第43話『チコナギ編② カオルン』

場所は、とある公園。

2つ並んでいるベンチに、それぞれ1人ずつ、男が座っている。

1人は、凪兎だが、もう1人の顔がよく見えず、誰だか分からない。


『でさ、ある朝目が覚めたら、何か超人的なパワーが目覚めてたりとかさ。』


凪兎「んな事あるワケ無いでしょ。」


『空飛べたりするかもよ?どうするよ空飛べたら。』


凪兎「はぁ?飛べるワケ無いですよ。」


『オレならライブ会場を上からタダ見するね。』


凪兎「なんスかソレ…。しょうもな。」


『そんなのは空飛べるオレの自由だ。』


凪兎「アンタはいっつもそうだよな。絵空事ばっか並べて…。」


『言葉に出して言い続けてればさ、いつか神様も『コイツめんどくせぇから、空飛ばせてやっか。』ってなるかも知れないじゃん。』


凪兎「ならないですって。そもそも神なんて存在せんし。」


『おまえ、つまんねぇぞソレ。少しは夢くらい見たらどうだ?』


凪兎「夢?そんなんハラの足しにもならないッスよ。」


『大損してるなコリャ。だいぶ人生損してるぞ。』


凪兎「それこそ、オレの人生なんだからオレの自由でしょ。」


『確かにオマエの人生だよ。だがな、多くの人に生かされてるってのを忘れんなよ。』


凪兎「はぁ?なんスかそれ。」


『人は、生きてるんじゃない。生かされてるんだ。』


凪兎「意味わかんねぇ…。」


『可能性は無限大だぞ?出来るワケねぇ、あるワケねぇ、そんな最初から諦めてないで、挑んだら、きっと楽しいぞ?』


ふと目を開ける凪兎。

ソコには、見慣れた自室の天井が見えた。


凪兎「夢…?にしちゃ何かリアルだったな…。」


上半身を起こし、軽く頭を振る凪兎。

明け方まで眠れず、やっと眠れたかと思えば、妙な夢で目覚めた。


凪兎「しっかし…今になって何であのヒトの夢なんか…。」


そう独り言を呟きながら立ち上がり、洗面所へ向かう。

途中でカーテンを開けると、今日は生憎の雨模様のようだ。


凪兎「クソ…。昨日は昨日で、今日はコレかよ…。」


凪兎は、洗面所で顔を洗い、部屋に戻って、着替えを始めた。

今日は、特に父親との稽古の予定ではないらしく、普段着に着替え、部屋の隅に目をやる。


凪兎「…。」


ソコには、スタンドに立てられたエレキギターが置いてあり、ソレを手に取り、丁寧にケースに入れる凪兎。


凪兎「っし。ちっとストレス発散にでも行きますか、ね。」


と、凪兎がケースを背負おうとしたら、階下から声がかかる。

声の主は、凪兎の母親の、和久 馨(わく かおる)だ。


馨「ナギくーん!朝ごはん出来てるわよーぅ!」


どうやら馨は、上階で凪兎が動く気配を感じて、起きたと判断したようだ。


凪兎「…。」


凪兎は、困ったような表情になり…。


凪兎「分かった。」


そう階下に声をかけると、ケースを下ろして、リビングへ向かう。

リビングでは、馨が、鼻唄交じりに、食卓に朝食を並べている所だ。


馨「ささ、たっくさん食べてね♪」


凪兎「あぁ、ありがとう。」


馨「今日はマーくん(父親)は、朝早くから捜査だって言って出勤してしまったから、寂しくて、ワイドショーも喉を通らないのよ…。」


そう言うと、馨はキッチンに戻り、引き続き歌を歌いながら洗い物をしている。

この、馨は、凪兎の父、和久 正宗(わく まさむね)の再婚相手で、凪兎の実母ではない。

その馨の様子を見ながら、馨には聞こえない小さな声で…。


凪兎「ワイドショーは見るモンで、喉を通すモンじゃねぇだろ…。」


マーくんとは、もちろん正宗の愛称だ。


そして、この、常に歌を歌っていて、凪兎に対しても、父・正宗への愛を隠そうともしない、明るい、この馨の性格が、凪兎は苦手だった。

ムリして凪兎に取り入ろうとしているのか、それとも、コレが本当に包み隠さない馨の性格なのか、まだ凪兎も掴めていない。

そんな馨の気持ちを、素直に受け取れない凪兎自身に対しても、嫌悪感を抱いているのだ。


凪兎「…。」


凪兎は、半ば自動的に、用意された朝食をクチに運ぶ。

そんな凪兎に、キラキラとした視線を送る馨。


馨「ね、ナギくん!」


凪兎「ん?」


馨「今度さ、カオルンと一緒にガンギマッチョのライヴに行かない?」


馨は、ニコニコしながら洗い物を続けている。

モチロン、カオルンとは、馨自身の愛称だ。


凪兎「ガンギマッチョ?」


馨「デスメタル・バンドなのぉ。」


と言いながら、そのバンドの歌なのか、歌を歌い始める馨。


凪兎「デスメタル…。」


馨「前にマーくんと行ったんだけどね?ヘドバンのし過ぎで、マーくん、ムチウチになっちゃっテヘペロ。」


馨は、歌いながら器用に舌をペロッと出してみせた。


凪兎「アレ、ライブの影響だったんかよ…。」


馨「ソレから、行ってくれなくなっちゃったのぉ…。」


凪兎「ワリィ…。オレ、デスメタルは趣味じゃなくて…。」


凪兎は、食べ終えて、箸をおいて立ち上がる。


馨「あらそぉ?ザンネン。」


凪兎「ごちそうさま。」


そう言うと、凪兎は、食べ終えた食器を重ねてキッチンへと運ぶ。

ソレを、鼻歌交じりに受け取る馨。


凪兎「出かけてくる。」


馨「行ってらっしゃい、ナギくん♪」


そのままリビングを出て、再び部屋に戻り、ギターケースを背負って家を出る凪兎。

生憎の雨模様だが、凪兎のギターケースは防水仕様になっている。

それでも、気を使って、ギターケースよりに傘をさす凪兎。


凪兎「…。」


凪兎の右手には、ティアドロップ型という、ポピュラーなタイプのピックが握られている。

そのピックを見つめながら…。


凪兎「昨日のヤツは…おにぎり型のピックだけを何枚か盗もうとしてたよな…。ギタリストなのか、それともベーシスト?いや、そもそもソイツは楽器自体してなかったかも知れないが…。」


ブツブツと呟きながら歩く凪兎。

この観察眼も、父親譲りなのか、父親との稽古の賜物なのか…。

暫く歩いていると、昨日、遊馬が盗みを働こうとした楽器店の前に差し掛かる。


凪兎「クソ…。違う道を通れば良かった…。つい歩きなれた道を辿っちまうな…。」


そんな凪兎の視線の先に、またも楽器店のピック売り場付近で不審な動きをしている、フードを目深に被った男が目に入る。


凪兎「オイオイ…。」


凪兎は、昨日の事が頭によぎりつつも、当然、凪兎としては無視も出来ないので、足を止めて店の入り口付近から様子をうかがっている。

その男は、ピックを掴み取り、昨日の遊馬と同様に足早に店を出る。


凪兎「クソがっ!」


凪兎が、昨日の遊馬と同じように、その男の手首を掴もうと手を伸ばすが、その男は動きを読んでいたのか、スルッとスリ抜け、そのままの勢いで走って逃げた。


凪兎「なっ…。オイ待て!!」


凪兎は傘を放り出して駆け出そうとするが…。

店の入り口に、優しくギターケースを立てかけて、中に居る、まだ事態に気づいていないらしい店員に声をかける。


凪兎「スンマセン!後で取りに来るんで、このギターと傘、置かせててください!!」


それだけ言うと、雨の中、ダッシュで男を追いかける凪兎。

昨日とは違い、シゴかれた後でもなく、逃げている男の足が、さほど速くない事もあり、徐々に差は縮まっている。


凪兎「また昨日のヘンな女が邪魔してくるんじゃ無いだろな…。」


凪兎は周囲を警戒しつつも、男を追跡している。


凪兎「しっかし、今回は完全にアウトだから、絶対に逃がさねぇぞ!」


雨脚は強くなる一方で、もう土砂降り状態である。

そして、遂に凪兎は男に追い付き、体当たりして、男もろとも地面になだれ込むように倒れた。


凪兎「大人しくしろや!今回はバッチリ現行犯だ!!」


凪兎は、その男の腕をヒネり上げながら言った。

その、凪兎に取り押さえられている男のフードが頭から外れ、悲鳴と共に素顔が露わになる。


博記「いてぇ!別に暴れてねぇだろがよ!!」


そう、盗みを働き、逃げていたのは、どういうワケか博記だった。


凪兎「問答は無用だ。キッチリ罪は償ってもらうからなぁ?」


博記「クッソ…。何でオレがこんなメに…。チコのヤツ…。」


凪兎「チコ…?」


凪兎は、その名前がドコかで引っかかってるようだが、思い出せない。


博記「ビール奢るって言うからノッてみたが…。」


凪兎は、そのまま取り押さえてる博記のズボンのポケットに手を突っ込み、片手で財布を取り出し、器用に免許証を抜き出した。


凪兎「ワケ分からない事言ってねぇで、立て。原島 博記くんよォ。もう逃げらんねぇぞ。」


博記「分かった!分かったって!!」


凪兎は、博記の腕を掴んだまま、立ち上がり、博記も立ち上がらせる。

そんな土砂降りの中の2人に、ビルの陰から、傘を差した琴羽が姿を現す。


琴羽「なるほどね。コレが、アナタの正義なのね。」


凪兎「またアンタか!一体昨日から何なんだよ?正義、正義って。」


博記「おいチコ!話しが違うじゃんか!!」


琴羽は、博記に向かって、申し訳なさそうな表情で…。


琴羽「メンゴメンゴ。凪兎くんが、ココまでマジだって予想できなくて…。」


凪兎「ハナシが違うって?アンタラ、まさかグルか?昨日のヤツも?」


琴羽「混乱させて、ゴメンなさい。私、アナタに興味を持ってしまって。少し試させてもらったの。」


博記「試すってより、騙してんだろコリャ。」


琴羽「ヒロ、おクチがメッ!よ。」


琴羽は、博記に向けて、人差し指を立てて見せた。


凪兎「ハナシだけなら聞くが、コイツぁピックを盗んだ。ソレは間違いない事実だ。」


凪兎は、博記の免許証を手に持ったまま、博記の拘束は解いた。

もう身元が割れているので逃げられないと判断しているようだ。


琴羽「昨日の一件は、あの太郎くんも、凪兎くんも、私も、本当に偶然居合わせただけ。太郎くんとは、私は知り合いでもグルでもないわ。」


琴羽は、そう言いながら、チョイチョイと手招きをして、凪兎と博記を、近くのビルの軒下へと誘導した。

そして、琴羽自身も、差していた傘を畳んで、壁に立てかける。

果たして、何故、琴羽はこのような事をしたのだろうか?

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