最後だと決めてきたんだよ!!」


そのまま、膝から崩れ落ちる晴彦。


凪兎「そんな…勝手に決めんなよ…。オレの気持ちはどうなるんだよ?もっと早く相談してくれよ…。」


晴彦「ワリィ…。結局、オレは自分の事しか考えてなかった。自分の事で頭がイッパイだったんだよ。」


凪兎「ハルさん、オレ、待ってるよ。だからさ、少しでも早く手術して、治る可能性を少しでも多くしてくれよ…。」


晴彦「勇気づけてくれてるツモリか?そんな気休め…。」


凪兎「オレにはコレしか言えない。どうしろっつーんだよ!!ぶっちゃけ、アンタの気持ちなんか分かんねぇよ!何もかもが突然過ぎて、受け止められるワケねぇだろが!」


晴彦は立ち上がって、ベースを手に取る。


晴彦「もう終わりだよこんな茶番!!」


晴彦は、そのままベースを振り上げて、思い切り床に叩きつける。

晴彦のベースは、いとも容易く折れ、そのまま壁に叩きつけられた。

そのまま、晴彦はスタジオを出ようと、ドアに手をかける。


晴彦「こんな終わり方するツモリじゃなかったんだがよ…。楽しかったぞ、ナギ…。」


そう吐き捨てると、晴彦はスタジオを出ていく。

後に残された晴彦は、自分のギターと、折れた晴彦のベースを交互に見る事しか出来なかった。


そして、時は戻り、三鼓家の墓前の凪兎、琴羽、博記。


琴羽「でも、その晴彦さんは、命に係わるような手術では、なかったんでしょ?」


凪兎「あぁ、手術は成功して、声帯も摘出されたらしいんだよ。オレはその後、ハルさんとは会ってないから、親づたいに聞いたハナシなんだがな。」


博記「だったらよ…。」


凪兎「その少し後、ハルさんは自殺したんだ。」


琴羽と博記の表情が強張る。


凪兎「オレ、あんだけ一緒にバンドやっててさ、ハルさんが、どんだけ歌う事が好きなのか、分かってなかったんだよ。分かったツモリになってたんだ。ハルさんにとっての歌は、人生そのものだった。あんなに前向きで、素直で、底抜けに明るいハルさんが…。もう歌えない、声すら出せない事に絶望して、自らの命を絶ったんだ…。」


凪兎は、真っ直ぐ墓を見据えた。


凪兎「でもよ、今なら思えるんだよ。オレは生きてる。色んな事に悩んで、迷って、自分が信じたモノが折れても、支えてくれる人が居る事を知った。本当の親じゃないけど、あんだけオレのために笑って、泣いて、叫んでくれる人も居る。ガラにもなく、真正面から大好きだと言ってくれる父も居る。ソレに気づかせてくれたのは、お節介な、アンタだよ。」


凪兎は、琴羽の方を振り返って微笑んだ。


凪兎「だから、今日は、ケリをつけるタメに来たんだ。」


凪兎は立ち上がり、墓に背を向けた。


凪兎「ハルさん、アンタとバンドやれて、本当に楽しかったし、アンタの歌は好きだった。アンタが前を向けなかった分、生きられなかった分、オレが背負うとまでは言わない。けど、オレは、その分も生きてみせるよ。んで、ジジイになって、あの世に行った時に、たっぷりと土産話聞かせてやっから、ソッチで歌いながら待っててくれ。」


凪兎の頬を、一筋の涙が伝った。


琴羽「強いわ…アナタ…。」


凪兎「アンタのお陰だよ、チコ。」


琴羽「えっ!?今なんて?全く聞こえなかった!」


凪兎「ありがとう、チコ。」


凪兎は、涙の跡が残る顔で、ニッコリと微笑んだ。


琴羽「もう!ナギもヒロも大好き!!」


そう言うと、琴羽は凪兎と博記を抱き寄せた。


そして、それから数日が経った…。

ソコは、とあるカラオケ屋の前、何やら人待ち顔の博記が立っている。


博記「カラオケと言えばビールだろ。」


そんな独り言を呟いてる博記に、凪兎が近寄ってくる。


凪兎「オマエ、マジで依存症かよ。」


博記「違ぇわ。サスガに四六時中飲みたいとは思わん。」


そして、受付をしていたのか、店内から顔を出す琴羽。


琴羽「はいはい、オフタリサン。行くわよ。」


そう言うと、琴羽は凪兎と博記の手を引き店内に引っ張りこむ。

そして、その一室に入る3人。


凪兎「何だよ?何の用かと思えば、カラオケ?オレは歌うのも苦手なんだが?」


博記は、早速ビールを注文している。

そして、琴羽にはウーロン茶、凪兎にはコーラが運ばれてくる。


博記「ウチのボーカルがよ、どうしてもって言うんだよ。」


博記は、嬉しそうにビールを喉に流しこむ。

琴羽は、慣れた手つきで曲を入力し、ウーロン茶を一口飲んで、マイクを手に立ち上がる。


琴羽「もう、ナギへの勧誘は、コレで最後にする。」


博記「ちょっと前は決起集会だ!とか言ってたクセによ。」


琴羽「はい黙れー!クチわるビール星人ー!」


そして、機械から流れ始めた曲は、凪兎と晴彦がコピーして練習していた、とあるアーティストの曲だった。


凪兎「この曲…。」


そして、イントロを経て、琴羽が歌い始める。

その曲は、アップテンポな曲ではあるが、琴羽の力強く、しなやかな声により、別な曲かと錯覚する程だった。

そして、琴羽が歌い終えて、マイクを置く。


凪兎「あ………。」


博記「ドギモ抜かれるだろ?オレも初めて聞いた時は言葉が出なかったよ。」


琴羽「歌はね、歌う人によって、気持ちによって、形を変えるの。この歌はこうじゃなきゃいけない!ってモノは無い。完全に自由なの。そんな自由な歌を操れる、最高じゃない?そして、私の歌に、更に命を与えてくれる、ギターや、ベースや、ドラムがあれば、もう無敵だと思うの。だから、私はバンドが組みたい。」


凪兎は、呆然と琴羽を見つめる事しか出来ない。


琴羽「ナギも、バンド組んでたから、歌を、音楽を好きなのよ。ソレを無理して嫌って、遠ざけようとする事で、気を紛らわせてた。でも、本当の気持ちを聞かせて欲しいの。」


博記「今のチコの歌を聞いて、どう思ったよ?」


凪兎は、深呼吸をして、振り絞るようにクチを開いた。


凪兎「あぁ、最高に良い歌だった。この歌声の後ろでギターを弾けたら、さぞ幸せだろうと思う。」


琴羽「安心して良いわよ?私が選ぶメンバーも最高のメンバーだから。」


凪兎「この、依存症手前のヤツもか?」


凪兎は、笑いながら博記を見て言った。


琴羽「そう、最高のヤツなんだから。」


博記「オマエラ!それ褒め言葉に聞こえねぇぞ!」


と、言いながらもビールをクチに運ぶ博記。


凪兎「まぁ、今度はオレから言わせてくれ。」


琴羽「ん。」


凪兎「オレを、チコとヒロのバンドに入れてくれないか?」


琴羽「どうする?ヒロ。」


琴羽は、イジワルな笑みを浮かべて博記を見る。


博記「お断りだねー!」


琴羽「うん、聞いての通りよ?歓迎するわ、ナギ。」


博記「ちょっと待てよ!」


凪兎「オイもうビール空になってんぞ、頼んでやろうか?」


博記「あぁ、ありがとう。って違うわ!!」


こうして、凪兎は、後のSoundSoulsとなるバンドに加入した。

このオハナシは、もう少しだけ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る