第42話『チコナギ編① ピック盗難未遂事件』

その日は、よく晴れた夏の夜だった。

SoundSoulsのメンバーと、慎司は、まひろ屋のカウンター席に並んで座っている。

ソレゾレが、好きな飲み物を注文し、女将が、サービスの刺身の盛り合わせを出した所である。


慎司「悪いな、急に呼び出してしまって。」


博記「もちろんオゴリよな?」


博記は、1杯目のビール(ジョッキではなく、グラス)をカラにし、2杯目を女将に注文しながら言った。


慎司「あぁ、まぁ、そんなトコだ。」


琴羽「で、用件は?」


凪兎「ミンナで仲良く飲もうって雰囲気でも無いようやが?」


慎司「あぁ。オレは、キミタチのマネージャーをやらせて貰ってるワケだが…。」


慎司が、女将に了承を得て持参したスプライトにクチをつけて、一呼吸おいた。


菜々子「なん?改まって…。オッちゃんらしくないよ?」


菜々子は濃いめのレモンサワーが入ったグラスを眺めながら言った。


慎司「キミタチの、バンド結成のルーツを教えて欲しい。」


博記「ルーツ?」


琴羽「まぁ、私達がバンド組んだキッカケってか、起源みたいなトコでしょ。」


琴羽は、美味しそうに刺身をツマんでいる。

菜々子は、ピーチに何とか刺身を食べさせようとしているが…。


慎司「コレは、キミタチのプライベートな空間だから、無暗に踏み込むべきではないと思ってはいるんだが…。」


女将「オッちゃんとしては、ミンナともっと深く関わりたいのよね?」


女将が、博記に3杯目のビールを出しながら、慎司に助け舟を出す。


慎司「あぁ、そうだ。」


琴羽「音魂は、私がバンド組みたいなって思ってメンバー集めたんよね。ヒロ、ナギ、ナナちゃんの順番で加入して、今のカタチになったんやけど…。」


慎司「是非、キミタチ自身のクチから聞きたい。」


菜々子「だけん、律儀に全員集めたワケね。イキサツ聞きたいだけなら、チコに聞けばイイわけやし…。」


凪兎「オッちゃんって、まだキャラ定まってないけど、ちゃんとしてるよな。」


慎司「ソレは喜んでイイのかい?」


スプライトを飲み干した慎司のグラスに、すかさず女将が氷を追加する。


琴羽「どうする?ミンナ。」


凪兎「まぁ、時系列で行けば、順番的にはヒロが最初だろうけどよ…。」


博記「んー…。」


琴羽「コイツは、も少し酔わせれば勝手に喋るでしょ。」


凪兎「イイぜ。オレから話そうか。」


慎司「ありがとう。」


慎司は、女将が氷を追加してくれたグラスに、再びスプライトを注ぐ。

そして、慎司は、女将に瓶ビールを注文し、女将にグラスを持たせて注いだ。


凪兎「アレは、何年前だったか忘れたけど、暑い季節だったっけか?」


凪兎は、琴羽に視線を送りながら言う。


琴羽「そやね。ナギと初めて会ったのは、凄く暑い夏の日だった。」


凪兎「オレぁ…歌がキラいだったんだ。」


慎司「えっ?」


菜々子「ソレはアタイも初耳やわ…。」


菜々子は、何故か目の前のレモンサワーにはクチをつけず、ボンヤリと眺めながら言った。


そして時は数年前に遡る。

琴羽と凪兎が出会い、そして既にメンバーだった博記と3人でバンドを組む話し。


その日は、酷く暑く、道行く人の顔にも気だるさが見える。

そんな中を、凪兎がフラフラと歩いている。

フラフラしているのは、暑さのせいではない。


凪兎「あのクソオヤジ…。加減ってモンを知らねぇのかよ…。」


凪兎の父親は警察官で、自宅にはソコまで広くはないが、道場が隣接している。

その道場で、どうやら父親にシゴかれた後らしい…。


凪兎「しっかし…今年の夏は暑さが異常だな…。」


凪兎は、木陰のベンチに腰を下ろしながら、ふと目の前にある楽器店を見る。

店内では、ピックを売っているコーナーに、明らかに挙動不審な男が見える。


凪兎「…。」


凪兎は、父親譲りなのか、何かピンとくるモノを感じて立ち上がり、その男に気づかれないように店に近寄る。

その男は、店員の目を盗んで、ピックを何枚か手に取り、そのまま手を握って隠し、足早に店を出る。


凪兎「はい、アウトー。」


店の入り口まで来ていた凪兎は、その男の右手首を掴み、引き止めた。


男「なっ…ななっ………なんですか?」


凪兎「オマエ、その手に握ってるモン、どうした?」


男「かっ…かか…関係ないじゃ…ないか…。」


凪兎「たかだか1枚100円のピックだから数枚盗んでも大した事ねぇと思ったか?」


その、店の入り口付近で行われている、凪兎と男のやり取りに、店員も気づき、不審な目を向けている。


凪兎「オマエは、たかだか100円と思うかも知れないがよ?コイツらには、100円って価値が付いてんだよ。その価値を踏みにじるオマエに、このピック1枚をバカにする権利なんか無ェんだよ。」


凪兎が、掴んでいた男の右手首をヒネり上げると、男の悲鳴と共に、その手から数枚のピックが落ちた。


凪兎「オマエの事情はどうであれ、コレは立派な犯罪だ。」


男「しっ…知らない!!!」


そう言うと、男は力任せに凪兎を突き飛ばし、脱兎の如く駆け出した。

凪兎は、不意を突かれ、一瞬よろめいた。


凪兎「クソが!!」


そのまま凪兎は男を追いかけて、店から離れて行った。

そこで、店員が状況を確認しようと入り口まで歩いてきて、散らばっている数枚のピックに気づいて、拾い上げる。


店員「コレは…。」


琴羽「盗まれかけてたみたいですね。」


店員「!!!」


イツの間にか傍に立っていた琴羽に驚く店員。


琴羽「あの、引き止めていた彼は、きっと正義感の強い人なんでしょう。でも、彼は知らない。」


店員「へっ?」


琴羽は、店員の、ワケが分からないという表情にはお構いなしで…。


琴羽「『正義』の反対は、『悪』ではなく、それもまた『正義』であると…。」


店員「あ…あの…皆さんお知り合いで?」


琴羽「私と、引き止めた彼と、盗もうとした彼は、恐らく『今は』、まだ赤の他人。」


店員「…。」


全く状況が掴めていない店員。

その店員の方を向き、琴羽は微笑んだ。


琴羽「まぁ、コレから知り合いになれるかどうかも分かりませんが…。とにかく、数枚のピックが、盗まれる所だったのを、あの彼が防いでくれた、という所です。」


店員「はぁ…。」


琴羽「では、私は、その彼に用が出来ましたので、コレで。」


そう言うと、琴羽も店を離れていく。


店員「なんだぁ…?」


そのまま、入り口に突っ立っているワケにも行かないので、店員は店内に戻り、ピックを売り場に戻した。

そして、場所は移り、楽器店から少し離れた路地裏。

ココを、例の盗みを働こうとした男が全力疾走している。


この男の名は文月 遊馬(ふづき あすま)と言う。

彼は今、絶対に、追いかけてきている男から逃げなければならないのだ。


遊馬「ハァ…ハァ…。なんなんだよアイツ…。」


その、少し後ろを、凪兎が同じく全力疾走して追いかけてきている。

だが、凪兎は父親にシゴかれたので、疲労からか、徐々にスピードは落ちてきているようだ。


凪兎「クソ…このままじゃ…見逃しちまう…。」


その凪兎の横に、各所に置いてある、自転車レンタルサービスを利用したのか、チョイチャリと書かれた真っ青な自転車に乗った琴羽が並走してくる。


琴羽「ヘイお兄さん。」


凪兎「あぁ?」


琴羽「細かい事は抜きにして、私が追いかけてあげよっか?」


凪兎は、突然現れた、自転車に乗ってる見ず知らずの女を警戒している。


凪兎「なんだよアンタ。アイツの仲間か?」


琴羽「論より証拠、ね。ちょっと待ってなさい。」


そう言うと、琴羽は加速し、遊馬に追い付き、そのままの勢いで前輪にブレーキをかけ、それを軸に後輪を浮かして回転し、遊馬の背中に叩きつけた。


凪兎「オイオイ…。」


凪兎は、そのままの勢いで激突され、フッ飛ばされた盗人を心配そうな目で見ている。


凪兎「アレはアレで犯罪な気がするが…。」


当の琴羽は、凪兎に向かってウインクしながら、右手の親指をグッ!と立てて見せた。

凪兎は、咄嗟に琴羽から目を逸らした。


遊馬「ウゥ…。オ…オレは捕まるワケには行かないんだ…。」


ヨロヨロと体を起こし、再び逃走を図ろうとする遊馬。


凪兎「じゃあ最初から盗みなんかしてんじゃネェよ。買えや。」


その遊馬に追い付いて、目の前に立ちはだかる凪兎。

そして、自転車にまたがったまま、成り行きを見守る琴羽。


遊馬「オマエが邪魔さえしなければ…。」


凪兎「しなければ、何だよ?オマエは盗みを完遂してたってのか?あんなオドオドしてたクセに、よく盗みを働こうと思ったよな。」


遊馬「…。」


琴羽「まぁまぁ、この盗もうとした彼の話しを聞こうよ。」


イツの間にか、凪兎と遊馬の間に琴羽が立っていた。


凪兎「つか、そもそもアンタが一番なんなんだよ!?」


琴羽「おっと、申し遅れたわね。私の名前は、千歳屋 琴羽。チコちゃんって呼んでね。」


凪兎は、この、掴みどころの無い女に対して、どう反応して良いか分からないようだ。

そして、遊馬は、逃げるスキを窺っている。


琴羽「せっかくなんで、アナタ達も自己紹介してよ。」


凪兎「………。和久 凪兎だ。」


琴羽は、凪兎に対してニッコリと微笑み、遊馬の方に向き直る。


琴羽「アナタは?」


遊馬「………。田中 太郎。」


凪兎「ンなワケあるかよ。」


琴羽「あら、どうして?太郎君が、自分の事を太郎だって名乗ってるでしょ?」


凪兎「アンタさぁ…安いとはいえ、盗みを働こうとしたヤツだぞ?そう簡単に本名を名乗るかよ。」


琴羽は、本当に、理解不能という表情で…。


琴羽「そんなに疑ってかかってて、疲れない?ね、太郎くん、どうして盗もうと思ったの?」


遊馬「………。」


琴羽「この、凪兎くんのお陰で、盗まずに済んだから、太郎くんは別に罪に問われる事はないわ。」


凪兎「でも、コイツはまた同じ事をするぜ。」


琴羽「凪兎くんさぁ…。」


琴羽は、ため息と共に凪兎を見ている。

その、凪兎と琴羽が話しているスキをついて、遊馬はダッシュで逃走した。


凪兎「あっ!!」


琴羽「元気がイイわねぇ…。」


凪兎「追わねぇと!!」


駆け出そうとする凪兎を遮る琴羽。


琴羽「落ち着きなさいよ。彼は罪を犯していないでしょ?」


凪兎「あぁもう!!オレがヒネり上げなきゃ盗んでただろうがよ!!」


その琴羽の行動で、出遅れた凪兎は、遊馬を見失ってしまった。

凪兎は、怒りを込めた表情で琴羽を見ている。


琴羽「ソレがアナタの正義?」


凪兎「はぁ?マジでアンタ、アイツの仲間なんじゃないのか?」


琴羽「運命ってね、不思議なモノなのよねぇ…。」


凪兎「…。」


もはや凪兎は、琴羽に対して、不審を通り越して恐怖すら感じているようだ。


凪兎「何なんだよ一体…。」


そう呟くと、凪兎はアイサツもせずに、琴羽に背を向け、歩きはじめる。

その日は、暑さのせいか、それとも他の理由か、凪兎は眠れない夜を過ごした。

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